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アジア・マンスリー 2014年4月号

【トピックス】
アジアにおける証券化取引の現状

2014年04月02日 清水聡


世界金融危機以降、アジアにおける証券化取引は低迷しているが、多くの利点を有する取引であり、今後の増加が期待される。証券化市場の整備は、日本の経済主体にもメリットをもたらすことになる。

■アジアにおける証券化取引の現状
証券化は金融取引の一形態であり、アジア域内金融協力の場でもその促進が課題とされてきた。世界金融危機以降、域内諸国の多くで証券化取引は低迷しているが、危機後数年を経て、促進に向けた議論が再開している。証券化では、キャッシュフローを生み出す資産を裏付けに証券が発行される。資産の保有者は、オリジネータと呼ばれる。証券化取引を行うことを目的に設立されたSPV(Special Purpose Vehicle)に対してオリジネータが保有資産を譲渡し、SPVが証券の発行体となるのが一般的な方法である。裏付けとなる原資産(underlying assets)としては、住宅ローン、消費者ローン、企業向けローン、インフラ整備関連やプロジェクト・ファイナンス関連のローン、不動産など、多様なものがある。

証券化取引には、資金調達・運用の新たな手段として、多くのメリットがある。加えて、金融システムの発展に及ぼすメリットも大きい。証券化により、信用の供与者が銀行やノンバンクから機関投資家に移行するため、債券市場の拡大や機関投資家の成長に貢献することになる。また、原資産である住宅ローンや中小企業向けローン等の信用リスクの透明性が増すこと、長期資産である住宅ローンが銀行の手から離れることにより銀行の期間ミスマッチのリスクが軽減されることなど、多くの効果が期待される。

ただし、メリットの享受には必ずリスクが伴う。証券化は複雑な取引となることが多く、それにより透明性が失われ、投資リスクが増大する可能性がある。この点が、米国でサブプライムローン危機が発生する大きな原因の一つとなった。証券化取引を促進するにあたっては、リスク管理について同時に考慮することが不可欠である。

アジアでは金融システムの発展度が国ごとに異なるため、証券化取引の進捗度合いも多様である。総じていえば、1997年の通貨危機後の不良債権処理に証券化が活用され、危機の影響を受けた各国で取引が拡大した。その後、2005~2007年頃には、世界的に金融取引が膨張する中、アジアの証券化取引額も多くの国でピークを迎えた。しかし、サブプライムローン危機の影響を受け、証券化市場は崩壊した。アジアでは、国内の証券化市場において問題は発生しなかったものの、イメージの悪化による心理的な影響が多大であり、取引は大幅に減少した。

もう一つの問題は、銀行に積極的に証券化を進めていくニーズが少ないことである。アジアでは銀行が信用の最大の供与者であり、証券化市場整備の先導役となることは自然である。しかし、1997年の通貨危機後数年が経過し、経済が回復すると、予防的な制度改革の一環として証券化を推進するインセンティブは薄れた。特に、外貨準備の蓄積が進み、民間部門の流動性が高まったことにより、証券化を進めていく切迫性も低下した。2000年以降、このような状況が顕著となり、各国で証券化に必要な法律は整備されたものの、あまり利用されない結果となった。

■証券化を促進する必要性
通貨危機以降、その原因として過度の銀行依存が指摘されたことから、アジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI)などにより銀行部門と資本市場のバランスの取れた金融システムの構築が図られてきた。しかし、債務性の資金調達において社債・金融債の比重が高まった国は一部にとどまっている。また、機関投資家の発展状況は国により多様であり、発展余地が大きいと思われる国も多い。これらの状況をみると、銀行部門と資本市場のバランスを改善することは依然、大きな課題となっている。これに対し、証券化の活用は有効な手段となり得よう。

また、足元で証券化のインセンティブを妨げている豊富な流動性に関しても、先行き状況は変化しうると考えられる。その要因は、第1に、国際金融情勢の変化である。リーマン・ショック以降、アジアに対する資本流入は基本的に拡大傾向が続いてきたが、2013年5月に米国が量的金融緩和政策の変更を示唆したことをきっかけに流出に転じ、為替レート・株価・債券価格が大幅に下落した。このような資本流出は、流動性の低下をもたらすことになる。通貨危機が再来する可能性は低いとしても、流動性が常に豊富であるとは限らないといえよう。第2に、経済成長に伴う消費者ローン残高の増加である。現在の高い伸びがいつまで続くかは不透明であるが、それが銀行の資金調達需要の拡大につながる可能性があろう。第3に、銀行規制の変更である。今後、バーゼル3の導入などにより銀行の流動性に関する規制が厳格化することが予想され、証券化の活用余地が生じることも考えられる。また、銀行の流動性が豊富であっても、それは流動性不足となる企業が存在しないことを意味する訳ではない。銀行の各企業に対する融資態度には、規制を含むさまざまな要因が影響する。例えば、多くの国では、一つの企業や企業グループへの与信額を自己資本の一定比率に制限する「一社規制」が実施されている。この規制の下では、規模の大きな企業ほど、十分な資金が得られないリスクが高まる。このような企業では、証券化が有効な資金調達手段となる場合があろう。

■証券化促進の方策と日本への影響
証券化取引は多様な制度インフラや金融インフラの整備を前提とするため、その発展に果たす政府の役割が大きい。証券化の促進は、当局の金融部門発展戦略の中で適切に位置付けられる必要がある。これにより、当局のコミットメントも明確に示されることになる。

オリジネータと投資家の双方に証券化のニーズが乏しい現状を変える方策として、①市場参加者への適切な情報提供や教育、②触媒となるパイロット取引の実施、などが有効であろう。証券化促進の対象となる原資産としては、住宅ローン、消費者ローン、中小企業向けローン、インフラ・プロジェクト関連債権など、多様なものが考えられる。証券化促進に向けた取り組みは、資金調達手段の多様化を図る現地の日系企業や、多様なアジア投資を検討する日本の投資家に対しても、メリットをもたらすこととなろう。今後、促進に向けた議論が高まることが期待される。
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