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日本総研ニュースレター 2016年2月号

「生産者」目線に立った農業技術開発の要点

2016年02月01日 花井衣理


 わが国の国や研究機関では多くの農業技術が開発されている。しかし、そうした先進的な技術を導入するのはごく一部の大規模な生産者に限られており、生産現場に広く利用されることはまだ少ないのが現状だ。
 本稿では、農研機構生研センター「攻めの農林水産業の実現に向けた革新的技術緊急展開事業」の実証研究を対象とした経営評価研究を通じて得られた知見を基に、技術を生産現場へと展開する際に必要なポイントについて考察したい。

ポイント(1): 生産者に対する技術面のサポート体制
 新技術の導入が進まない大きな理由の一つは、「最新技術を使いこなせない」リスクだ。平均年齢が66.8歳と高齢化が進む農業生産者は、新技術による収益拡大や作業負荷軽減の可能性は十分認識しつつも、「最新の技術を導入しても自分たちには使いこなせないのではないか」と躊躇してしまうケースが少なくない。技術開発のスピードが速まる一方でその使い手となる生産者は高齢化が進む中、生産者目線から見て理解しやすいマニュアルの整備や圃場での技術指導の重要性は年々高まっており、各地で取り組みが進んでいる。
 例えば、酪農学園大学(北海道)等の「寒地における革新的技術を実装した高収益アスパラガス経営の実証」では、実証に参画した生産者の圃場への見学を受け入れ、先行して技術を導入した生産者に直接質問できる機会を設けている。実際に見学・試用できる「技術のショールーム」を介して、研究成果の普及促進を図ろうとしているのだ。また、生産者に安心して導入してもらうため、導入前の詳細な説明だけでなく、導入後も継続的かつ気軽に質問やトラブルの相談ができる問い合わせ窓口の整備と周知を進める動きも研究機関側で見られるようになってきた。上述の酪農学園大学による取り組みでは、実証期間の終了後でも地元の農協が窓口となることで、技術を導入した生産者からの相談に対応する予定だ。

ポイント(2): 導入への経済的・心理的ハードルを下げる
 技術面でのサポートだけでなく、導入にあたって生産者の経済的・心理的ハードルを下げる工夫も重要だ。例えば、信州大学(長野県)の「地下水熱ヒートポンプ技術」は、地下水をハウスの冷暖房の熱源に交換する技術だが、地下水は通常の井戸をそのまま活用できるため、井戸を持つ生産者には大規模な設備投資が発生しない。つまり、元々保有している既存の装置・設備と組み合わせれば導入費用が抑えられるため、新規投資が困難な生産者にとっても導入しやすい技術といえる。

ポイント(3): 生産者による創意工夫の余地を残す
 ただし、「誰でも導入できる技術」は、一方で陳腐化・画一化しやすく、他の生産者との差別化につながりにくい技術でもある。中長期的に利用され続ける技術であるためには、生産者の創意工夫で付加価値を高めたり、他品目の生産に応用したりできる余地も必要だ。その意味で、いわゆる「ローテク」が生産者に好まれる場合もある。例えば、農研機構近畿中国四国農業研究センターの「気化潜熱による培地冷却技術」は、透湿防水シートなど汎用的な資材を用いた簡素な構造を持つ。専用設備や本格的な工事は必要なく、生産者自らが手軽に資材を調達し、施工・改造できる点が注目され、既に北海道など有力産地から問い合わせが相次いでいる。
 なお、生産者の創意工夫や優位性が、技術面のみならず知的財産や契約の面から制限を受けないよう、オープンな技術管理の仕組みが構築されていることも必要だろう。

 役に立つ技術であったとしても、生産者の心理的、経済的な面にまで配慮が行き届いた形で開発・提供されないと、結局、広くは普及できない。しかし、こうした定性的な視点は技術自体が持つ採算性と比べて可視化されにくく、従来の技術開発プロジェクトではほとんど省みられてこなかった。
 今後は本稿で取り上げた例のように、開発者となる研究機関と事業化・普及を担う企業や農協、そして生産者が連携体制を構築し、中長期的に生産者に使われ続ける新技術の開発を目指すべきだ。一見遠回りのようだが、技術の実際の使い勝手や投資できるコスト水準、理解しやすいマニュアルのあり方など、生産者が重視するポイントを踏まえた開発や事業化を進めるには、開発段階から生産者が関わることが最も確実だからだ。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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