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アジア・マンスリー 2012年1月号

【トピックス】
地方債の試験的発行に踏み切った中国

2012年01月05日 佐野淳也


中国・財政部は上海市などを地方債発行の試行地域に選定した。地方債の発行は、資金調達時の透明性向上や収入基盤の強化につながると考えられるものの、課題も多く、過大な期待は禁物であろう。

■起債禁止方針を転換
2011年10月20日、中国の財政部(財務省)は上海市、浙江省、広東省、深圳市(広東省)を自主的な地方債発行の試行地域に選定した旨の通知(財庫[2011]141号)を公表した。同通知に基づき、4つの地方政府は民生プロジェクトなどに充てるための起債を翌11月に実施している。

①発行規模、②償還期限(3年物と5年物の2種類のみ)、③次年度への発行繰越禁止などの制限が設けられ、地方政府債務をコントロールしようとする中央政府の意向が看取される。財政部による債券の元利返済代行も明記された。こうした制約が残っているものの、今回の通知は地方政府に収支均衡予算の編成や債券発行の原則禁止(予算法第28条)を求めてきた既存方針の転換につながる動きと考えられる。地方政府の裁量に基づく自主的な起債に向けての第一歩とも解釈できよう。

■地方債発行に踏み切った背景と期待される効果
地方債の試験的発行を実施した背景として、次の2点が指摘される。第1に、「地方融資平台」方式が困難に直面していることである。
現行制度において、地方政府が金融機関等から直接融資を受けることは、法文上明確な規定が存在しないため、事実上認められていないと考えられている。また、中国の担保法は、外国政府や国際機関からの借款資金を転貸する場合を除き、行政機関が保証人になることを禁止している。

こうした法規定に抵触せず、インフラ建設に必要な資金を調達する手段として、地方政府は「地方融資平台」と呼ばれる資金調達目的の会社(一部は、インフラ建設や運営にも参入)を設立した。この「地方融資平台」が借入や債券発行を通じて資金を調達するとともに、返済責任を負ったのである。なお、「地方融資平台」に対し、地方政府は設立時の出資にとどまらず、必要に応じて財政資金の追加投入や担保の提供なども行われたとされる(敬志紅『地方政府性債務管理研究』)。

「地方融資平台」分を含む地方政府の債務残高は、2008年の5.6兆元から2009年に9.0兆元へ急増した(右下図)。当時、4兆元規模の景気刺激策を実施していたが、中央政府の負担は1.18兆元にとどまり、残りの内、少なくとも1.25兆元分の投資プロジェクトを地方政府が担うことになった。その際、地方政府は「地方融資平台」を通じて積極的に資金調達し、当初の想定を大きく上回る規模の公共事業を執行したのである。

一連の取り組みは景気の回復やインフラ整備に寄与した半面、国家財政全体に対してはマイナス要因として作用した。加えて、景気回復後の引き締め策により、「地方融資平台」の資金調達や債務返済は厳しさを増したうえ、業務内容などにおける透明度の低さが債務不履行の懸念を増幅させている。「地方融資平台」方式の継続は難しく、別の方法の導入が必要になったといえよう。

第2に、歳入面における過度な不動産依存からの脱却である。地方政府独自の収入は、予算収入(税収など)と政府性基金の2種類に大別される。2010年の収入総額7兆4,222億元の内、基金に含まれる土地使用権販売収入が2兆8,198億元と、全体の38.0%を占める。さらに、契約税(不動産取引)などの不動産関連税収は7,026億元と、全体の9.5%を占め、不動産取引に伴う収入は独自財源全体の約半分に及んでいる。
このように不動産への依存度が高過ぎる状況においては、不動産価格の急落及び取引数の大幅な減少が生じた際、地方政府の財政収入の落ち込みは深刻なものとなろう。

以上の背景を勘案すると、地方債発行で期待される効果は、①資金調達時における透明度の向上、②不動産以外の柱となり得る独自財源の確保の2点に集約される。前者については、市場での取引蓄積を通じて、地方政府の間で競争原理が働き、無駄な歳出の削減など、財政規律を高める取り組みも徐々に進展していくであろう。後者に関しては、中央からの財政移転総額(2010年)が3兆2,341億元と、土地使用権販売収入と不動産関連税収を合計したものよりも少ないため、地方債発行による収入基盤の強化への期待は高いといえる。

■債券発行以外の財源確保も不可欠
ただし、地方債発行が全面解禁される可能性は短期的には低い。今回選定された上海、広東、浙江の歳入は31の省・自治区・直轄市の中でもトップクラスである。深圳市は省級の行政単位ではないものの、上位の省に匹敵する収入を確保できる。歳入面で大きな格差が存在するなか、試行地域の拡大は慎重に進めざるを得ない。また、拙速な推進は地方債の乱発を誘発し、財政規律はかえって弱体化するであろう。

地方政府には、債券発行をあくまで一手段と位置付け、地方独自の税収増加策や中央からの財政移転制度の見直しなどにも並行して取り組むことが求められる。
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