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アジア・マンスリー 2014年8月号

【トピックス】
新興国に対する資本フローの拡大とアジアの対応

2014年08月01日 清水聡


2000年以降、アジアを含む新興国への資本フローは約5倍に拡大した。新興国には、マクロ経済政策の適切な運営、国内金融資本市場の整備、国内機関投資家の育成など、多角的な対応が求められる。

■新興国に対する資本フローの拡大とその影響
2000年代入り後、新興国の金融資本市場は急速に拡大し、これを取り巻く先進国および国内の投資家動向も大きく変化してきた。新興国の経済発展とそれに伴う格付けの上昇、先進国の低金利などを主な原動力として、多様な投資家が新興国に対する投資を増やしている。この結果、新興国に対する資本フローは過去15年間で約5倍に拡大した。構成要素別にみると、直接投資が安定的に推移する一方、証券投資が拡大している。一方、近年、欧州の銀行がクロスボーダー融資を縮小させたこともあり、その他投資の重要性は相対的に低下している。

このうち、証券投資の内訳をみると、90年代は株式投資が中心であったが、2000年代には債券投資が増加した。これにより、新興国の政府は主要国通貨建ての対外債務を自国通貨建ての国内債務に転換することが可能になった。先進国の機関投資家による新興国債券投資は、2000年代半ばまでは大半が主要国通貨建てであったが、現地通貨建て債券に対する関心が次第に高まり、特にリーマン・ショック以降、投資が急増している。ちなみに、現地通貨建て新興国債券に投資するファンドの約60%が2008年以降に開設されている。また、アジアの債券市場では、国債の海外投資家保有比率が大きく上昇している。

現地通貨建て新興国債券に対する投資の増加により、「新興国は現地通貨建てで資金を調達することができない」といういわゆる原罪(original sin)の問題は概ね解決に向かった。こうした資本流入は新興国通貨の増価や株価・債券価格の上昇をもたらすとともに、実体経済の成長を促進する側面を有している。一方で、このような現地通貨建て投資の増加は為替リスクが投資家側に移転したことを意味しており、それが資本フローのボラティリティーの上昇を招いていると考えられる。新興国の立場からすれば、国内金融資本市場が先進国市場と連動しやすくなり、国際金融情勢や先進国投資家のリスク態度に左右される度合いが増すことになった。

このようなリスクが典型的に表れたのが、昨年5月以降の新興国市場の動きである。米国で金融緩和政策の変更が示唆されたことをきっかけに、新興国から資本が流出し、アジアでも株価・債券価格・為替レートが下落した。同年6月には金融調節の目的から中国の銀行間金利が急騰したことをきっかけに、中国景気の減速観測が強まるとともに周辺諸国への波及が懸念され、資本流出が一段と加速した。流動性が縮小するとリスク・テイクの余力が低下するため、リスクの高い商品ほど影響を強く受ける。新興国リスクが再認識されることもこれに含まれるが、そのほか、例えばハイ・イールド債が強く影響を受け、格付けの低い企業の社債発行が困難となった。また、マクロ経済面では経常収支や財政収支が注目され、これらの赤字が大きいインドやインドネシアで為替レートが特に減価した。

アジアでも、国により影響度が異なったという事実により、マクロ経済運営が健全であれば資本流出が小さくなることが改めて確認されたが、危機的状況においては資本流出を止めることはできない。今回も、資本流出の初動は、ほぼ無差別に多くの新興国において発生している。先進国投資家の群集行動(herd behavior)は、新興国に関する情報が豊富になったにもかかわらずむしろ強まっているという分析結果もある。これは、高利回りの投資に対する需要が極端に高まったことが一因であるとも指摘されている。

■新興国に求められる対応
こうした状況下、新興国には以下のような多角的な対応が求められる。第1に、外貨準備の蓄積や2国間通貨スワップ契約の拡充などにより、緊急時の流動性支援体制を強化することである。日本とASEAN諸国の2国間金融協力の取り組みにおいても、2国間通貨スワップの拡充が目標の1つとされている。第2に、マクロ経済政策を適切に運営することである。昨年5月以降の状況をみると、資本流入拡大期に国内信用の拡大やインフレの高進が顕著にみられた国、経常収支赤字や財政赤字が深刻な国などで資本流出が大きくなっていることから、こうした事態を回避する政策運営が望まれる。こうした努力は、ソブリン格付けを維持し、運用ベンチマークに含まれる投資対象国としての地位を守ることにもつながる。先進国の年金基金などの大規模投資家は、運用規制によって投資対象を一定の格付け以上の債券に限定していることも多く、この点は資本フローの安定性を維持する観点からきわめて重要である。第3に、国内金融システムの整備を進めることである。国際通貨基金の「世界金融安定報告(2014年4月号)」によると、国内資産価格がグローバルなショックの影響を和らげる上で、国内金融資本市場の規模の拡大、国内機関投資家の育成、金融インフラやガバナンス体制の整備(法の支配、会計監査基準、政府の政策決定の透明性等)、などが必要であると指摘している。以上は資本流入の増加への対策であるが、これを抑制するために資本取引規制を実施することも検討に値しよう。ただし、ASEAN経済共同体の設立を2015年末に控え経済統合が進んでいるアジアでは、資本取引自由化を進めて域内金融統合を促進し、先進国資本への依存度を減らすとともに強固な市場の構築を目指す方向性が望ましい。その上で、多様な投資スタイルを有する海外投資家の投資動向を把握・監視する努力が必要である。

■国内機関投資家の役割
アジアにおける機関投資家育成については、海外投資家に対抗しうる国内投資家の育成という視点に加えて、以下の効果が考えられる。第1に、国内の金融仲介機能が多様化する。これにより、インフラ・プロジェクトや証券化商品などへの投資が増える。第2に、資本市場の量的・質的発展が促される。債券市場では投資家構成がある程度多様化しているが、市場流動性の改善は不十分であり、各投資家の投資スタイルの高度化が期待される。第3に、域内資金循環が拡大する。アジアの投資家は域内投資比率が相対的に高く、特に長期債券投資においては、近年、比率の上昇がみられる。アジアの機関投資家は着実に拡大しているが、潜在的な発展余地はまだまだ大きい。今後、機関投資家間の競争の促進や機関投資家に対する運用規制の緩和などにより、育成に向けた取り組みを強化することが求められている。
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