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アジア・マンスリー 2014年1月号

【トピックス】
ASEAN金融統合の進展

2014年01月06日 清水聡


域内経済統合の進展に伴い、ASEAN金融統合が進められている。日本が技術支援等により金融インフラの水準向上に協力することは、日本企業・金融機関の活動を支援することにもつながろう。

■域内金融統合を推進する意義
2013年、アジアでは、米国における量的金融緩和策の縮小の示唆や中国景気の減速傾向を背景に資本流出が拡大し、株価・債券価格・為替レートが大きく下落した。97年のアジア通貨危機以来、アジアを含む新興国では急激な資本流入・流出が繰り返されており、資本フローへの対応が重要な課題となっている。
これに対し、各国において資本取引規制が強化されているが、これ以外にも、アジア域内において金融部門の結びつきを強めること、すなわち域内金融統合の強化が欠かせない対策となる。これにより金融部門の機能強化を実現し、域内の内需拡大を促進して経済成長を支援するとともに、域外資金への依存度を引き下げ、金融危機などの対外ショックに耐えうる能力を向上させることが可能になる。近年、アジアに対する欧州系銀行の融資が縮小し、これを域内の銀行が代替する動きがみられており、これはまさに域内金融統合が危機の波及を抑制した事例といえる。

■ASEAN金融統合の進展
アジアでは、域内の経済統合と金融統合が相互促進的に進むことが期待される。2015年までにASEAN経済共同体(AEC)を構築することが合意されており、その一環として、国内金融サービスの自由化(FSL)、資本取引の自由化(CAL)、資本市場の整備・統合、決済システムの整備、などを内容とする域内金融統合が進められている。
ASEANの金融市場は、整備が進められているものの、相対的に小規模であり、外的ショックに対して脆弱である。また、そのことを反映した資本取引規制の存在が、域内金融統合の進展を阻んできた。そこで、国内金融サービスと資本取引の自由化を進め、さらに規制の調和等によってASEAN全体の金融市場の統合を図ることが基本方針とされている。
ただし、ASEANがこれを拙速に進める必要はない、というのが基本的な考え方である。欧州でも、金融統合を進めるに当たり50年以上の年月が費やされている。ASEAN諸国の経済・金融発展段階や経済構造は欧州以上に多様であることから、各国の自主性や統合に伴うリスクに対する備えを重視し、国ごとに(特に当初加盟5カ国とBCLMV諸国の間で)速度が異なっても構わないとされている。
金融市場の対外開放を進めるには、国内銀行部門の強化(効率性・安定性の向上)や健全なマクロ経済政策実施の確保が欠かせない。特に世界金融危機以降は、域内の金融セーフティ・ネットの整備や、規制枠組みの各国間での調和などが一層重視されるようになっている。こうした背景のもと、ASEAN事務局は、金融統合の進捗状況をスコアカードにより評価すると同時に、東アジア・ASEAN経済研究センター(ERIA)に評価を委託している。ERIAによれば、金融統合の主要部分は2015年以降に実施されるべきものとなっている。
このうち、国内金融サービスの自由化(各国銀行部門の強化と域内進出の推進)についてみると、総じて慎重な内容となっている。ASEAN諸国の金融システムは、現在も銀行中心である。2009年に、金融資産の82%(BCLMV諸国では98%)が商業銀行の資産となっている(左表)。銀行部門は、自己資本比率や不良債権比率からみて健全であるものの、世界の上位500行の資産が平均140億ドルであるのに対し、ASEAN諸国の銀行は48億ドルにとどまり、マレーシアやシンガポール、タイ以外は規模の面で大きく見劣りしている(上図)。これらの国の一部の銀行は域内数カ国に進出しているものの、海外展開に関してスタンダード・チャータード、シティ、HSBCなどの大銀行には大きく見劣りしており、世界的に競争力のある銀行を作ることがASEAN諸国の課題となっている。なお、保険会社に関しては対外開放が相対的に進んでいるものの、地場の保険会社は競争力が低く、海外進出しているケースはほとんどない。
こうした状況に対し、アジア開発銀行は、域内における銀行統合の進展(ここでは各国の銀行の域内諸国への進出を意味する)が資金配分の効率性を高めるとともに、域内銀行の強化および協力関係の緊密化を促し、金融部門の安定に資すると提言している。一方、銀行統合を促進すれば、新規に参入した外国銀行が投機的な取引を行う危険性も指摘されており、これを防止する上で健全性規制の調和を図ることや国際的な危機対応体制を構築することが重要になる。また、国内銀行部門の強化に要する時間は国により多様であることから、自由化は段階的に進めざるを得ないのが実情である。
これらを踏まえて、金融サービスの自由化は統合に伴うリスクに配慮し、競争力等の面で一定の水準に達した銀行(QABs:qualified ASEAN banks)のみを参加させるなど、慎重な内容となっている。また、個人業務の自由化にも慎重である。アジア地域の金融部門の発展度に関しては、各国間の格差がきわめて大きい。シンガポールやマレーシアの金融システムは先進国に近い一方で、一部の国は未だ金融制度(例えば格付け機関、信用保証、銀行間市場など)の構築途上にあり、こうした国が銀行統合に参画するにはかなりの時間を要するとみざるを得ない状況である。

■各国政府と日本の役割
域内金融統合における各国政府の役割は、金融市場インフラを整備するとともに、資本取引自由化のための改革および規制緩和を実施することである。また、金融統合には対外的なショックというリスクを伴うため、域内で規制面の相互協力が行われることが不可欠である。
ASEANは完璧な市場統合を目指しているわけではなく、統合に向かうのは金融システムの先進的な部分にとどまる。したがって、それ以外は国内市場向けサービスが中心となるため、統合は段階的に進めざるを得ない。加えて、金融統合には通貨政策の側面が伴う。域内通貨の地位を高め、域内通貨間の直接取引を円滑に実施できるようにすることが長期的な課題となる。
域内金融統合の動きに対し、日本は積極的に協力することが求められる。経済面でアジア地域との相互依存が強まる中、アジアの金融インフラの水準向上を支援することは、日本企業や日系金融機関の活動を支援することにもなる。一方、資本取引規制・外国為替規制・金利規制など、多様な規制が日本企業の活動の効率化を妨げている。規制緩和を一方的に求めていくことは難しいものの、その実現に向けても金融技術支援や金融協力の取り組みがきわめて重要となろう。
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