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アジア・マンスリー 2016年2月号

【トピックス】
急増する中国の付加価値輸出

2016年01月29日 三浦有史


中国は付加価値輸出でわが国を凌駕しており、東アジアの域内貿易の拡大にも寄与している。東アジアのグローバル・バリュー・チェーンのなかで主要な地位を確保するためにはTPPへの参加が必要である。

■ハイテク製品の輸出でわが国を抜いた?
アジア開発銀行(ADB)は、2015年末に発表した「アジア経済統合レポート」において、中国がハイテク製品の輸出でわが国と韓国を抜いたとした。1996年にわずか5.9%であったアジアのハイテク製品輸出に占める中国の割合は2014年に43.7%に上昇した。その一方、韓国は同期間で7.3%から 9.4%へ小幅上昇にとどまり、わが国に至っては30.0%から7.7%へと大幅に低下した。

レポートはいかにも衝撃的であるが、ADBも指摘しているように輸出は通関統計をベースとしており、上の数値は必ずしも中国の技術力が高まったことを意味しない。中国で生産されるハイテク製品には、国外で生産された部品などの中間財が多用されている。通関統計ではそれらも中国の輸出としてカウントするため、中国の実力が過大評価される。実際、スマートフォンやタブレットの製品価格に占める中国の付加価値の割合は6~7%程度とされている。

中国が「世界の工場」と呼ばれて久しい。しかし、輸出される工業製品の多くはわが国、韓国、ASEANを含むグローバル・バリュー・チェーン(GVC)を経由して生産されている。それらは「メイド・イン・チャイナ」というより、中国を最終組み立て地とする「メイド・イン・アジア」である。また、ハイテク製品といってもそのほとんどがコンピュータ、電子・光学機器によって占められているというのが実態である。

■GVCの発展による付加価値貿易比率の低下
GVCの発展に伴い部品などの中間財の貿易は飛躍的に増加した。このため通関ベースの貿易統計から国ごとの産業競争力を把握することは難しくなってきた。複雑化するGVCの実態を解き明かすため、経済協力開発機構(OECD)は世界貿易機関(WTO)などと協力し、付加価値貿易統計(Trade in Value Added: TiVA)の整備を進めている。TiVAは主要国の産業連関表を世界規模で連結することによって作成される貿易統計で、最大の特徴は付加価値(Value Added)ベースの貿易統計を提供している点にある。
付加価値ベースの貿易統計とは、最終財の付加価値がどの国のどの産業に由来するのかを明らかにしたもので、付加価値ベースの輸出では国内で生産された付加価値だけが輸出として計上される。そこには外国で生産された付加価値は含まれないため、一国の付加価値ベースの輸出額は取引(Gross)ベースの輸出額を下回る。中国の2011年の取引ベースの輸出額は2.0兆ドルであるが、付加価値ベースでは1.3兆ドルとなる。後者を前者で除したものを付加価値比率とすると、中国の同比率は0.66となり、製造業に限定すると0.39に低下する。開発途上国の付加価値比率は製造業、なかでもGVCが発展した産業を抱える国ほど低下する傾向がある。

■中国の付加価値輸出は日本を上回る
東アジアのGVCに関する研究では、中国は最終組み立て地として位置付けられているため、付加価値ベースの輸出額は取引ベースを下回る。つまり、付加価値比率は低く、先に紹介したスマートフォンの事例に示されるように産業の競争力は決して高くないと考えられてきた。また、東アジアはGVCが最も発展した地域であるが、域内の需要が小さいため、欧米向けの輸出に多くを依存しており、自己循環的な成長を実現するに至っていないとされてきた。しかし、付加価値貿易の長期的趨勢を改めて検証すると、そうした通説が当てはまらない状況が現れつつある。

まず指摘できるのは、中国の輸出が取引ベースだけでなく、付加価値ベースでも急速に伸びていることである。1995年にわが国の2割の水準に過ぎなかった中国の付加価値輸出は、2011年はわが国の1.7倍の規模に達した。日中逆転は、わが国の付加価値輸出が多い電気・光学機器、化学・非金属製品、基礎金属・金属製品でも起きている。電気・光学機器の付加価値比率は低いものの、近年は中低級品のスマートフォンについては地場企業から調達できる部品が増え、付加価値比率は今後上昇に転じると見込まれる。ハイエンドのスマートフォンをイメージし、その低い付加価値比率を全ての産業に当てはめると、中国の実力を見誤ることになる。

また、東アジアは米国に代わる最終需要地になりつつある。東アジアの域内向け付加価値輸出は2009年に5,897億ドルと、NAFTA向け(5,772億ドル)を上回り、その割合は上昇し続けている。域内輸出の4割が中国向けで、わが国の3割を上回る。東アジアにはNAFTAのように地域全体をカバーするFTA(自由貿易協定)はない。にもかかわらず、自己循環的な貿易構造が形成されつつあるのは、最終需要地として中国の役割が格段に高まったこと、それを取り込むためのGVCが巧みに整備されてきたことがある。

中国の経済発展の端緒となったのは積極的な外資の導入による輸出志向型の工業化政策である。それによって形成された分厚い産業集積に安価な人件費と他を圧倒する市場規模が加わり、中国は東アジアのGVCにおいて重要な地位を占め、経済成長を続けてきた。しかし、東アジアの貿易環境はTPP(環太平洋パートナーシップ)協定やAEC(ASEAN経済共同体)によって変化し、わが国企業はもちろん、中国、韓国、台湾企業でもGVC再編を睨んだ動きが加速すると予想される。その一方、中国は人件費の高騰と先行き不安から投資先としての評価が低下している。「中国包囲網」と酷評されたTPPに対する評価は政府内でも変わりつつある。中国が今後も東アジアのGVCにおいて主要な地位を占め、経済発展を遂げるためには、TPPへの参加を積極的に検討する必要があるといえる。
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