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アジア・マンスリー 2014年6月号

【トピックス】
デレバレッジが進まない中国経済

2014年06月02日 三浦有史


リコノミクスの柱とされるデレバレッジが進んでいない。背景には地方政府の高成長志向と家計の高貯蓄率がある。習近平政権は副作用に配慮しつつ改革を進めるという、難しい舵取りを迫られている。

■シャドー・バンキングは引き続き拡大
李克強氏が首相に就任してから1年余りが経過した。同首相が打ち出した経済政策は「リコノミクス」と称され、国内外で投資主導型経済からの脱却が進むとの期待が高まった。しかし、今のところ目立った成果はみられない。国際通貨基金(IMF)は、4月、2013年末時点の社会融資規模残高がGDP比200%を超え、その過半がシャドー・バンキングによるものという見方を示した。

社会融資規模とは銀行融資だけでなくシャドー・バンキングを含む融資全体を指し、リコノミクスの柱であるデレバレッジ、つまり、自己資本を大幅に上回る借入による投資を抑制するという政策の成果をはかる指標のひとつとされる。IMFは2008年末の同残高をGDP比129%としており、わずか5年で79%ポイント、年平均16%ポイントのペースで上昇した計算になる。2012年末の同残高はGDP比180%程度であることから、社会融資規模は2013年も従来とほぼ同じペースで増加した。

このことは人民銀行が発表するフローベースの社会融資規模をみても確認できる。社会融資規模はリーマン・ショックに伴う景気刺激策の導入によって2009年に急速に拡大し、その後、やや停滞したものの、2012年から再び増勢に転じた。伸びが著しいのは委託融資、信託融資、社債の3つで、銀行貸付以外の部分が全体に占める割合は2007年末の30.8%から大幅に上昇し、2013年末に56.9%に達した。当然のことながら、政府もこの問題に関心を寄せている。政府のシンクタンクである社会科学院は、5月に発表した『中国金融監管報告(2014年)』において、シャドー・バンキングによる融資残高がIMFに比べ規模がやや小さいものの、2013年9月末時点で27兆元(GDP比69.7%)と前年末からわずか9カ月で6.5兆元増加したとみていることを明らかにした。

一方、企業は内外需とも振るわず、負債が増加する傾向にある。社会科学院によれば、企業(非金融法人)は金融資産を積み上げてはいるものの、それを上回るペースで負債を増やしており、純金融資産は2012年末で▲49.2兆元(GDP比▲94.8%)となった。上で紹介したIMFや社会科学院の推計を踏まえれば、企業の抱える負債は2013年も増加した可能性が高い。

■デレバレッジはなぜ進まないのか
デレバレッジが喫緊の課題となっているにもかかわらず、目立った成果がみられない理由のひとつとして、地方政府の高成長志向がある。31省・市・自治区のなかで2013年の成長率が最も低いのは北京市と上海市の7.7%であるが、それは国家統計局が発表した国としての成長率と同じである。つまり、29省・市・自治区の成長率が国のそれを上回っている。地方の成長率を単純に合計して求められる成長率は9.4%に達し、地方政府がいかに高い成長を志向しているかがわかる。

デレバレッジが進まないもうひとつの理由として、家計の高い貯蓄率がある。中国の国内純貯蓄(GDP比)は2000 年を境に上昇に転じ、2008年にはシンガポールを追い越し、世界屈指の高貯蓄国となった。2013年の家計の貯蓄率(可処分所得から消費を差し引いた残余を貯蓄とし、それが可処分所得に占める割合)をみても、都市は33.1%、農村は25.5%と、わが国の経験に照らしても非常に高い。『中国居民収入分配年度報告(2013年)』によれば、2012年時点で家計の純金融資産は48.6兆元(GDP比93.6%)に達する。家計の潤沢な金融資産が企業の資金需要を支える役割を果たしてきたため、中国は対外債務の拡大などデレバレッジに向けた政策を強化する誘因が働きにくい。

習近平政権は、昨年末からデレバレッジに向けた新たな政策を打ち出した。そのひとつは人事考課制度の変更によって地方政府の高成長志向を是正しようとするものである。共産党組織部は、2013年末、地方の党・政府幹部の評価において、成長率の比重を引き下げ、財政の健全性や住民の厚生水準の改善などを重視する方針を打ち出した。もうひとつは、社会保険の拡充を通じて貯蓄率を引き下げようとするものである。政府は、2014年2月、農村からの出稼ぎ労働者である農民工の公的年金保険を新型農村社会養老保険から都市住民社会養老保険に移行させる方針を明らかにした。農民工は年金受給額が大幅に上昇するため、貯蓄を減らし、消費を拡大すると期待されている。

ただし、これらの改革が実際にどの程度の成果をあげるのかについては楽観を許さない。人事考課の中身は外部からうかがい知ることのできないブラック・ボックスである。また、農民工を都市住民社会養老保険に移行させると、彼らを雇っている私営企業の負担が増大し、競争力や雇用に悪影響を与える可能性がある。習近平政権は現状維持や改革の後退が許されないだけでなく、副作用に配慮しながら慎重に改革を進める、という難しい舵取りを迫られている。
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