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アジア・マンスリー 2015年10月号

【トピックス】
金融緩和が効かない中国経済

2015年09月30日 関辰一


中国政府は景気失速を警戒する姿勢を鮮明にしており、金融緩和策を講じている。もっとも、企業が100兆元(2,000兆円)という過剰な債務を抱えるもと、金融を緩和しても設備投資は回復しない恐れがある。

■相次ぐ金融緩和の動き
中国経済の先行き不透明感が強まっている。2015年1~8月の民間固定資産投資は前年同期比+11.0%と、2014年通年の前年比+18.1%から大きくスローダウンした。雇用にも変調がみられており、4~6月期の全国101都市の公的就業サービス機構における求人数は前年同期比▲5.4%減少した。こうしたなか、デフレ圧力が強まっており、8月の工業生産者出荷価格(PPI)は同▲5.9%と一段と下落している。

こうした状況に対し、政府は景気失速を警戒する姿勢を鮮明にしており、昨年秋から金融緩和策を講じている。中国人民銀行は2014年9~10月に主要銀行と農村商業銀行等に対して総額7,695億元の資金供給を行ったうえで、11月に2年4カ月ぶりの利下げを実施した。2015年入り後も3月、5月、6月、8月に追加利下げを行った結果、政策金利である1年物の貸出基準金利は昨年10月末の6.00%から8月末には4.60%と計1.40%ポイント引き下げられた。また、今年2月と4月、9月には預金準備率の引き下げも実施された。

■過剰債務のもと、金融緩和が効かない恐れ
このように中国人民銀行が相次いで金融緩和を行うなか、今後、金融緩和の効果が顕在化し、投資を中心に景気が底入れすると期待される。もっとも、企業が過剰債務を抱えるもと、金融を緩和しても設備投資は回復しない恐れがある。近年、家計・企業・政府を合わせた中国の総債務が急ピッチで増加している。BIS(国際決済銀行)によると、2014年末の中国における債務残高は、家計が22.9兆元、非金融企業(金融機関を除く企業部門、地方融資平台を含む)が99.7兆元であった。また、IMF(国際通貨基金)によると、中央と地方政府を合わせた政府総債務残高は同26.2兆元であった。したがって、2014年末の家計・企業・政府を合わせた総債務残高は148.8兆元と同年の名目GDPの233.8%に達する。2008年末からの6年間で総債務は101.9兆元増加し、総債務の対GDP比は新興国としては異例の高さとなった。

とりわけ、企業の債務急拡大には大きな問題が潜んでいる。2008年から2014年にかけて、非金融企業債務残高は68.6兆元増加した。日本では1980年代に、非金融企業の債務残高の対GDP比が急上昇し、1989年末には132.2%に達した。中国の場合、2014年末の同比率は156.7%とすでに日本のバブル期を上回る。

この背景には企業の財テクと過剰投資という二つの要因が指摘できる。リーマン・ショック後の4兆元の景気対策を受けて、地方政府が融資平台を通じて調達した資金は非効率なインフラ建設や不動産開発投資に投じられた。また、鉄鋼やセメント、太陽光パネルなどの製造業セクターでは、過剰設備により収益性がすでに低い状況に陥っていたにもかかわらず、借り入れと新規設備を増加させた。このような実物投資の拡大は企業債務が急膨張した要因の一つである。

もっとも、近年の企業債務拡大の主因は、中国企業の財テク拡大である。中国の国民経済計算における非金融企業の資本調達勘定(フロー)をみると、2008年から2012年にかけて企業の資金調達総額が年間6.8兆元から13.9兆元へ増加し、累計では55.3兆元となった。この頃から企業による実物投資以外への運用が増え、運用面からみると、金融資産純増は累計で40.3兆元と大幅に増加した。他方、実物投資に充当する資金は累計15.0兆元にとどまった。大手企業の負債利回りが金融資産収益率を下回るため、資金を右から左に流す財テクが拡大し、バブル期の日本と似た状況となっている。

主要経済新聞の一つである21世紀経済報道が2013年5月3日に掲載した記事「120家上市公司306億元渉非関聯委託貸款」によれば、120社の上場企業が銀行を経由し、高利率で非関連企業に総額306億元を貸し付けている。その頃の銀行貸出の平均金利は6%台後半であったが、それらの貸付金利は大半が7~12%であり、10%を超える企業は53社。このうち9社は23%以上であり、最高金利が「中原高速」の25.95%であるという。

日本では、地価の高騰が社会問題化するなか、1989年以降金融引き締めや総量規制を実施したが、それにより1990年に入り株式や土地の価格が下落に転じると、投機的な需要の減退、手じまいの動きから、株式と土地の価格は下落し続けた。こうしたなか、企業は過大な債務と資産の目減りへの対応から、バランスシート調整を余儀なくされ、その結果、債務返済を優先する一方、設備投資を抑制した。日本銀行は1991年以降金融緩和に転じたものの、設備投資を回復させることができず、日本は深刻な不況に陥った。中国でも企業が大きな債務と非効率な資産を抱えるなか、バランスシート調整を優先すれば、金融緩和が十分な効果を生まないリスクが大きいといえよう。

■悪化する資金需要
実際、当局は昨年秋から銀行への資金供給拡大や利下げ、預金準備率の引き下げを相次いで実施したものの、民間固定資産投資の減速には歯止めがかかっておらず、銀行のオフバランスの融資を含む社会融資総量の増勢は鈍化している。

この背景には、企業の資金需要の悪化と金融機関の慎重化の動きが指摘できる。景気の悪化に伴い、銀行を経由した高利率での貸付け(委託融資)などでデフォルトが続くなど、中国企業の資産は目減りしているとみられる。他方、銀行融資や社債などで調達した大きな負債が残っている。先述のように、非金融企業は99.7兆元の債務残高を抱えている。金利を6%と想定し、向こう10年間に債務を返済すると仮定すれば、企業の債務の元利支払い負担は年間16.0兆元と試算され、企業の利払い負担は大きい。一方、デフレ圧力が強まるなか、製品の出荷価格の下落により収益は悪化しており、企業は新たな借り入れに慎重になっている。こうした状況を反映し、企業の資金需要DIは、債務が小さく金融緩和が効いた2008年や2012年と異なり、金融緩和が開始された2014年秋以降も低下し続けている(右図)。加えて、銀行が不良債権の増加を懸念し、融資拡大に消極的になっていることも、マネーサプライの増勢鈍化の要因の一つとなっている。

このように、中国経済は金融を緩和しても、企業が債務返済を優先せざるを得ない状況に陥り、設備投資の増勢鈍化に歯止めがかからなくなるリスクを抱えている。景気の下振れ圧力は大きく、実質成長率は政府が設定した目途である+7%前後を大きく下回る可能性もあり、注意を要しよう。
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