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アジア・マンスリー 2013年3月号

【トピックス】
中国「発展方式の転換」が待ったなしの課題に

2013年03月04日 三浦有史


中国では有害スモッグの発生や生産年齢人口の減少などにより「経済発展方式の転換」が待ったなし
の課題として浮上してきた。習近平体制は歴史的な分岐的を迎えた中国経済のかじ取りを任されている。

■国土の三分の一を覆う有害スモッグ
中国における「経済発展方式の転換」が待ったなしの課題として浮上してきた。第12次5カ年計画および第18次党大会報告から「経済発展方式の転換」の要点を抽出すると、①投資・輸出主導型の経済成長を消費主導型に変えること、②資源浪費型の経済を資源節約・循環型経済へ変えること、③イノベーションや人的資本の成長に対する寄与度を高めること、④近代的なサービス業と戦略的新興産業を振興すること、⑤都市―農村間の格差是正を通じて社会の安定性を高めることの5つにまとめることができる。

「経済発展方式の転換」とは経済成長のスピードではなく、持続性を高める政策にほかならない。

「経済発展方式の転換」は胡錦濤前体制下で重要性が指摘されていたものであり、決して目新しいものではない。しかし、同体制下では転換に必要な改革の先送りが目立ち、いずれの分野においても目に見える成果を挙げることができなかった。そのつけが習近平体制下で顕在化しつつある。課題は多岐に亘るが、以下では昨今注目を集めた二つのニュースを手掛かりに資源浪費型の経済を資源節約・循環型経済へ変えることと、イノベーションや人的資本の成長に対する寄与度を高めることの二つに焦点を当て、中国経済が抱える課題を展望する。

資源浪費型の経済から資源節約・循環型経済への転換の重要性は有害スモッグの発生によって改めて認識されるようになった。北京市など華北地方から発生したスモッグは国土の三分の一を覆うまでに拡大し、市民生活に深刻な影響を与えている。環境汚染は「群体性事件」と呼ばれる集団抗議行動を引き起こす要因のひとつであったが、これまでは限られた地域における住民と企業ないし地方政府の対立でしかなかった。ところが有害スモッグは公害・環境汚染問題に対する国民の意識を高め、対立の構図を国民対中央政府という構図に変える危険性がある。

右図は中国の1人当たりのCO2(二酸化炭素)の排出量を下位中所得国グループおよび上位中所得国グループの平均値と比較したものである。中国の1人当たりGNI(総国民所得)は、2011年時点で4,940ドルと上位中得国グループ入りを果たしたばかりである。にもかかわらず、中国のCO2排出量は同グループを超える水準にある。胡錦濤体制下でエネルギー過消費社会に拍車がかかったといえ、その是正が喫緊の課題となっているのである。

北京市は、2月から自動車の排ガス規制を強化するとともに、有害ガスを排出している200社を年内に閉鎖し、2015年までに合計1,200社を閉鎖すると発表した。しかし、企業の負担を考慮すると北京市と同様の措置を直ちに全国に広げることは難しい。また、北京市の措置による排ガス削減効果は自動車保有台数の増加や工場移転によって減殺される可能性があること、さらに、エネルギーは開発から小売りまで中央政府管轄の中央企業が担っており、相当な反発が予想されることなどを踏まえれば、有害スモッグの問題は一朝一夕に解決できるとは思えない。

■史上初の生産年齢人口の減少
習近平体制下で顕在化するもうひとつの問題はイノベーションや人的資本の成長に対する寄与度を高めることである。胡錦濤体制下では、「人口大国」から「人材強国」へのスローガンの下、義務教育(小中学校)を完全に近い水準に普及させるとともに、高等教育へ進む機会も大幅に増やすなどの成果を挙げた。しかし、近年、大学生の就職難が社会問題化する一方で、未熟練労働者が不足するという現象が常態化している。このことからも政府の教育・人材育成政策は必ずしも労働市場のニーズに合致したものとは言えない側面があった。

こうした需給のミスマッチが拡大したにもかかわらず、中国が高成長を遂げることができたのは投資と労働力の投入量の拡大があったためである。しかし、この胡錦濤体制下の成長方程式は習近平体制下では成立しない。中国では既に投資効率の低下が顕著である(JRI Research Focus「投資効率の低下が続く中国経済」参照)うえ、労働力の増加も見込めないからである。2013年1月、国家統計局は2012年の15~59歳の生産年齢人口が9億3,727万人と前年から345万人減少したと発表した。総人口が増えるなかで生産年齢人口が減少するのは中国史上初のことである。

「一人っ子政策」が採用されたこともあり、生産年齢人口の減少が起こることは以前から指摘されていた。右上図は国連の推計から中国の人口と生産年齢の長期的推移を表したものである。中国における生産年齢人口比率は2010年の68.2%をピークに次第に減少すると予想されていた。この予想は2012年に現実となったのである。

右下図は、政府のシンクタンクが試算した中国の潜在成長率である。潜在成長率とは、現存する生産要素を最大限に利用した場合に達成できる成長率を意味し、主に資本ストック、労働力、生産性の各要素がどのように変化するかを予想することで算出される。2016年以降の潜在成長率は7%台に低下する。エネルギー・環境負荷に加えて労働力が成長引き下げ要因となるほか、成長の最大の牽引役であった投資の寄与度が低下するためである。

習近平体制には前体制のように「経済発展方式の転換」を画餅に終わらせる猶予はない。同体制に求められるのは歴史的な分岐的を迎えた中国経済のかじ取りを任されているという危機感と、それにもとづいた強力な指導力である。排ガス規制に象徴されるように「経済発展方式の転換」にはかなりのコストがかかり、既得権益層からの反発も強い。しかし、国際通貨基金(IMF)が農村に余剰労働力が存在しており、戸籍制度の改革など通じ、2020~2025年まで都市労働力を増やすことは可能としたことからも、改革によって10年、あるいは、20年先の潜在成長率を引き上げることは可能なのである。
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