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水素社会の実現を支える「カーボンフリー水素」の普及に向けて

2016年05月02日 木通秀樹


求められる「カーボンフリー水素」
 カーボンフリー水素が足りない。政府は、次世代のエネルギーである水素を活用した社会の実現に向け、2020年に燃料電池自動車を4万台規模で普及させる目標を掲げている。これを達成するためには、少なくとも燃料電池車向けの水素を約3,000万m3生産する必要がある。電気に換算すると約1.5億kWhに相当する。
 水素はCO2を排出しないクリーンな次世代のエネルギーとして期待が高い。「究極のエコカー」と呼ばれる燃料電池車に利用される水素に対しては、ユーザーからのカーボンフリーへの期待はさらに高い。ところが、既存の水素は鉄鋼や化学等の工場の生産プロセスから産出されるものがほとんどで、化石燃料を用いるためにCO2を発生してしまう。
 CO2を発生させない「カーボンフリー水素」を獲得するには、現在主流となりつつある太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーで水を電気分解する方法や、CCSと呼ばれる二酸化炭素を地中に埋める方法等を用いる必要がある。今後、このような再生可能エネルギー等によってカーボンフリー水素を増やす施策が求められる。

カーボンフリー水素を確保する中長期方策
 現在、FIT制度によって普及が進む再生可能エネルギーだが、今後、過剰接続を理由に捨てられる電力も増えていくと見られる。再生可能エネルギーが過剰に電力系統に接続すると、電圧等の安定性が確保できなくなるからだ。実際、FIT制度で先行するスペインでは、2013年の段階で風力発電の2%となる約11億kWhの電力が廃棄されている。わが国においては、九州電力管内だけでも2020年には約15億kWh、水素換算で約3億m3に上る太陽光電力が廃棄されると推定されている。つまり、この捨てられる再生可能エネルギーの10分の1程度を利用できる仕組みがあれば、2020年に燃料電池車が必要とするカーボンフリー水素を生産できることになる。
 太陽光発電などの再生可能エネルギーで生成される電気は、通常は電力系統に接続して利用できるので、コストをかけて水素に転換することは不合理だ。しかし、余剰して捨てられる電気を水素に転換して保存や輸送ができれば、生成した再生可能エネルギーを無駄なく使うことができ、水素を安価かつ安定的に確保できるようになる。ただし、FIT制度が終了すると、現在の過剰な再生可能エネルギー投資は終息することが見込まれるため、その後の長期的な水素需要拡大に対応できる仕組みとはならないだろう。
 長期的な仕組みとして期待されるのは、海外で高効率に発電した安価な再生可能エネルギーによるカーボンフリー水素を輸入する方法だ。今後、国内では太陽光発電などに適した土地が減少し、建設費の高騰が続く。一方、海外、特に砂漠やサバンナのような地域では土地価格や建設費が安く、国内のような土地の制約を受けにくい。このため、海外で再生可能エネルギーの電力を、輸送に適した水素に転換して輸入する方法が有望だ。ただし、海外からの水素流通の仕組みの整備に時間がかかるため、この方法の普及は2020年代後半以降になる。
 現在、海外からの水素輸入は、化石燃料である褐炭から水素を抽出し、発生するCO2を前述のCCSによって処理する方法が政府を中心に検討されている。しかし、CCSは貯蔵できる場所に限りがあるので、2050年以降を見据えた方策にはなりにくい。長期的な方策として海外からの輸入を行うためには、再生可能エネルギーとの両輪で検討を進めることが不可欠だ。

 このように、カーボンフリー水素は、2020年代中頃までは国内の余剰再生可能エネルギーの活用によって、2020年代後半からは海外からの輸入によって、供給量の拡大を図ることが期待される。この実現のためには、燃料電池自動車のみならず、CO2排出が大きい工場の熱源にカーボンフリー水素を適用するなど需要の創出にも注力し、再生可能エネルギー事業による供給源の創出、さらには、これらが相互に牽引することで自律的に発展する仕組みを構築することが欠かせない。こうした仕組みを政府主導で構築し、そこに民間企業を呼び込むことで持続可能な需給構造を実現し、燃料電池車にとどまらない「水素社会」を形作っていくべきだ。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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