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アジア・マンスリー 2015年4月号

【トピックス】
人民元の国際化と東京市場の国際金融センター化

2015年04月01日 清水聡


人民元の国際化に関しては、当面、着実な進展が続くものと考えられる。東京市場が国際金融センター化を目指すためには、人民元オフショア・センターとしての整備を図ることが不可欠であろう。

■人民元の国際化の進展
中国は、世界金融危機以降、基軸通貨である米ドルへの不信感を基本的な動機として、人民元の国際化戦略を推進している。戦略の柱は、第1に、貿易における人民元建て決済の拡大である。これは2009年7月に本格的に開始され、人民元建て決済額は2009年の36億元から2014年には6兆5,500億元に拡大した。貿易における人民元建て決済の比率は、約25%に達している。そのほとんどは香港経由で行われており、香港の人民元建て預金残高は2014年末に1兆元を突破した。また、取引の利便性を高めるために人民元と各国通貨の直接交換取引が開始されており、その数は2014年末現在、香港ドル、韓国ウォン、日本円など11通貨に達している。

第2に、人民元の流動性供給を目的とする通貨スワップ協定の締結である。現在、28カ国・地域との間で、計3兆元を超える協定が締結されている。

第3に、クロスボーダー人民元決済を行うクリアリング銀行の指定による、人民元オフショア・センターの設立である。クリアリング銀行の指定は、アジア・欧米の15カ国・地域(香港・マカオ・台湾・シンガポール・韓国・マレーシア・オーストラリア・カタール・タイ・英国・ドイツ・フランス・ルクセンブルク・スイス・カナダ)で実施済みである。

第4に、人民元建て資本取引の自由化である。中国には厳格な資本取引規制が残存しており、その中で段階的に進められている。特に重要なものの一つが、人民元建ての対内証券投資を限定的に認める人民元適格海外機関投資家(RQFII)制度であり、オフショア・センターに蓄積した人民元を中国に還流させる手段となっている。もう一つは、オフショア・センターにおける人民元建て債券の発行である。香港では、2010年7月に中国からみた非居住者の発行が認められ、点心債(Dim Sum Bonds)と呼ばれている。これと同時に人民元の為替取引や銀行間資金貸借が可能となり、香港の為替市場(CNH市場)が形成された。

こうした人民元の国際化は、当面、着実に進展していくとみられるものの、中期的には資本取引規制の存在などが抑制要因となる可能性がある。人民元による証券投資や外貨準備運用の拡大は、投資対象となる中国の市場の規模・安定性・流動性などに依存するためである。現状、資本取引の相当部分は自由化されているが、いくつかの分野に厳格な規制が残されている。例えば、原則として個人は直接海外に投資できないこと、金融機関や一般企業による対外借り入れが厳しく規制されていることなどがあげられる。中国が資本取引を完全に自由化するためには、マクロ経済の安定維持、為替レートの柔軟化、合理的かつ柔軟な金利構造の構築、金融システム改革などが前提条件になると考えられ、これらを満たすには相当の時間がかかるとみられる。したがって、自由化は引き続き緩やかなテンポで進められることになろう。

人民元の国際化を一段と進展させるには、通貨に対する信認の確立が不可欠である。そのためには、中国の経済成長や貿易の拡大が持続すること、前述の前提条件を満たすことにより資本取引の完全自由化に着実に向かうこと、政治・経済・社会改革を推進して国際的な信頼を確立すること、などが重要となろう。

■アジアにおける人民元の重要性の高まり
BIS(国際決済銀行)の統計によれば、為替取引額(直物取引と派生取引の合計)は2010年から2013年にかけて先進国では33.8%、新興国では71.4%増加した。その中で、人民元の伸びは249.0%と際立って高く、そのシェアは2013年に2.2%となった。

また、新興国通貨が自国外で取引される割合は、2007年の50%弱から2013年には67.4%に上昇した。南米・中東欧通貨の自国外取引は基本的に欧米市場で行われており、アジア通貨のみが自国が属する域内(ほとんどは香港・シンガポール市場)で活発に取引されている。人民元の自国外取引比率は2007年の約40%から2013年には72.0%となったが、各通貨の取引額から算出すると、香港・シンガポールで行われている新興国アジア通貨取引の約44%が人民元の取引と試算される。アジアにおいて人民元の存在感が高まっていることは事実であろう。

これは、香港での取引が拡大していることが主因であるが、アジアの経済統合が進む中、域内の最終消費地としての中国の重要性が高まっているため、域内貿易における人民元建て決済の比率が上昇していることも背景にあろう。したがって、今後、域内の為替取引において人民元の存在感はさらに高まることが予想される。また、域内の貿易業者が人民元を入手することによって中国への投資が拡大すれば、域内金融統合が進展することが期待される。

■東京市場の国際金融センター化との関係
 日本の成長戦略の議論の中で、「国際金融センター構想」が検討されている。2013年12月に金融・資本市場活性化有識者会合より発表された「金融・資本市場活性化に向けての提言」には、「東京市場におけるアジア各国の通貨の調達環境のさらなる充実を図るとともに、アジア地域全体の市場機能を強化する中で、東京市場におけるクロスボーダーでの債券発行・取引、クロスカレンシー取引の円滑化を図ることが重要である」との記述がある。東京市場において円以外の通貨の取引が相対的に少ない状況に鑑み、多様な通貨による債券や為替の取引を活発化させるために資金・証券決済システムの整備を推進することなどが目標とされている。

こうしたわが国の目標と人民元の国際化の進展状況を踏まえれば、東京が人民元オフショア・センターの一つとなることが重要と考えられる。各オフショア・センターでは、クリアリング銀行の指定に加え、通貨スワップ協定の締結や為替直接交換取引が実現している場合が多い。一部のセンターでは、人民元建て債券の発行やRQFII制度の導入も実施済みである。東京市場では、2012年6月に円対人民元の直接交換取引が開始されたものの、その後の進展は遅れている。東京市場の国際金融センター化を目指すのであれば、早急に人民元オフショア・センターとしての整備を図ることが不可欠であろう。
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