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アジア・マンスリー 2015年1月号

【トピックス】
ASEAN金融統合を推進するための戦略

2015年01月05日 清水聡


経済共同体の創設に伴い、小規模かつ多様なASEAN諸国の金融資本市場を統合するためには、その進め方について十分な議論を経たうえで、域外に開いた形で緩やかに進めることが求められよう。

■ASEAN経済共同体(AEC)の創設とともに進められるASEAN金融統合
2007年11月、第13回ASEANサミットにおいてASEAN共同体の創設を2015年までに実現することが決定された。この際、経済共同体(AEC)への道筋を示す計画(AECブループリント)が示され、4つの柱として①単一の市場・生産基地、②高度に競争的な経済地域、③公平な経済発展を目指す地域、④グローバル経済に完全に統合した地域、が設定された。

AECブループリントの一部として、金融統合が進められている。この場合の金融統合とは、単一市場の形成ではなく、主にクロスボーダー取引の拡大による緩やかな統合を意味する。ASEAN金融統合においては、国内金融サービスと資本取引の自由化を進め、さらに規制の調和等によってASEAN全体の金融資本市場の統合を図ることが基本方針とされている。すなわち、「自由化と調和による統合の実現」ということである。これにより、単独では小さいASEAN諸国の金融資本市場が、規模の利益を得ることができる。また、域内市場相互間の競争により、金融システムや金融機関の強化が促される。さらに、こうした強化によって資金配分が効率化し、域内における各国およびクロスボーダーのさまざまな経済活動に対し、適切な金融サービスが提供されるようになる。以上により、域外の資本や金融システムに対する依存度を引き下げ、「域内の貯蓄を域内の投資に充当する」ことが域内金融統合推進の目的である。

■小規模かつ多様なASEAN諸国の金融資本市場
2011年4月、ASEAN諸国の中央銀行総裁により、ASEAN金融統合フレームワーク(AFIF)が策定された。これは、AECを目指すなかでの金融自由化・統合のアプローチの全体像を示したものであり、2020年までにある程度統合された(semi-integrated)金融資本市場を目指すとしている。もっとも、域内金融統合の進め方については十分な議論が必要であり、2015年(AEC創設)、2020年というデッドラインを意識しつつも、緩やかに進めざるを得ないのが実情である。

ASEAN諸国の金融システムの発展度は多様であり、また、発展度が類似していても、市場規模・金融インフラ・金融規制などに相違がある場合もある。このため、金融統合に対するニーズも国ごとに異なり、域内統合を望む国もあれば域外との結びつきを重視する国もあると考えられる。こうしたなか、統合は域内で閉じるのではなく、域外に開いたものとすることが必要である。

ASEAN諸国の金融資産の対GDP比率をみると、マレーシア・シンガポール・タイがEU諸国と肩を並べているのに対し、ベトナム・フィリピン・インドネシアは所得水準が同程度の途上国並みである(右表)。さらに、ブルネイ・カンボジア・ラオス・ミャンマーではこの比率は非常に低く、株式・債券市場も未発達である。金融包摂に関しても、域内で格差が大きい。

ASEAN諸国の金融システムは銀行中心であるが、マレーシアやシンガポールで株式市場が発展するなど、資本市場の整備も進みつつある。ただし、経済規模を反映して、金融資本市場の規模は世界的にみれば小さいため、国際競争力を高め、プレゼンスを増すことは容易ではない。また、株式市場は経済発展とともに拡大してきたものの、流動性は低水準にとどまり、海外投資家の動向に左右されやすい。これらの点が、資本市場統合に向かうインセンティブとなっている。すなわち、規模の利益の獲得が統合の重要な目的であるが、それを実現するには各国の市場が強化されることが前提となる。さらに、何らかの形で金融統合を実現すれば、それによるメリットが生じると同時に従来とは異なるリスクも生じる。こうしたなか、実体経済活動の支援に貢献しない過度の利益追求を抑制し、生産的な目的に資金を配分するとともに健全な金融システムの形成を目指すことが求められる。

■ASEAN金融統合を推進するための戦略
多様な金融システムが統合すれば、すべての参加者がメリットを受けることは不可能であり、損失を被る者が必ず存在する。こうした統合のあり方を前提に、ASEAN金融統合の推進に向けた課題を整理すれば、以下のようになろう。第1に、各国間のニーズの違いを調整すべく、議論を重ねることである。第2に、ニーズの違いの一因である発展度の格差の縮小に努力することである。第3に、各国が国内金融資本市場・金融機関の競争力向上に努めるとともに、金融規制などの制度インフラを改善することである。その際、金融発展の初期段階にあるBCLMV諸国においては、銀行部門の整備が特に重要となる。第4に、統合の具体的な内容やそれによる自国の利益について、各国が納得することである。第5に、統合の実現に向けたスケジュールを策定することである。第6に、統合に伴うリスクに対処するため、資本フローのモニタリング、緊急時の流動性支援、金融規制監督などに関する地域的な体制を築くことである。第7に、金融当局が主導的な役割を果たし、統合計画を着実に実施していくことである。

当面の最重要課題は、各国金融システムの水準の向上にあると考えられる。これに注力することにより、ASEAN金融統合の実現可能性が高まるとともに、強固な金融システムが構築され、域外からの資本フローの受け入れ態勢が整うことになる。

ASEAN金融統合を進めようとする背景には、実体経済の統合の進展に加えて、流入・流出を繰り返す域外資本に対するアジア通貨危機以来の不信感がある。しかし、危機を経験したアジア諸国は外貨準備の蓄積等により緊急時の流動性支援体制を格段に強化しており、2008年のリーマン・ショックに伴う流動性の急減に際しても適切に対処した実績がある。また、アジア通貨危機以降、銀行部門の健全性が大幅に回復したことや、近年、アジア債券が先進国投資家の投資対象として確立してきたことなどにみられるように、金融システム整備も着実に成果を上げている。域外からの資本フロー受け入れ態勢の強化に関しては、一定の改善がみられるといえよう。

一方、ASEAN諸国においてはインフラ整備を中心に旺盛な資金需要が存在しており、域外からの資金にある程度依存し続けることは不可避と考えられる。こうしたなか、ASEAN金融統合を追求すると同時に、先述の「域外に開いた」統合を可能とするため、金融システムの強化を継続していくことが最も重要な目標となろう。
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