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アジア・マンスリー 2012年1月号

【トピックス】
欧州債務危機とアジアの金融システム整備

2012年01月05日 清水聡


欧州債務危機の深刻化に伴い、アジアの経済・金融への影響が懸念される。これに対する多様な政策対応の中で、国内金融システムの整備が一定の役割を果たすであろう。

■懸念される欧州債務危機のアジアへの影響
2008年の世界金融危機以降、アジアの金融システム整備に求められる視点として、①国際金融情勢の変化への対処、②アジア域内の内需振興、③アジアの経済・金融統合の促進、の3つが重要になっている。欧州債務危機の深刻化に伴ってアジア経済・金融への影響に対する懸念が強まっており、こうした中、これらの課題に取り組む必要性は増しているといえよう。

世界金融危機に際しては、実体経済面において輸出が著しく減少し、経常収支が悪化するとともに経済成長率が低下した。一方、金融面では、①世界的な流動性の枯渇を反映した外貨・各国通貨の流動性の縮小、短期金利の上昇、貿易金融の縮小、②資本流出の急増に伴う各国通貨・株価の下落、外貨流動性縮小への対応や為替介入による外貨準備の減少、③内外資本市場からの資金調達の減少、などが発生した。株式発行の減少に加え、国内ではコマーシャル・ペーパーや証券化などの市場が特に打撃を受けた。社債の発行は、低格付け債を中心に一時的に伸び悩んだが、大企業が国際債券市場での発行を断念し、国内市場に回帰する動きがみられたことなどから、落ち込みは短期的なものにとどまった。

2009年以降、アジア諸国では内需が順調に回復するとともに、中国向けを中心に域内への輸出が増えたことから、欧州や米国の需要に対する依存度はやや低下した。中国も、南米やアフリカ向けの輸出を増やしている。これにより、実体経済面で起こりうる危機波及の程度はやや低下した可能性がある。一方、金融面では、アジアに対する域内外投資家の関心が急速に高まったこともあり、グローバルな金融資本市場との統合が強化され、域内市場が先進国の投資家行動や市場価格動向に左右される程度は強まっている。先進国からの資金が流出すれば、その影響は無視できない。たとえば、欧州債務危機発生以来、欧州とアジアの株価の相関は非常に高くなっており、2011年半ば以降、アジアの株価も下落傾向が続いている。また、近年、各国の国債発行残高における海外投資家保有比率が急速に上昇しており、2011年6月時点でインドネシア34.0%、マレーシア24.6%、韓国10.9%、タイ8.9%となっている。アジア諸国への証券投資残高(IMFのデータによる)に占める欧州からの割合は、米国からの割合に次いで高い。7~9月期のアジア債券市場の動向をみると、インドネシアの海外投資家比率が31.3%に低下するなどの影響が出ている。中央銀行債の発行額(9カ国の合計)は、不胎化の必要性が低下したために前年同期比31.5%減少した。社債発行額も、先行き不透明感の高まりなどから企業が発行を控えたために同24.4%減少した。

さらに、アジア各国における、英国を中心とした欧州の銀行からの借り入れの対国内信用比率をみると、10%を超える国が多い。今後、欧州の銀行がバランスシート改善のために信用を一段と縮小することが予想されるが、その場合、アジア向け融資は欧州域内向けに先行して引き揚げられる可能性が高い。

アジア諸国の対外的な脆弱性に関しては、改善傾向が続いている。これは、多くの国で経常収支黒字が確保されていること、2008年当時に比較して対外債務が減少傾向にあること、資本流入の拡大が続いたために外貨準備が大幅に増加していること、などが背景にある。この点は、危機の波及を抑制する要因といえよう。

■国内金融システム整備の意義
経済・金融の不安定化に対し、各国は財政金融政策、為替レート政策、資本取引規制など、多くの政策を動員して対応する必要がある。とりわけ、国内金融資本市場の整備が重要である。前述の通り、世界金融危機に際し、アジア債券市場はある程度国際債券市場を補完する役割を果たした。この点は、各国当局の努力やアジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI)などの域内金融協力により市場整備が進んだ証左として、IMFにより評価されている。また、各国の銀行部門をみると、一部の国で融資の伸び悩みがみられたものの、健全性に大きな影響は生じなかった。その要因として、サブプライム関連などの問題資産(toxic assets)の保有が少なかったこともあるが、97年の通貨危機以降、徹底的な銀行・企業改革が行われ、銀行部門の健全化が進んでいたことが基本的に重要であった。また、リーマン・ショック発生直後に多様な流動性供給ファシリティの設定や預金の全額保護など多くの対策が迅速に実施され、金融システムに対する信認の低下が回避されたことも大きい。この点は、各国の危機を短期的なものとすることに大きな役割を果たしたと考えられる。

このように、国内金融システム整備の意義は大きく、そのために政府の果たす役割は重要である。ABMIなどによる金融資本市場育成の努力は、今後も継続しなければならない。加えて、市場や市場参加者に対する規制監督を強化することも不可欠である。世界金融危機の教訓を生かしつつ、資本の急激な流出に対する備えや金融セーフティ・ネットを強化するなど、リスク管理能力を高めることが求められる。バーゼル規制などの国際金融規制改革の動きにも対応していかなければならないことはいうまでもない。

域内金融協力の場においても、危機対応の強化が議論されている。緊急時の流動性供給の枠組みであるマルチ化されたチェンマイ・イニシアティブ(CMIM)に関し、資金規模の拡大や政策対話・サーベイランスの強化などによりIMFプログラムからの独立性を高め、より実効性のあるものとすることが喫緊の課題といえる。

中期的には、冒頭に述べた②アジア域内の内需振興、③アジアの経済・金融統合の促進、の検討が重要となる。各国が輸出主導型の成長戦略を修正し、先進国の需要への依存度を引き下げることで、危機の波及を防ぐ効果が期待できよう。アジアでは、ASEAN諸国を中心に、97年の通貨危機以前に比較して投資率が大幅に低下した状態が続いている国が多く、その引き上げに資することを目標に金融システム整備を実施することが求められる。また、経済統合に関しては、ASEAN地域において2015年までにASEAN経済共同体(AEC)を構築する計画であり、統合の機運が高まっている。この計画の一環として、資本市場統合実施計画が策定され、株式市場を中心とした市場統合に向けた取り組みが進められている。この動きとASEAN+3における域内金融協力をどのように調整していくかが、重要な課題となろう。
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