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アジア・マンスリー 2015年10月号

【トピックス】
アジアのインフラ整備と国際開発金融機関の役割

2015年09月30日 清水聡


アジアにおけるインフラ・ファイナンスの拡大には、法規制・制度の整備や域内の金融システムの整備が求められる。これらのために、国際開発金融機関が果たす役割は大きい。

■アジアにおけるインフラ整備の現状
アジアにおいて、インフラ整備は経済成長を促進・維持するとともに、成長をより包摂的なものとする役割を果たしてきた。第1に、アジアが実現してきた高成長は基本的に対外志向的なものであり、生産ネットワークの構築とともに、それを支援するインフラ整備が行われてきた。他の途上国地域(南米やサブサハラアフリカなど)に比較して高成長を達成したことに関し、インフラ整備が一因とされている。第2に、世界金融危機以降、内需拡大の重要性が高まっており、この面でもインフラ投資が重要な役割を果たしている。第3に、貧困削減のために道路や電気などのインフラ整備が重要な役割を果たしてきたことが実証されている。

このように、インフラへの投資は多くの便益をもたらす。逆にいえば、インフラ整備の不足は、成長のボトルネックや、貧困削減・国際競争力の向上などに対する障害となりかねない。

過去20~30年間、アジアのインフラ整備は着実に行われてきた。しかし、整備の必要性は依然大きい。第1に、インフラの水準には各国ごとに差があり、世界水準に達している国もあるものの、平均すればその水準が高いとはいえない。第2に、高成長が続くなかで生活の高度化や都市化が加速しているほか、多くの国では人口増加も急激であるため、運輸・エネルギー・通信など、多様なインフラの需要が高まっている。加えて、地球温暖化対策の必要性も、インフラ需要を増加させている。第3に、中国・インド・タイ・インドネシア・フィリピン・ベトナムなどにおいて、既存のインフラの維持費用が老朽化に伴って増加している。

これらの点から、インフラ整備に必要な資金は大きなものとなっている。アジア開発銀行(ADB)に加盟する32の途上国を対象とした推計によれば、2010~2020年に必要とされるインフラ投資額は約8.22兆ドル(1年当たり7,470億ドル)である。このうち、68%が新規投資、32%が更新投資となっている。なお、この推計で注意すべき点は、必要投資額が一部の国に偏っていることであり、中国とインドを除くと必要投資額は約1.68兆ドルとなる。

■最近の中国と日本の対応
こうしたなか、中国は2013年秋に陸上と海上の二つのシルクロード構想を打ち出した。これを資金面から支えるものが、シルクロード基金、アジアインフラ投資銀行(AIIB)、BRICS銀行などである。このうち、シルクロード基金は中国人民銀行が主導する中国単独の機関であり、外貨準備65億ドル等を基に初期資本100億ドルで(最終的には400億ドルを予定)創設済みである。一方、AIIBは中国財政部が主導する国際機関であり、6月29日に50カ国が設立協定に署名した。授権資本は1,000億ドルとされ、出資シェアはGDPに応じて決められるが、中国は「投票力」で26%となり、重要事項(75%以上で決定)に関する拒否権を持つ。中国は2015年内にAIIBを始動させることを目指しているが、その後の運営が軌道に乗るには一定の時間がかかるものとみられる。

一連の動きは、世界第2位の経済大国となった中国のプレゼンスの高まり、そしてそれに基づく強い経済的な求心力が、国際金融秩序にも影響を及ぼし始めていることを示している。日本はアジアのインフラ整備にコミットしている以上、AIIBに加盟するか否かにかかわらず、ADBとAIIBが並立する構図のなかで関与を深めていかなければならない。

日本政府は、今年5月に「質の高いインフラパートナーシップ~アジアの未来への投資~」を発表した。①日本の経済協力ツールを総動員した支援量の拡大・迅速化、②日本とADBのコラボレーション、③国際協力銀行(JBIC)の機能強化等によるリスク・マネーの供給倍増、④「質の高いインフラ投資」の国際スタンダードとしての定着、を4本柱として掲げ、ADBと連携して今後5年間で従来の約30%増となる約1,100億ドル(約13兆円)のインフラ投資をアジア地域に提供するとした。これらの政策を展開し、かつ、民間の資金やノウハウも動員することで、質だけではなく量的にも十分なインフラ投資を実現していくとしている。

■インフラ・ファイナンスの課題
インフラ・ファイナンスの手法は多岐にわたる。インフラは公共財としての性格が強く、経済に強い波及効果を有する。一方で、インフラ・プロジェクトは、規模が大きいこと、建設期間が長いこと、建設・運営に関する多様なリスクを伴うこと、収益が完成後長期間にわたって発生することなど、資金調達の観点から難しい点が多い。さらに、途上国のプロジェクトでは、政治・経済の不安定性や制度の面での未成熟などがあり、リスクは一段と高まる。これらの特徴から、民間部門がインフラ投資のリスクをとることは容易ではなく、公的な支援がなければ投資は不足しがちとなる。実際、世界のインフラ・ファイナンスにおける民間資金の割合は20~25%程度にとどまると指摘されている。アジアには豊富な貯蓄があることを考えれば、資金が絶対的に不足しているわけではなく、いかに民間資金を取り込んでいくかが課題である。官の側では法規制や制度の整備、民の側では金融資本市場の整備などに注力することが求められよう。

こうした状況下、世界銀行やADBなどの国際開発金融機関(MDBs)には、政府や政府機関によるインフラ投資に対する補完的な役割が期待されている。その役割は、自らの健全性に対する信認と高度な技術的専門性を背景に、①ソブリン貸し出しによる資金供給や保証の提供により民間部門の参加を促すこと、②プロジェクトを増加させるための直接的な努力として、フィージビリティ・スタディや案件形成に技術支援を行うこと、③間接的な環境整備として、政策・規制体系の整備、資材調達プロセスの構築支援、技術の普及、途上国におけるビジネスやガバナンスの慣行改善などを行うこと、などである。さらに、④地域統合の促進のために、実直な仲介者(honest brokers)として多様な利害関係者の調整役となること、もあげられる。これらによって投資家の信認が高まり、より多くの資金が集まる効果が期待される。

政府資金には限界があり、金融システム整備にも課題が残るなか、MDBsの役割は今後も高まると考えられる。新設のAIIBにも、「自らの健全性に対する信認と高度な技術的専門性」が求められることになる。
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