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アジア・マンスリー 2015年11月号

【トピックス】
李克強指数は中国経済の実態を反映しているか

2015年10月30日 三浦有史


経済の実態を表すとして注目されている李克強指数には成長率を代替するほどの頑健性はない。仮に2016~2020年の中国の平均成長率が6.2%に減速しても、世界経済の成長牽引力は変わらない。

■成長率を疑わせる李克強指数の低下
「中国経済は政府が公表する実質GDP成長率よりも減速している」。こうした指摘が多方面でなされている。1~3月期の成長率は前年同期比7.0%、4~6月期も同7.0%であったが、少なからぬ専門家が実際には5%程度ではないかとしている。中国経済の現状と先行きをどのようにみるべきであろうか。実態を表す統計として頻繁に引用されるのが李克強指数である。同指数は、李克強首相が遼寧省党書記時代に成長率に代わる信頼できる経済指標として、鉄道貨物輸送量、電力消費量、融資残高を挙げたことを受け、それら3つを合成することによって作成される。様々な機関が独自に指数を作成・発表している。

図では国家統計局が発表する成長率と二つの李克強指数を示した。2014年に入りいずれの指数も成長率を下回り、成長率に対する疑念を高める契機となった。李克強指数に用いられるデータは月次データとして取得することができる。同指数をもとに予想すれば、年後半の成長率が7%を割り込むのは確実といえる。

■李克強指数は石炭消費量を反映する
李克強指数は、一見すると経済の現状と先行きを検証するのに適した指標であるようにみえるが、GDP統計を代替するものにはならない。例えば、指数Ⅰは振幅が非常に大きく、成長加速局面では高く、減速局面で低くなる傾向がある。これは、指数Ⅰが発電量、新規貸出残高、鉄道貨物輸送量のウエイトを4:2:2と設定しているため、振幅の大きい発電量の影響を受けやすい構造的特徴を有するためである。電力消費量と発電量に大きな乖離はみられないことから、両者を入れ替えることに問題はない。しかし、このウエイトの置き方が正しいのか。その妥当性についてはほとんど議論されておらず、ウエイト付けは調査機関によってバラバラというのが実情である。

また、次図で示すように鉄道貨物輸送量と発電量との相関が高く、李克強指数を構成する3要素が適切と言えるかも疑わしい。中国の鉄道貨物輸送量の半分は石炭が占め、石炭火力による発電量は全体の6割を占める。中国は他の開発途上国に比べ石炭への依存度が非常に高い。この結果、指数Ⅰは石炭消費量を色濃く反映する。振幅の点からは指標Ⅱは指標Ⅰにくらべ妥当性が高いようにみえるが、指数の構成要素は同じである。振幅は季節調整によって平準化されているに過ぎず、指標の基本的性格は指標Ⅰと変わらない。石炭火力による発電量が全体に占める割合は2009年の8割から6割に低下した。脱石炭化が進むのに伴い李克強指数が伸び悩むのは自然のことと言える。

とはいえ、このことは電力消費量の伸び率の大幅な落ち込みは政府の公表値よりも実際の成長率が低いことを示しているのではないかという疑念を晴らす材料にはならない。しかし、経済発展段階と電力消費の関係を踏まえると、その疑念自体が必ずしも的を射たものでないことが分かる。右下図は横軸に1人当たりGDPを、縦軸に1人当たり電力消費量をとり、データの有効な145カ国をプロットしたものである。中国は1人当たりGDPが同水準にある国に比べ電力消費量が高いうえ、電力消費の伸び率が鈍化する発展段階に差し掛かっている。電力消費の伸び率が鈍化する背景には、電力を大量に消費する第二次産業の割合が低下し、第三次産業の割合が上昇する産業構造の転換がある。

中国でも第三次産業が経済を牽引しており、電力消費量が伸び悩んだとしても不思議ではない。また、中国では環境問題の深刻化に伴いエネルギー効率の改善が喫緊の課題とされてきた。エネルギー効率が改善された場合にも電力消費量の伸び率が鈍化する可能性がある。国家統計局によれば、2014年のエネルギー消費 のGDP原単位(1単位のGDPを生み出すのに必要なエネルギー量)は前年比4.8%減と過去最高の改善をみた。中国は元々のエネルギー効率が悪いため、改善の成果が出やすい。これらを踏まえれば、李克強指数は政府が公表する成長率の信憑性を確かめるほどの頑健性はなく、あくまでも先行きを展望する指標のひとつに留めるのが妥当である。

■世界経済の牽引力は変わらない
IMFは2015年の中国の成長率を6.8%、2016~2020年の平均成長率を6.2%と見込む。一方、政府のシンクタンクである社会科学院は、9月、2015年の成長率を6.9%、次期5カ年計画(2016~2020年)については6.0%前後になると予想した。他方、新華社傘下の「経済参考報」は、10月、次期5カ年計画の目標成長率が6.5%に引き下げられる可能性があると報じた。IMFと中国の成長率予測に大差はない。IMFの予測に基づけば、2016~2020年の中国の世界経済の成長に対する寄与度は3.2%ポイントと、2011~2015年と変わらない。世界経済に占める中国の割合が上昇し、成長率の鈍化を補うためである。

中国の減速に伴い中国向け資源や一次産品輸出の割合が高い新興国が受ける影響は大きい。しかし、指導部が中長期的な成長の持続可能性という観点から目標成長率の引き下げを議論し始めたとすれば、中国はもちろん世界経済にとってもむしろ好ましいことと言え、成長減速を過度に悲観する必要はない。鍵となるのは、改革の本丸といえる国有企業改革や社会保障制度改革がどこまで進むかである。中国の投資効率は既にわが国の高度成長期の半分以下の水準に落ち込んでおり、財政による大型の景気対策は打ちにくい。中国経済を展望するにあたっては、目先の経済指標に一喜一憂することなく、改革の実効性を問い続けることが重要である。
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