コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

日本総研ニュースレター 2013年12月号

社会インフラのシステムデザイン
~ユーザー価値を創出するイノベーション戦略を~

2013年12月02日 木通秀樹


社会インフラに期待されるユーザーの価値向上
 近年、生活の中のエネルギー使用量や交通情報など、従来得られなかった情報を「見える化」し、それらを基にした都市インフラの改善が活発に行われている。しかし、当初期待されていた地域社会の付加価値向上には未だ至っていない。というのは、これらの「スマート化」の試みは基本的に、都市の管理者が各種の都市情報を用いてインフラや組織を統合管理することで、社会インフラの効率的な運用を図ることが目的であるからだ。
 地域社会の付加価値を向上するためには、こうした管理者側の立場からの改善活動のみならず、地域のユーザーにとっての付加価値を向上させることが必要になる。この際、ユーザーにとっての価値とは何かを改めて考え直し、「ユーザーの本来的なニーズ」から社会インフラを捉え、現状の前提条件にとらわれず、ゼロベースから創り上げる発想が求められるようになってきた。

ユーザー側からのイノベーションの取り組み
 ユーザー側からのイノベーションによる市場創出の代表例に「iPod」がある。既存のデジタル家電業界がより機能的な音楽再生プレーヤーの開発を進めていたとき、アップルは、ユーザー側の「音楽を聴く」という本来のニーズを実現することに向けて根本的に商品、サービスそのものを組み上げた。iPodは、音楽再生プレーヤーの枠組みにある製品だが、ウェブサービスによる楽曲の提供などによって総合的にユーザーをサポートする仕組みを構築することで、「音楽を聴く」というユーザーの本来のニーズを実現する新しい枠組みを備えた商品を開発し、新市場を創り出すに至った。
 このような例が、近年、インフラ分野にも適用されるようになってきた。例えば、米国のIDEO社が手掛けた家庭用のエネルギーモニターでは、使用している電気機器の電気使用量やコストがその場で分かる。ユーザーがエネルギーの節約になかなか励めないのは、エネルギーを使用していることを生活のなかで意識できないからだ、というユーザーの潜在的な問題を見つけ出したことが開発につながった。生活の中の行動をエネルギーやコストに関連付けて意識しやすくするシステムを実現したことで普及が進んでいるようだ。
 日本国内でも、人工知能を搭載した小型モビリティ「Curimo」の構想などがある。人工知能自身が好奇心を持って情報を集め、ユーザーに提案することで、ユーザーに新しい体験を提供したり、ジェスチャーや表情を伴うコミュニケーションをしたりするモビリティになるという。まだ、構想段階であるが、行動の本質的な要求である「体験」を提供するという点で期待される。
 筆者らが今秋立ち上げた、新しい地域の交通システムを構築する異業種コンソーシアム(COSMOS: Community Oriented Stand-by Mobility System)も、社会インフラ分野におけるユーザー側からのイノベーションの一つに位置付けられると考えている。本コンソーシアムの目的は、自動車市場と公共交通市場の間に生まれる新たな交通システムの市場をゼロベースで創出することだ。自動運転技術やユーザーの潜在的ニーズから行動の目的を導くICTの活用などで、ユーザーの心理的、経済的な負担を軽減して行動を促進する仕組みを、ユーザーや地域の事業者と一体になって構築する。今後増加する高齢者などの活動を促進し、地域の交流や事業活動を活発化する新たなサービス事業の実現を目指す計画だ。住民には外出のしやすさが、商工業者には集客の容易さ、そして自治体には生活しやすく活気ある街づくりというメリットが期待できるものとなっている。

社会インフラのシステムデザインの課題に向けて
 従来の枠組みから離れて新市場を構想することは難しい。特に、社会インフラは家電と異なり、個人的な利用では完結せず、多くの人々の共用が前提のため、多くのステークホルダーの潜在的ニーズがあることで、より難しくなっている。
 これまで存在しなかったものだけに、法的・技術的な制約も多い。特に法的規制は複雑で、COSMOSでも道路交通法や道路運送法などが大きく影響し、自動運転や自動車貸し渡しの方法などで検討すべき項目も多い。
 今後はこうしたイノベーションが数多く計画されるはずだ。それらを社会インフラづくりだけでなく、インフラ輸出も含めた産業振興に欠かせない試みと考えれば、規制緩和の速度を上げることを、今後より重要な国策とするべきだ。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