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アジア・マンスリー 2012年2月号

【トピックス】
中国の社会不安定化のリスクをどう評価するか

2012年02月02日 三浦有史


中国は格差意識が鮮明化しやすい社会に変容しつつある。社会の安定性を評価するにはデモの件数など表面的事象ではなく、質的変化に目を向ける必要がある。

■ストライキ頻発の可能性
中国政府は2010年から最低賃金の大幅な引き上げを図っている。新華社によれば、2010年には全国29省・市・自治区が最低賃金基準を平均24.1% 、2011年も9月末時点で21省・市・自治区が平均21.7%引き上げたという。人力資源・社会保障部は今後5年間で最低賃金を年平均13%以上引き上げるとしている 。
いずれも消費者物価上昇率を大幅に上回る引き上げであり、第12次五カ年計画で指摘された「農民工(農村からの出稼ぎ労働者)と都市戸籍保有者の同一労働同一賃金を実現し、農民工の賃金レベルの上昇を図る」(第6章第2節)という目標を具体化した措置といえる。最低賃金の引き上げが農民工の生活水準の改善に寄与することは間違いない。
しかし、最低賃金の引き上げによってストライキが減少したという話は聞こえてこない。中国国内の報道を見る限り、世界経済減速に起因する企業業績の悪化に伴い、賃上げを求めるストライキや賃金の遅配などのトラブルはむしろ増えているようにみえる。その全てが賃金にかかわるものではないが、デモに相当する「群体性事件」は2010年に18万件と10年前の3倍に増えたという指摘もある。
労働集約的輸出産業は人件費と原材料価格の上昇によって競争力が低下しており、とりわけ中小・零細企業は金融融引き締めに伴って資金繰りが悪化し、経営が逼迫化しているとされる。2011年の輸出額は前年比20.3%増と前年(同31.3%増)に比べ大幅に鈍化した。最低賃金の引き上げや原油価格の上昇に伴う原材料価格の上昇が続く一方で、欧米経済の停滞が長引けば、ストライキが頻発し、報道規制が敷かれた2010年と同じ状況に陥る可能性も否定できない。

■格差意識が鮮明化
デモが増加している原因は企業を取り巻く経営環境の悪化だけではない。都市労働市場の底辺を形成する農民工の格差に対する意識が変化し、格差意識が鮮明化しやすい社会に変容しつつあることも関係しているようにみえる。
その理由として、第一にすべての労働者が最低賃金引き上げの恩恵を受けるわけではないことがあげられる。農民工の賃金は最低賃金を上回っているものの(右図)、インフォーマル・セクターに就業する農民工の賃金調査はサンプル・セレクション・バイアスが大きく、公表値を額面通りに受け取るわけにはいかない。
事実、農民工の出し手である四川省青川市が2009年に農家を対象に実施したサンプル調査では、農民工の賃金(月)は500元以下が約10%、500~800元が28.0%とされ、同省の最低賃金(650元)あるいは最大の出稼ぎ先である広東省の最低賃金(860年元)を下回っている人が少なからずいることが明らかにされている。これは農民工の半分が「非公有」部門である私営企業や自営業(インフォーマル・セクター)で就業しているためである。『第二次経済センサス』によれば、私営企業と自営業の1社当たり就業者数はそれぞれ25.7 人と2.9人に過ぎず、そのほとんどが家族企業であるため、最低賃金の適用を望むべくもない。
第二に単位就業者の賃金上昇率が最低賃金のそれを大幅に上回っていることがあげられる。「単位」とは「公有」部門である国有・集団企業(フォーマル・セクター)のことであり、就業者のほとんどは都市戸籍保有者で占められる。前図でみたように単位就業者の賃金はかなり高く、伸び率をみても最低賃金との乖離が大きい(右図)。今後、年13%程度最低賃金が引き上げられたとしても、単位就業者の賃金はそれを上回るペースで伸びると予想されるため、両者の賃金格差が縮小する見込みはない。
第三に最低賃金の引き上げが物価上昇によって相殺されていることがあげられる。肉家禽および同製品の上昇率は11月時点でも前年同月比+19.6%と高水準にあり、食品全体(同+8.1)を押し上げている。中国は所得格差が非常に大きいため、どの所得階層に属すかによって物価に対する反応も異なる。都市農村ともに所得下位2割に相当する第1五分位のエンゲル係数は45.5%、47.0%と、第5五分位(30.0%と34.8%)に比べかなり高い。このため低所得者層の生活水準は賃金が上昇したほどには改善しない。

■変わる比較対象
2010年に実施された農民工調査 では、農民工の世代交代が進み、80年以降に生まれた「新生代農民工」が全体の58.4%を占める。彼らは、前世代に比べ学歴が高く、将来は都市で起業したいという理想を持つ一方、労働環境に比して賃金が低く、自らを「市民」ではなく「農民」と認識するなど、内面に多くの矛盾を抱えていることが明らかにされた。
また、自らの生活状況の良し悪しを判断する際に選んだ比較対象は、多い順に①同一市内の農民工(23.6%)、②都市戸籍保有者(23.4%)、③故郷の農村の人(19.3%)であった。調査を実施した国家統計局は、「新生代農民工」は前世代に比べ都市戸籍保有者を選ぶ割合が高いとしている。上図で示した状況が続く限り、都市労働市場の底辺を形成する農民工の格差意識は弱まるどころから、ますます強まると考えざるをえない。
2011年6月、広州市新塘鎮で露店商の女性に治安当局が撤去を命じたことに周囲にいた農民工らが反発し、大規模なデモに発展した。中国でデモが発生するのは珍しいことではないものの、その多くは民族自治、土地の強制収用、公害など特定の地域や限られた帰属集団によって起こされていたもので、農民工という帰属が曖昧な集団によるデモは珍しい。市政府は、暴動に加わった人物に関する情報を提供した人に「都市戸籍」を与えるという異例の措置を打ち出した。このことは政府がいかに農民工の組織化を警戒しているかを示唆している。
賃上げを求めるストライキはいずれの企業にとっても経営上のリスクである。とはいえ、インフォーマル・セクターの就業者はストライキを起こす環境にないため、その頻発が直ちに社会の不安定化を意味するとは限らない。社会の安定性というより大きなリスクを評価するには、ストライキの件数ではなく、デモの母集団の潜在的大きさや格差意識の共有の度合いといった質的変化、さらに、インフォーマル・セクターの経営環境の変化に目を向ける必要があろう。
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