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アジア・マンスリー 2015年12月号

【2016年アジア経済の見通し】
緩やかに持ち直す2016年のアジア経済

2015年11月30日 佐野淳也


2016年のアジア経済は、内需主導による底打ちが見込まれる。ただし、中国経済の減速や今後予想される米国の利上げ、一次産品価格の低迷が回復テンポを緩慢なものにとどめよう。

1.2015年のアジア経済
2015年のアジア経済は当初、2014年秋から国際原油価格の下落や先進国経済の緩やかな回復を背景に、景気は徐々に持ち直すと見込まれていた。しかしながら、緩やかな回復を期待された輸出は15年入り後も減少が続き、むしろ年後半にかけてマイナス幅が拡大している。

アジアの輸出減の主因となったのが中国経済の減速である。投資の増勢鈍化を主因に、2015年7~9月期の中国の実質GDP成長率(以下、成長率)は+6.9%と、6年ぶりに+7%を割り込んだ。こうしたなか、インドネシアの石炭、マレーシアのパームオイル、タイの天然ゴム等の一次産品をはじめ、幅広い品目で需要が減退し、アジア各国・地域の対中輸出は総じて減少を続けている。

また、一次産品価格の下落も輸出減少の一因となっている。一次産品価格の下落で資源国経済は悪化し、そうした国々への輸出も減少している。このほか、円安やユーロ安に加え、先進国経済の伸び悩みが、アジアの輸出の回復を妨げた。

一方、内需は外需に比べれば堅調を保っているものの、政策要因や政局不安によって、消費や投資の伸び悩みが一部の国や地域でみられている。さらに、輸出の減少が関連製品の生産不振や消費者マインドの悪化といった経路を通じて、内需の下押し圧力にもなりはじめている。

これらの状況を踏まえ、2015年のNIEs(韓国、台湾、香港)の成長率は前年実績を約1%ポイント下回り、ASEAN(タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ベトナム)は一部の国で前年実績を上回るものの、全体でみれば14年と同水準にとどまる見込みである(詳細は、「NIEs」および「ASEAN」を参照、右下表)。インド(インドは4~3月の年度ベース、以下同じ)はほぼ横ばいながら、中国経済の減速が続くことから、アジア全体の成長率は+6.0%と、14年の実績を▲0.4%ポイント下回る見通しである(詳細は、「インド」および「中国」を参照)。

2.2016年のアジア経済
2016年のアジア経済については、2015年に相次いで実施された金融緩和等の経済対策が奏功し、内需主導による景気の底打ちを期待できるようになるだろう。先進国経済を中心とする世界経済の緩やかな回復に伴い、輸出も徐々に減少傾向を脱していくと想定される。

ただし、アジアのGDPの約半分を占める中国は、財政出動を含む景気てこ入れ策でハードランディングは回避される公算ながら、16年の成長率は+6.8%と、15年を若干下回る見通しである。アジア全体の成長率に対する中国の寄与度は、引き続き他の国や地域を上回るものの、水準としては15年と変わらず、アジア経済をけん引する力が低下傾向にあることは否めない。

 一方、インドは、景気の回復基調が続き、中国を上回る高成長が期待される。もっとも、経済規模を考えると、中国の成長鈍化を補い、アジア経済全体を押し上げるには至らないと見込まれる。NIEs、ASEANの両地域についても、全体では15年を上回る成長率が見込まれるものの、内外需とも力強さを欠き、回復スピードは緩やかなものにとどまろう。

2017年に関しては、前年からの流れを概ね持続し、緩やかな回復が続く見込みである。

3.2016年のアジア経済を左右する3つのポイント
2016年のアジア経済を展望するうえで、①中国経済の減速、②一次産品価格の低迷、③米国で予想される利上げの3点が重大な影響を及ぼすとみられる。以下では、どのような経路をたどってアジア各国・地域の成長を下押しするのか、どこが深刻な影響を被りやすいのかについて検討する。

(1)中国経済の減速
本見通しでは、景気てこ入れ策を通じて中国経済の大幅な落ち込みは回避されることから、アジア経済に対するマイナスの影響は徐々に薄らぐと想定している。しかし、金融緩和や財政出動が十分な効果をあげず、中国経済が想定以上に減速した場合、その前提は大きく崩れよう。中国経済の下振れリスクの高さを踏まえると、リスクシナリオについても十分検討しておく必要があるだろう。

最も大きなインパクトとして考えられるのは、やはり中国国内の需要減を起点とした輸出の減少である。2000年代以降、中国の旺盛な購買需要に呼応し、アジア各国・地域は対中輸出を急拡大させてきた。それがアジアの成長を加速させる一因でもあった。中国経済の減速を受け、アジアの各政府および企業は輸出市場の多角化に取り組んでいるものの、短期間で実現できるものではないうえ、中国を全面代替できるだけの市場もいまのところ見当たらない。

このため、中国経済が一段と減速すれば、対中輸出の大幅な減少につながり、最終的には各国の景気回復を引き続き阻害することになろう。もっとも、その影響の大小は、対中輸出の規模で一律に決まるものではなく、依存の程度や外需依存の経済構造か否かも密接に関連する。

