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アジア・マンスリー 2011年11月号

【トピックス】
中国経済は減速するか

2011年11月02日 三浦有史


投資が成長を牽引していることから中国経済が急速に減速するとは考えにくい。しかし、都市労働市
場の分断が進行しているため、社会の不安定性が増している。

■金融引き締めが一定の効果
世界経済の減速に対する懸念が強まっている。国際通貨基金(IMF)は、9月に発表した世界経済見通しにおいて、2011年の世界経済の実質GDP成長率を6月発表時から0.3%ポイント引き下げ、4.0%とした。米国とユーロ圏の成長率はそれぞれ1.0%ポイントと0.4%ポイント引き下げられ、1.5%と1.6%とされた。新興国全体では0.2%と先進国に比べ引き下げ幅は小さい。BRICsについては、ブラジルが0.3%ポイント、ロシアが0.5%ポイント、インドが0.4%、中国が0.1%ポイント引き下げられ、成長率は3.8%、4.3%、7.8%、9.5%と見込まれている。
世界経済に占める新興国の割合はさらに高まり、なかでも成長率の高い中国頼みの様相が強まりつつある。中国は2009年に9.2%、2010年も10.3%の成長を遂げ、金融危機後の世界経済を牽引してきた。しかし、積極的な景気刺激策によって市場に溢れた資金の一部は不動産投資に向かい、過剰な不動産投資が地方財政や金融機関のバランスシートを悪化させているとの懸念が広がっている。また、2010年後半から「青耳病」と呼ばれる豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)が流行したことで、豚肉が供給不足に陥り、物価全体を押し上げている。
これを受け、人民銀行(中央銀行)は公開市場操作に加え、預金準備率の引き上げを図り、金融引き締め策を強化してきた。預金準備率は、2010年11月に16.5%から17.5%に引き上げられたのを皮切りに、2011年6月には21.0%まで上昇した。一連の金融引き締め策は一定の効果をあげている。2009年後半に前年同月比30%増の水準にあったM2の伸び率は、2011年8月には同13.6%にまで低下した。物価上昇の主因となっていた肉・家禽についても、8月は前年同月比+29.3%となり、前月の同+33.6%から低下した。肉・家禽の価格が前月比で低下したのは2010年3月以来である。中国国内では、豚肉の供給が需要に見合う水準にあるかどうかについて様々な見方があるものの、物価は沈静化に向かうと見込まれる。

■自営業が雇用の調節弁
今後懸念されるのは欧米経済の減速に伴う輸出の停滞や金融引き締めが実体経済に与える影響である。新華社によれば、1~7月の中小企業の平均利益率は3%を割り込み、6~7割の企業が経営難に直面しているものの、銀行から融資を受けられる企業は1割とされる。工業情報化部(部は省に相当)によれば、中小企業とは工業の場合、従業員数1,000人以下、あるいは、営業収入4億元以下の企業を指す(建設業や通信業など業種別に規模の定義が異なる)。同省によれば、2010年末時点で「個体戸」とよばれる自営業を含む中小企業は企業全体の99%、都市就業者の8割以上を占める。金融引き締めおよび輸出の停滞が長引けば、経済の底辺を支える中小企業が被る影響は大きくなる。
しかし、IMFが予想しているように中国の成長率が大きく落ち込むことはないであろう。理由の一つは、金融引き締め策がとられているにもかかわらず、投資の伸びに変化がみられないことにある。中国の高い成長を牽引しているのは投資と輸出である。このうち投資は2010年の経済成長に対する寄与率が54.0%と、最終消費(36.8%)や純輸出(0.9%)に比べ圧倒的に高い。1~8月の農村家計を除く固定資産投資は、前年同期比25.0%と2010年(前年比24.5%増)とほとんど変わらない高い伸びをみせている。固定資産投資は中央と地方政府に分けることが出来るが、中央が同8.9%減となっているのに対し、地方は同28.1%増と衰える様子がない。また、不動産投資も同33.2%増と伸張している。金融引き締めにもかかわらず、投資が成長を支える構図は変化していないのである。
二つめはやや中期的な視点となるが、都市化が進んでいることである。未熟練労働力の不足が顕在化しつつあるとはいえ、「農民工」と呼ばれる農村から都市への出稼ぎ労働者は、2009年時点で2億2,978万人と前年比436万人の増加となった。中国の農業就業人口比率は発展段階に比べ相対的に高いことから、「農民工」は今後も年間500万人程度の純増が見込まれる。農村の余剰労働力が都市で就業するだけでGDPは大きく上昇することから、労働力移動の観点からは都市で雇用が創出されている限り、成長率が大幅に落ち込むとは考えにくい。1~3月期の有効求人倍率は1.07と前期比+0.06%ポイント、前年同期比+0.03%ポイントと、人手不足が続いている。
さらに、失業率の上昇によって社会が不安定化する可能性も低いと思われる。2000~2010年の都市雇用における所有形態別の寄与度を求めると、私営、自営、その他が高い。金融危機の影響で輸出が前年比16.0%減となった2009年に雇用の受け皿となったのは自営業である。所有形態別にみると自営業は635万人と最大の雇用を生み出し、失業率の上昇による社会の不安定化を防ぐ役割を果たした。自営業は就業者8人未満の家族を中心とした零細企業で、中国ではこれが伸縮性の高い雇用の調節弁として機能している。
短期的にみれば経済成長の大幅な減速や社会の不安定化は想定しにくい。しかし、上に挙げた点は、中国では金融政策が本来の機能を果たしておらず、中央政府は地方政府が管轄する投資や不動産投資を抑制する有効な手立てを持っていないこと、また、自営業はそのほとんどが最低賃金や社会保険の適用外であるため、都市労働市場の分断と都市内の所得格差が深刻化していることを暗示している。実需を上回る不動産開発投資をいかに抑制するか、また、セーフティーネットの強化を通じて成長の減速に耐え得る社会を構築できるかが、中長期的にみた成長の持続性と社会の安定性を高めるための課題といえよう。
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