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アジア・マンスリー 2016年5月号

【トピックス】
過剰生産能力の解消に動き出した中国

2016年04月28日 三浦有史


中国政府は積年の課題である過剰生産能力の解消に向け動き出した。問題は石炭や鉄鋼にとどまらないことから、改革によって雇用問題が顕在化すると同時に景気の下押し圧力が強まる可能性がある。

■過剰生産能力削減の本気度
中国政府は過剰生産能力の解消に向け、思い腰を上げた。李克強首相は、3月の全国人民代表大会において、鉄鋼や石炭などの過剰生産能力を抱える産業は古い生産設備を廃棄する必要があり、業績が悪いにもかかわらず生き延びている「ゾンビ企業」については市場から退出させるとした。人力資源社会保障部は、過剰生産能力の解消によって、石炭で130万人、鉄鋼で50万人が人員整理の対象になるとの見通しを明らかにした。両産業の就業者数は2015年で合計800万人とされることから、過剰生産能力の解消は5人に1人が人員整理の対象になる痛みを伴う改革といえる。

政府は果たしてこの改革を着実に実行できるであろうか。過剰生産能力が問題視されるようになった時期はかなり古く、胡錦濤前政権で作成された第11次5カ年計画(2006~2010年)では、鉄鋼、電解アルミニウム、石油精製の生産能力を抑制するとされた。また、国家発展改革委員会は、生産効率やエネルギー効率の向上などを目的に、2007年から炭化カルシウム、鉄合金、コークスの3業種について、企業を具体的に指定し、生産設備の廃棄を進めるよう指導してきた。この政策は工業情報化部に引き継がれ、2014年には対象業種が15業種に拡大した。

このように政府は決して過剰生産能力の問題を認識していなかったわけではなく、無策であったわけでもない。にもかかわらず、十分な成果をあげるに至らなかったことから、今回の計画も画餅に終わる可能性がないとはいえない。しかし、政府にこの問題を先送りする余裕はない。成長鈍化により設備稼働率が低下し、多くの産業で企業収益が急速に悪化しているからである。

■急速な収益悪化-石炭と鉄鋼以外にも
2015年の工業企業の利潤総額の対前年比伸び率は、前年の▲0.3%からさらに低下し、▲2.3%となった。調査対象企業が変更されているため、厳密な比較はできないものの、同伸び率が二年連続でマイナスとなるのは、2000年以来で初めてのことである。工業企業の利潤総額は、リーマン・ショックの影響を受けた2009年、また、調査対象企業が主管業務収入500万元以上から2,000万元以上に引き上げられた2012年にもプラスを維持していることを勘案すると、業績の悪化がいかに急速に進んだかがわかる。産業別にみると、やはり、石炭採掘・洗鉱および鉄精錬・圧延・加工の落ち込みが著しく、それぞれ同▲66.0%、同▲67.9%となった。前者は2010年時点で工業企業の利潤総額の6.5%を、後者は4.5%を占める稼ぎ頭であったが、その割合は2015年に0.7%と0.8%に低下した。

 過剰生産能力の問題は石炭と鉄鋼にとどまらない。在中国欧州商工会議所は2月に公表した報告書で、国内はもちろん世界的にみても影響が大きい生産能力過剰産業として、①粗鋼、②電解アルミニウム、③セメント、④化学、⑤石油精製、⑥板ガラス、⑦造船、⑧紙・板紙の8つを挙げた。生産能力と実際の生産量が明記されている6つの産業の設備稼働率はいずれも低下しており、問題が広い範囲に及んでいることがわかる。

■視界不良の状況が続く
過剰生産能力の解消は、エネルギー効率や生産効率の向上に繋がるだけでなく、政府が掲げる「中国製造2025」という製造業の高度化を目指す政策の遂行、さらには、経済成長の持続性を高めるために避けて通れない課題といえる。しかし、副作用も大きい。最大の問題はやはり雇用である。政府内にはサービス業が雇用を吸収するという見方があるものの、サービス業で不足しているのは主に専門知識が必要な事務職である。雇用のミスマッチは深刻で、サービス業における求人の増加が必ずしも雇用の安定化に寄与するとは限らない。

また、過剰生産能力の解消が企業の資金調達環境に与える影響も注視していく必要がある。4月、遼寧省の鉄鋼会社と北京市の石炭会社のコマーシャル・ペーパーが債務不履行に陥った。現地報道によれば、2016年に入ってからの社債の債務不履行は既に9件に達する。第13次5カ年計画では、過剰生産能力解消の手段として合併だけでなく、債務の株式化と破産・精算が加えられた。政府が「ゾンビ企業」の市場から退出させることを厭わなければ、債務不履行に陥る企業は今後も増える。これが信用収縮に発展し、景気の下押し圧力が一段と強まることが懸念される。

「ゾンビ企業」の淘汰は難易度の高い政策である。2016年1~2月の工業企業の利潤総額は前年同期比+4.8%と好調なスタートを切った。利潤総額の9割を占める製造業が前年実績(前年比+2.8%)を上回る同+12.9%と回復したことが大きい。製造業を牽引したのは自動車(同+4.8%)、化学原料・製品(同+16.2%)、電気機械・器材(同+25.0%)である。しかし、これらの産業も実は設備稼働率が6~7割にとどまる生産能力過剰産業である。このため、過剰生産能力の解消を進めるにあたっては、「ゾンビ企業」とは何か、そして、合併、債務の株式化、破産・政策をどのような基準で適用するかが問題となる。中国はこの問題に政府が介入する度合いが強いため、過剰生産能力の解消が本当に進むのか、あるいは、それが引き金となり信用収縮が引き起こされないかが不透明になりやすく、視界不良の状況が続きそうである。
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