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【「CSV」で企業を視る】(4) バリュー・チェーンの競争力強化が生み出す新たな可能性

2013年02月01日 長谷直子


 シリーズの初回では、ポーターの「『共有価値』の創造:Creating Shared Value(CSV)」※1の現状と企業価値への連関の可能性について解説するとともに、「共有価値」を創造するための3つのアプローチ(「1. 顧客ニーズ、製品、市場を見直す」「2. バリュー・チェーンの生産性を再定義する」「3. 企業が拠点を置く地域を支援する産業クラスターを組成する」)について紹介した。第2、3回では、1つ目のアプローチである「1. 顧客ニーズ、製品、市場を見直す」の視点から事例を取り上げたが、本稿では、「2. バリュー・チェーンの生産性を再定義する」という視点で企業の事例を見ていきたい。

 企業の事業活動は、製品・サービスを顧客に提供するまでに、「材料や部品の調達」「製造」「製品の輸配送」「販売・マーケティング」「アフターセールス・サービス」といった段階を経る。バリュー・チェーン分析とは、企業が事業活動の各段階で付加価値を創造していくものととらえ、それらの活動の連鎖が最終的な付加価値にどのように貢献するのかを調べる手法である。バリュー・チェーンの生産性を再定義することで、自社の競争力を高めるとともに、社会的課題解決にも貢献し、共有価値をもたらすことができるというのがポーターの主張である。

(1) 販売、アフターセールスを通じて共有価値を生み出す企業
 建設機械大手のコマツは、中国などにおいて、現地の起業家を販売店に育成するというユニークな販売店政策を実施している。コマツが中国で本格的に現地生産を始めたのは1995年頃だが、当時、中国には販売網が無く、31ある省市に1つずつ代理店を置く必要があった。そこで、現地の商習慣や顧客情報について豊富な知見を有する現地起業家に注目した。中国の建設機械の買い手は個人が多く、こうした個人顧客のニーズを正確につかむには、現地の事情に精通した人材が欠かせないという判断だった。起業家支援という社会貢献の実現とともに、コマツにとっては現地に根ざした販売網を構築することで、地域の情報や事業機会に関する情報が得やすくなり、差別化を実現できた。現地起業家は資金を持っていないという点も幸いした。通常、代理店は製品在庫を持つために一定の運転資金を必要とするが、彼らは資金がないが故に代理店で自前の在庫を抱えることができなかった。しかしそれが結果的に「流通在庫ゼロ」の実現につながり、無駄のない効率的な販売体制が構築されていった。
 また、コマツは販売店によって提供されるアフターセールス・サービスを、新製品が売れ続けるための重要な要素として位置づけている。サービスを充実させるための方策の一つとして、フィリピンでは人材開発センターを設置し、アフターセールス・サービス員を養成している。こうしたサービス員養成の取組みは、新興国における若者の就労支援に役立つだけでなく、年々、日本人要員が確保し難くなっている中で、フィリピン特有の海外志向が旺盛で英語が堪能な人材が多いという特徴を活かし、グローバル人材を確保することに成功している。
 
(2)調達を通じて共有価値を生み出す企業
 小売業でも社会問題への配慮を通じて、自社競争力の向上を実現させている企業がある。長崎ちゃんぽんの専門店リンガーハットでは、20年以上前から自社の商品に使用するキャベツを国内産地との契約栽培により調達している。この契約栽培のノウハウを活かし、全国各地の農家と連携して、全ての野菜を国内調達するシステムを確立し、2009年には、全店舗で使用する野菜を全て国産野菜に切り替えた。この取組みは、昨今の食の安全・安心の問題、食糧自給率の問題、農業就労問題、環境保全といった課題解決に貢献したいという想いから始められたという。使用する野菜の国産化を通じて、「安全・安心な商品の提供」、「国内の食料自給率向上」、「食材の輸送に係る環境負荷の低減」、「強い国内農業体制の構築」に貢献することができる。外食産業自体が不況の中で同社が売上・店舗数ともに拡大傾向にあるのは、商品の安全性やこうした企業姿勢が顧客の共感を得ているからだろう。社会的課題解決に貢献するための国産食材へのこだわりが、自社の競争力強化につながっている事例と言える。

 以上のように、今回はバリュー・チェーンを通じて共有価値を生み出している事例を挙げたが、このアプローチは、共有価値創造のための1つ目のアプローチである「顧客ニーズ、製品、市場を見直す」とは違い、取組みによって企業の競争力が強化され、業績向上につながるまでには時間を要するという特徴がある。また、企業の業績には様々な外部要因が絡んでおり、この取組みが業績向上に与えた影響というのは切り出して評価しにくいものだが、まずは事業活動の各段階において社会への貢献度と自社競争力の向上との関連を分析することが企業の持続的成長への第一歩になると考えられる。

※1 Michael E. Porter, Mark R. Kramer, “Creating Shared Value:経済的価値と社会的価値を同時実現する共通価値の戦略,” DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー, June 2011.

*この原稿は2013年1月に金融情報ベンダーのQUICKに配信したものです。
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