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アジア・マンスリー 2013年10月号

【トピックス】
早くも正念場迎える中国のリコノミクス

2013年10月01日 三浦有史


中国政府は年後半に景気刺激策を発動する見込みである。しかし、民間企業の参入機会が拡大されなければ、中国は再び非効率な投資主導型経済へ回帰しかねない。

■年後半に1兆元規模の景気刺激策
中国の経済誌「財経」は、8月末、2013年後半から1兆元の景気対策が講じられると報じた。今回の景気対策は、2008年に実施した4兆元の景気対策が投資効率の低下と地方政府の債務拡大を招いたとの反省から、①景気の下支えだけでなく、都市の公共インフラ整備、中西部における鉄道整備、大気・水汚染対策など、構造改革に資するプロジェクトに振り向ける、②「投資主体の多元化」、つまり民間企業の参入を促す、③国家開発銀行など政策金融を通じて資金を調達する、という特徴を有するとされる。

国際通貨基金(IMF)は7月に発表した報告書で、年前半に流動性の目安とされる社会融資総量が高い伸びを示したことから、年後半に景気回復が見込まれるとの見方を示した。ここに上の景気刺激策が加われば、投資の成長牽引力はさらに高まる。景気回復は、中国はもちろん世界経済にとっても朗報であるが、同誌は「今回の景気刺激策は前回のように大々的に宣伝されることなく、ひっそりと実施される」としている。

 なぜ「ひっそりと」と実施されるのか。それは、景気刺激策の導入が習近平-李克強体制の進める「経済発展方式の転換」、とりわけその中核をなす投資・輸出主導型経済から消費主導型経済への転換の行き詰まりを内外に印象付けることになりかねないからである。習近平総書記は、就任直後の中央経済工作会議で、公的部門の肥大化に歯止めをかける姿勢を鮮明にし、4月に開催されたボアオフォーラムで、超高度成長を持続させるのは不可能であり、それを望んでもいないと発言した。李克強首相も就任前から「経済発展方式の転換」が中国にとって最大のボーナスをもたらすとし、強い決意を持って改革にあたる姿勢を示した。景気刺激策の導入は、地方政府や国有企業の抵抗や経済安定化を求める声が指導部内で高まり、改革の減速を余儀なくされているのではないかという懸念を抱かせる。

■かみ合わない中央と地方の成長減速の許容度
李克強首相の経済政策は、わが国のアベノミクスに準え「リコノミクス」と称される。名づけ親であるバークレイズ・キャピタルによれば、「リコノミクス」は、①景気刺激策の不採用、②デレバレッジ(GDPに対する社会融資総量比率の引き下げ)、③金利自由化などの構造改革の推進という三つの要素から構成される。命名の巧みさや新体制に対する期待の高まりもあり、「リコノミクス」は中国国内のメディアでも盛んに取り上げられ、上半期の流行語のひとつになった。

しかし、「リコノミクス」は、今後、厳しい評価に晒されることになろう。景気刺激策の不採用やデレバレッジは、目先の成長率にとらわれない、つまり、成長の鈍化を受容しながら「経済発展方式の転換」に取り組むという中央政府の意思を示すものにほかならないが、それが地方政府と共有されている様子は全くと言っていいほどみられないからである。

この問題を端的に示しているのが中央政府と地方政府の工業増加値の伸び率のかい離である。国家統計局は1~6月の全国値を前年同期比9.3%としているが、31省・市・自治区のうち実に25市・省・自治区がそれを上回る。この25省・市・自治区は工業増加値の8割を占める。彼らの統計が本当であれば、中国は景気減速どころか、過熱状態にある。地方政府のほとんどは「加水(水増し)」を行っているのである。

この問題は胡錦濤-温家宝体制下で顕在化し、中国のGDP統計に対する信頼性を損なっただけでなく、中央政府が成長率引き上げに強い執着を持つ地方政府を十分に抑制できない状況に陥っていることを露呈した。習近平氏は総書記就任後の中央経済工作会議で「加水」を強く戒めたものの、問題は一向に是正されていない。中央政府が依然として地方政府の強い投資衝動を抑制できない状況にあるとすれば、1兆元の景気刺激策によって中国は投資主導型経済へ回帰する可能性がある。

■7.5%成長を「下限」に安定重視の経済運営へ
李克強首相は、9月初旬、英フィナンシャルタイムズ紙に寄稿し、改革を進める一方、雇用などに悪影響が及ぶことを回避するため7.5%の成長率を「下限」として経済運営にあたる方針を示した。4~6月期の成長率は7.5%で、ちょうどこの「下限」に相当する。同首相が寄稿内で「合理的」な投資分野と位置付けた①省エネ、②環境保護、③中西部における鉄道整備は奇しくも冒頭に紹介した「財経」の投資分野と重なる。また、新華社が「財経」の記事を引用したことから、景気刺激策が採られることは間違いなさそうである。

この景気刺激策が投資主導型の経済への回帰になるのか否かは、「投資主体の多元化」がどこまで実現されるかにかかっている。工業分野では、国有および国有持ち株企業よりも私営企業の方が総資産利益率が高く、私営企業は生産および雇用の両面において経済のけん引役として台頭している。しかし、それによって必ずしも国有および国有持ち株企業が市場からの退出を迫られているわけではない。
 
例えば、1990年代後半の改革によって減少の一途にあった国有企業の就業者数は2010年から増加に転じた。国有持ち株会社が主体となっている有限責任企業と株式有限企業の就業者数も増加し、その伸び率は私営企業を上回る。総資産利益率が低いにもかかわらず、国有および国有持ち株企業における就業者数が増えた背景に2008年に実施された4兆元の景気刺激策があることは間違いない。景気刺激策を採用する一方で改革を進めるというのは、心臓を止めずに心臓外科手術を行うようなものである。患者の負担は少ないものの、手術の難易度は高まる。李克強首相の経済運営の巧拙は成長の持続性に大きな影響を与えることとなる。
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