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アジア・マンスリー 2016年1月号

【トピックス】
ASEANで期待されるサービス収支黒字拡大

2016年01月04日 塚田雄太


近年ASEAN5では通貨下落を受け、経常収支の黒字化や黒字幅拡大が急務となっている。解決策のひとつとして中国人観光客の招致などによるサービス収支受取額の増加が注目されている。

■急がれる経常収支の黒字化と黒字幅の拡大
米FRBが量的緩和政策の縮小を示唆した2013年5月のバーナンキショック以降、多くの新興国通貨が下落している。通貨安には様々な要因が影響しているものの、経常収支赤字を抱える国や黒字幅が縮小した国ほど大幅な通貨安となっている傾向が看取できる。ASEAN5(インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、ベトナム)をみても、12年以降経常収支赤字が続くインドネシアでルピアの対ドルレートが40%超(12年平均と15年1~11月末平均の変化率)減価したほか、資源安に伴い貿易収支の黒字幅が縮小したマレーシアでもリンギットが25%下落した。資本市場の開放度が低いベトナムドンの下落幅は小幅にとどまっているが、15年初めから3回の通貨切り下げと2回の変動幅の拡大を余儀なくされるなど高い減価圧力にさらされている。新興国の多くは米国の利上げに伴う資本流出によって、引き続き通貨が下落しやすい状況に置かれると考えられ、経常収支の黒字化や黒字幅の拡大が急務となっている。

■高まるサービス収支の重要度
しかし、ASEAN5が直面している状況は厳しい。フィリピンを除き経常収支黒字の大半を計上してきた貿易収支は、中国の景気減速や資源および一次産品価格の下落を受けた輸出の低迷、インフラ整備に伴う中間財・資本財の輸入増加によって、当面黒字幅の一段の拡大は期待できない。また、対外金融債権債務の利子・配当金等の受け払いを計上する第一次所得収支は、対内直接投資が増加するなか進出外国企業の本国向け送金が増えることで、赤字幅の拡大が続くと見込まれる。さらに、居住者と非居住者との対価を伴わない資産の受け払いを計上する第二次所得収支は、フィリピン、タイ、ベトナムなど海外への出稼ぎ労働者が多い国では黒字基調が続くものの、世界経済の回復が力強さを欠くため、黒字幅の大幅な拡大は望めない。

こうしたなか、経常収支のなかで一定の規模を持つサービス収支の重要度が高まっている。サービス収支は、「輸送サービス(貨物・旅客)」、「旅行サービス」、「その他サービス」から構成されている。貨物輸送サービスの受取は、世界的に貿易数量の伸びが鈍化していることを勘案すれば、サービス収支黒字化や黒字幅拡大のけん引役となる可能性は低い。その他サービスの受取もBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)ビジネスが活発なフィリピンを除き低調である。このため、旅客輸送サービスや旅行サービスの受取額拡大が解決策の一つとして注目されるようになっている。

■中国人観光客の獲得と一人あたり収入の増加が焦点に
ASEAN5では、10年以降、旅客輸送サービスや旅行サービスの受取額は、外国人観光客数の増加を受け、概ね拡大基調にある。外国人観光客数増加の背景には、各国が取り組んできた招致策が奏功していることに加え、中国での中間層の拡大が指摘できる。

各国の外国人観光客数に占める中国人観光客の割合は、総観光客数に連動、もしくはそれ以上のペースで上昇している。特に、タイでは、10年の7.0%から15年には27.3%にまで上昇しており、中国人観光客の増加が全体を大きく押し上げていることが読み取れる。

中国では経済発展による所得水準の上昇に伴って中間層が大幅に増加している。国際労働機関(ILO)の定義によると、02年(一人当たりGDP:1,138ドル)に4億人であった「新興中間層」以上(一日当たり支出額が4ドル以上)の人口は、10年(一人当たりGDP:4,504ドル)には8億人に増加した。国際通貨基金(IMF)は、15年の一人当たりGDPが8,280ドルと10年から倍増し、20年には12,000ドル以上に達すると予想しており、10年に3.5億人存在した「脱貧困層」(一日当たり支出額が2~4ドル)や1.3億人存在した「通常の貧困層」(一日当たり支出額が1.25~2ドル)が2020年にかけて中間層入りすることも想像に難くない。サービス収支の改善をはかっていくうえで、各国ともに、この中国の中間層をいかに取り込んでいくかが焦点となろう。

もっとも、15年の外国人観光客数をみると、インドネシアでは伸びが鈍化し、マレーシア、ベトナムでは減少に転じている。また、観光客一人当たり支出の伸びは、データがとれないベトナムを除くと、いずれも前年割れとなっている。今後は中国人観光客数の増加だけでなく、サービスの高付加価値化を通じて一人当たり支出を増加させることにも力を注いでいく必要がある。

ASEAN 5各国が投資環境の整備やインフラ整備に取り組み、製造業の高度化による輸出の高付加価値化を進めていくことが必要不可欠であることは論を待たない。しかし、経常収支黒字化や黒字幅の拡大を考えるにあたっては、サービス収支が経常収支に与える影響が大きくなっていることを踏まえ、観光客のニーズに合わせたサービス産業の育成や強化に対しても目を向ける必要がある。
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