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アジア・マンスリー 2012年11月号

【トピックス】
中央と地方の乖離が広がる中国のGDP統計

2012年11月05日 三浦有史


地方政府のGDPの合計値は中央政府の公表する全国値を大幅上回る。背景には工業統計上の技術的問
題と政治的問題がある。次期指導部がこの問題をどう扱うかは改革意欲を測る目安になろう。

■地方の過大評価はGDPの1割
中国では、中央政府(国家統計局)の発表する国としてのGDPと31省・市・自治区の発表するGDPの合計値に著しい乖離が生じるようになっている。右図は、31省・市・自治区が公表した名目GDPの合計値から国家統計局が発表した全国値を引くことでどの程度の乖離が生じているかを明らかにしたものである。乖離幅は2007年に一時的に縮小したものの、その後、急速に拡大している。地方政府が2011 年の実績として発表した名目GDPの合計値は51.8兆元と中央政府の公表値を4.6兆元上回る。後者を基準とした乖離率は9.9%、省レベルでみた乖離幅は中国最大の経済規模を誇る広東省のGDP(5.3兆元)には及ばないものの、第二位の江蘇省のGDP(4.8兆元)に相当する。

こうした乖離は当然のことながら実質GDP成長率にも及ぶ。31省・市・自治区が公表している実質GDP成長率から求められる2003~2011年の全国の成長率は、12.3%、13.7%、13.1%、13.7%、14.6%、11.9%、11.6%、13.1%、11.7%と国家統計局の公表値(10.0%、10.1%、11.3%、12.7%、14.2%、9.6%、9.2%、10.4%、9.3%)を0.5~3.6%ポイント上回る。

国家統計局の公表するGDP統計は国際通貨基金(IMF)など国際金融機関に採用されており、31省・市・自治区の統計に比べ遥かに信憑性が高いというのが国内外の一般的な評価である。このため敢えて地方政府の統計を扱う必要はないという立場を採ることも可能である。しかし、成長率における「西高東低」現象の顕在化や東部における人件費の高騰を受け、外資企業の多くが生産ないし販売拠点の中西部への移転を始めていることから、地方の経済統計に対するニーズは高まる傾向にある。

また、統計の多くは31省・市・自治区の合計によって算出されることから、国としての経済統計に対する信頼を失いかねないという問題も発生する。実際、2012年5月、英フィナンシヤル・タイムズ紙は、次期首相への就任が有力視されている李克強副首相が遼寧省党書記時代に中国のGDP統計は人為的で、参考値にすぎないと発言したことを取り上げ、中国経済が予想を上回る減速をしている可能性を示唆した。また、米外交専門誌フォーリン・ポリシーは、同年7月、中国の四半期統計は発表までわずか2週間しか要しないことを例示し、世界は透明性の低い中国の経済統計に踊らされることになると警告した。

■乖離幅の修正は次期指導部の課題
国内外の専門家の間では、地方政府によるGDPの過大評価が発生する要因として、①地域を跨ぐプロジェクトの二重計上や統計の推計方法の相違といった技術的問題、②成長率が地方指導部の評価を左右する人事考課制度に起因する成長率の上方修正圧力の存在という政治的問題の二つが指摘される。国家統計局は前者を強調するものの、国外の専門家は後者を重視する。

どちらがどの程度影響を与えているか。この問題を解く手掛かりとして、中央と地方のGDP統計の乖離がどの産業で生じているのかを検証したのが右図である。乖離のほとんどが鉱工業で発生している。鉱工業における付加価値を推計するのに用いられるのは工業統計であり、右図は同統計に過大評価を発生させる技術的問題が内在していることを示唆する。

鉱工業における付加価値を推定するベースとなるのが工業統計上の「工業増加値」である。「工業増加値」は「工業総生産」-「中間投入財・サービスの価格」で求められる。「工業総生産」は、①最終製品の価格、②完成した「工業的作業価格」、③期首期末仕掛品の差額の三つの合計値である。このため過剰生産によって在庫が山積みになったとしても「工業総生産」は増加する。これが「工業増加値」の過大評価をもたらす要因のひとつである。

もうひとつの要因は「中間投入財・サービスの価格」の評価方法にある。付加価値を算出するためには、「中間投入財・サービスの価格」は「工業総生産」とともに物価変動を加味した実質価格で計算されなければならない。しかし、国家統計局は、「工業増加値」の実質伸び率を、①前年同月の「工業増加値」の名目値に「工業総生産」の名目伸び率をかけ、一旦「工業増加値」の名目伸び率を算出し、②それに誤差修正を施したものを、③生産者価格指数で実質化することで求めている。この方法は中間投入財・サービスの価格が一定であれば問題はないが、それらが著しく上昇している際には、付加価値を過大評価する。鉄鋼産業を例にとれば、鉄鉱石や石炭の価格が上昇しても、「中間投入財・サービスの価格」に十分反映されず、必ずしも同産業の付加価値を減少させるとは限らないのである。

しかし、こうした技術的要因だけで乖離幅の拡大を説明することは出来ない。そもそも地方政府が独自にGDPを算出・公表する例は先進国を見渡しても例がなく、国家統計局がGDP統計を作成・公表する唯一の機関として機能すれば、問題はたちどころに解決するはずである。同局は上海市、北京市、浙江省のGDP統計の精度が高いと評価しているように、独自に推計した地方のGDP統計を保有している。にもかかわらず、同局が地方政府にGDP統計の修正を求めないのは、地方のGDP統計が高度な政治性を有しているためと思われる。同局が地方政府によるGDP統計の作成・公表を容認せざるを得ない状況に置かれているという意味において、過大評価は政治的問題によるものと評価することもできる。

胡錦濤―温家宝体制は、経済成長のスピードを加速させるのではなく、所得分配の是正を通じて社会の安定化を図り、それによって成長の持続性を高めていく方針でスタートした。しかし、GDPの過大評価は、過去10年間、地方政府が成長の持続性ではなく、スピードを競っていたことを物語る。この高成長競争が「投資から消費へ」という経済発展モデルの転換を阻害した一因であることは間違いない。2013年末には第三次経済センサスの結果が公表される。これをもとに地方のGDP統計を下方修正し、乖離幅をなくすことができるか否かは、次期指導部の経済発展モデルの転換に対する意欲を測る一つの目安になろう。
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