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アジア・マンスリー 2013年9月号

【トピックス】
進展する日本とASEAN各国との2国間金融協力

2013年09月02日 清水聡


アジア域内金融協力が着実に進展している。5月に発表された日本とASEAN各国との2国間金融協力の強化への取り組みはこれを一段と推進し、日本にも大きなメリットをもたらすことが期待される。

■進展するアジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI)
5月に米国で量的金融緩和策の縮小が示唆されたことや中国景気に減速傾向がみられることなどから、アジアからの資本流出が拡大し、株価の下落や為替レートの減価が顕著となっている。97年のアジア通貨危機や2008年のリーマン・ショックにおいてみられたように、アジアを含む新興国では急激な資本流入・流出が繰り返されており、資本フローへの対応はきわめて重要な課題である。一方で、グローバル化の進展に伴い資本フローの拡大や変動率の上昇が続いており、その対応は一段と困難の度を増している。

こうした中、危機対策の側面を有する域内金融協力の重要性が高まっている。ASEAN+3財務大臣・中央銀行総裁会議において行われているアジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI)に関しては、2012年5月、従来のロードマップの見直しによりNew Roadmap+が採用され、9つの優先項目が示された。これらは、従来以上に具体的な成果が必要であるという認識の下、多くの議論を経て選定されたものである。これらを着実に実現していくため、各タスク・フォースにおいて作業計画(work plan)が作成されている。

9項目の中には、CGIF(Credit Guarantee and Investment Facility)の業務開始やABMF(ASEAN+3 Bond Markets Forum)の活動強化が含まれている。2010年11月に設立されたCGIFの役割は、域内の投資適格企業(現地の格付け機関の格付けにより判断)の現地通貨建て債券発行を、100%の元利支払保証により支援することにある。主な保証対象としては、①クロスボーダー発行となる債券、②投資適格ではあるが単独では債券発行が困難な比較的格付けが低い企業が発行する債券、③保証により発行期間が伸長できる債券、などが想定されている。主にASEAN5カ国(インドネシア・マレーシア・フィリピン・シンガポール・タイ)の発行体を想定しているが、将来的には、その他のASEAN諸国(BCLMV)の発行体が日中韓や自国の市場で発行するケースなども視野に入れている。今年4月、第1号案件として、香港の商社ノーブル・グループが発行するタイバーツ債(期間3年、約1億ドル相当)に対する保証が実施された。CGIFの資本金は7億ドルと小さいため、今後、増資が課題となる可能性が高い。

一方、ABMFは2010年に設立された官民連携フォーラムであり、域内共通のプロ投資家向け債券発行プログラム(AMBIF:ASEAN+3 Multi-currency Bond Issuance Framework)の採用や各国の決済システムの向上・統合を目標に、3カ月に1回程度域内各国で会合を開き、議論を続けている。7月下旬には、第13回会合が第1回以来2度目となる東京で開催された。参加者は100人規模に拡大し、域内金融統合促進を目指すユニークな議論の場となっている。

なお、2013年5月のASEAN+3財務大臣・中央銀行総裁会議共同ステートメントでは「インフラ整備債券の開発・促進イニシアティブ」の設立が承認されており、インフラ整備のファイナンス手段の拡充に向けた努力も継続的に行われている。

■日本とASEAN各国との2国間金融協力の強化
ABMIにおいて日本は中心的な役割を果たしているが、5月にはこれに加えてASEAN各国(インドネシア・マレーシア・フィリピン・シンガポール・タイ)との間で2国間金融協力を強化することが発表された。これは、CMIM(Chiang Mai Initiative Multilateralisation)やABMIを含む多国間協力が一定の成果を上げたことから、新たに2国間での政策対話や協力を加えることで、①金融協力を一段と推進すること、②経済発展段階の相違等により各国ごとに異なるニーズにきめ細かく応え、域内内需の促進に役立てること、③活発化する日本企業のアジアにおける事業活動を現地通貨資金調達などの側面から支援すること、などを目指したものである。

今後、各国との間に設置された合同作業部会において、多様な課題への取り組みが進められることになる。課題は国ごとに異なるが、全体的には以下のように整理されている。①2国間の通貨スワップ契約の再締結・拡充:マレーシア・シンガポール・タイとの間では契約が終了しており、再締結を推進する。②現地に進出した日系企業の現地通貨の利用拡大(詳細は後述)。③現地通貨建て債券市場の発展支援:AMBIF実現に向けた取り組みを各国で強化する。④イスラム金融の利用促進:マレーシアとの間で日本企業・銀行による利用拡大を図る。⑤ASEAN連結性も踏まえたインフラ整備支援:PPPプロジェクト準備の支援、資金調達枠組みに関する助言などを行う。⑥ASEAN各国の金融市場発展のための技術支援:BCLMV諸国当局者の能力開発の共同支援、中小企業向け信用に関する知見の共有、金融市場全般に関わる技術協力強化などを行う。なお、BCLMV諸国との間では、主に⑤、⑥の分野で協力を推進するとしている。

このうち、②は2国間協力ならではの項目であるが、具体的な検討事項としては、日本国債を担保としたクロスボーダー担保スキームによる現地通貨供給(緊急時対応が主な目的。2011年10月にタイで洪水が発生した際、日銀とタイ中銀の間で導入例がある)、円とASEAN通貨の直接交換市場創設(円と人民元の間で実績がある)、国際協力銀行(JBIC)のツー・ステップ・ローンを通じた日系企業等への資金供給、地場銀行と日系企業等との取引に対する邦銀による代理・媒介、長期の通貨スワップ取引へのJBIC保証供与、などがあげられている。これらが実現すれば、地場銀行の強化や、現地通貨建て取引の拡大によるアジア通貨全般の地位向上にもつながる可能性があろう。各国との合同作業部会には、日本側から財務省、金融庁、日銀、国際協力機構(JICA)、JBICが参加している。各機関の連携による効果的な協力の実現が期待される。

■域内金融協力強化の意義と課題
2国間金融協力の強化は、双方にメリットをもたらすことが期待される。邦銀がアジアで活躍の幅を広げるにはアジア諸国による規制緩和が必要であり、日本の機関投資家がアジア債券投資を拡大するには、流通市場の流動性の向上、資本取引規制の緩和、決済システムの整備、源泉徴収税の廃止など多様な障害の軽減が不可欠である。しかし、これらの早期実現は事実上困難であり、その前提として、アジア金融システムの水準向上を支援する息の長い取り組みが求められる。

このほか、わが国では、日本にアジアの経済主体を呼び込むため、東京プロボンド市場の活用や日本取引所グループによるアジア戦略の構築などが行われている。ここでも、相手側のメリットを十分に検討することが重要であろう。そのためには、アジアの金融資本市場や経済主体の行動に関する理解を深めることが不可欠である。さらに、域内の機関投資家育成を支援することも、対日投資の拡大につながろう。
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