右上図は、アジア11カ国・地域の対中依存度(中国を最終需要地とする輸出の対名目GDP比)および輸出依存度(実質財輸出/実質GDP)をプロットしたものである。輸出に大きく依存し、中国を最終輸出先とする割合も高い香港およびシンガポール、輸出依存度は香港などより低いが、対中依存度はこれらに匹敵する台湾とマレーシアでは中国経済の一段の減速に伴う影響が大きいと判断される。韓国では、中国を最終需要地とする輸出の割合が台湾に比べて小さいため、ダメージは相対的にみれば小さいと推測される。インドについては、人口が多く、輸出に依存しない経済構造であったが故に、中国経済減速の影響を受けにくいとみられる。

また、鉄鋼をはじめとする素材分野では、国内の過剰在庫の解消に向け、中国企業が価格を下げて輸出量を増やす動きが出はじめており、アジアの同業他社の経営を圧迫していると指摘されている。2016年の中国経済が想定以上に減速すれば、こうした動きは一段と拡大し、アジア経済の下振れ圧力となる可能性を孕んでいる。

(2)一次産品価格の低迷と財政制約
国際通貨基金(IMF)は、2016年の一次産品価格は総じて底打ちするものの、持ち直しペースは緩慢と予測している。このような状況下においては、一次産品関連の税収等が伸び悩む結果、インフラ整備に対する財政資金の投入が難航し、成長のボトルネックとなりかねない。実際、一次産品価格の全体的な動きを表すCRB指数とアジアの税収の対前年比伸び率をみると、両者は同じ方向に変化する傾向が看取される。

国別にみると、マレーシアは、政府債務残高の対GDP比に上限を設定していることもあり、石油関連税収(税収全体の約16%)の減少が成長下振れへと直結しかねない。ベトナムやインドネシアも歳入あるいは税収総額の1割強を石油関連で賄っており、マレーシアと同様のリスクに直面している。また、タイなどでは、農作物価格の低迷で農家の所得が増えず、消費の低迷や税収の伸び悩みによる予算執行の遅れなどを通じて、最終的に成長率を押し下げる懸念もある。こうした経路からの成長押し下げ圧力にも注意を払う必要があり、一次産品価格の低迷が続く限り、アジア経済は下振れリスクを抱えた状況が続くとみざるを得ない。

(3)米国で予想される利上げの波及経路
米国では、雇用が着実に改善するなか、早ければ2015年12月にも利上げに着手し、その後も緩やかなペースながらも利上げをつづけるとみられる。こうしたなか、米国の利上げがアジア経済に影響を及ぼす経路は、①通貨安、②海外への資金流出の2つに大別できる。

米国の利上げを機に通貨安が進んだ場合、輸入物価の上昇に伴うインフレの高進により、消費が冷え込むとともに、調達コストの上昇によって投資が抑制される効果も考えられる。一方、海外への資金流出(懸念)を契機として、アジアの金融市場が不安定化すれば、株式等の資産価値下落に伴い消費意欲の減退(逆資産効果)が見込まれるほか、企業の投資マインドも悪化しかねない。こうした通貨安と資金流出による悪影響が相互に増幅し合えば、アジア経済への下押し圧力が一段と高まる恐れがある。

通貨安および資金流出の回避に向けては、通常政策金利の引き上げ等の金融引き締め策が行われる。しかし、世界的にデフレ圧力が強まっているなかでは、アジアの金融当局は極めて難しい判断を余儀なくされよう。

前回の米国利上げ局面(2004年6月~06年6月)では、アジア各国・地域は総じて現在よりも高い成長を続けており、そのため、自国の政策金利をある程度引き上げる余地があった。そのため、一部では利上げ直後に通貨安に振れたものの、アジア通貨の対米ドルレートはその後自国通貨高基調で推移するとともに、経済も堅調を維持した。

もっとも、今回の米国利上げにあたっては、①アジア各国・地域の成長率が軒並み減速していること、②2015年以降の大幅な通貨安を受け、インフレ圧力が高まっていること等から、米国の利上げに伴う悪影響を簡単には乗り越えられないだろう。経済が芳しくない状況下で政策金利の引き上げを実施すれば、消費・投資マインドは委縮し、景気を一段と悪化させかねない。一方で、利上げを見送れば通貨安が加速し、インフレ高進を招きかねない。米国の利上げに伴う通貨安と資金流出の是正を優先させて金融政策を引き締めるのか、それとも景気への影響を考慮して政策金利の引き上げを見送るのか、アジアの金融当局は難しい選択を迫られよう。

経常赤字の縮小や外貨準備の積み増し、金融当局間の政策協調強化等から、米国の利上げが1997年のアジア通貨危機のような事態を引き起こす可能性は低いものの、米国の利上げによる景気下振れリスクを控えるなか、それをいかに対処していくかは、2016年のアジア経済における共通課題といえよう。
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