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アジア・マンスリー 2011年7月号

【トピックス】
インドに求められるインフラ整備の加速

2011年07月01日 清水聡


インドでは、インフラ整備の加速が求められている。これを阻む要因として何点か指摘できるが、その一つとして資金調達手段の不備があり、特に未成熟な社債市場の整備が重要となる。

■求められるインフラ整備の加速
インド計画委員会は、第11次5カ年計画(2007~11年度)において、高成長を実現するためにインフラ整備と教育・訓練などの人材開発が不可欠であるという認識を示した。特に、コストが高く不安定な電力供給や道路・港湾・空港などの物流インフラの不足が大きな問題であると指摘し、年平均9%の成長を実現するために20.3兆ルピー(約5,000億ドル)のインフラ投資が必要であるとした(下図)。計画委員会は、①インフラ投資に占める民間投資の割合を2006年度の20%から2011年度には30%に上昇すべきこと、②中央政府予算の割合を2006年度の43%から2011年度には31%に低下すべきこと、③政府予算は主に農村部のインフラや相対的に貧困な東北部に向けられるべきこと、などを主張しており、政府中心で行われてきたインフラ整備を、民間主体の参加を求めるとともに民間資金の導入を拡大して推進しようとしている。
2010年半ばに発表された5カ年計画の中間評価によると、インフラ整備のためにさまざまな努力が払われているものの、進捗状況は必ずしも芳しくない。計画の総額目標は達成される見込みであるが、図に示した通り、これは通信、空港、石油・ガスパイプラインの貢献によるものであり、他の分野では修正後予定額が当初予定額を下回っている。
たとえば、2009年度の電力分野における設備増強は、年次目標を大幅に下回っている。また、高速道路建設に関し、2007~09年度の実績は目標を約30%下回っている。鉄道では、コンテナ車の導入が進んだものの、駅や物流センターの建設に関するPPPプロジェクトや多くの鉄道建設計画の進捗は大幅に遅れている。港湾設備に関しても、計画期間中に主要港の設備能力を5億4,500万トン増強する目標に対し、2009年度までの実績は1億トンとなっている。目標は3億9,300万トンに引き下げられ、修正後予定額は当初予定額の46.2%にとどまっている。
大きな問題は、民間部門の参加が不十分であることである。道路建設に関しては、当初の計画では民間部門の参加率が34.0%であったが、実績が20%程度にとどまっているため、修正後は16.5%に引き下げられた。港湾設備に関しても、民間部門の参加は低調である。また、第11次5カ年計画では、都市開発関連のインフラ整備に関しても民間部門の参加の可能性を探るとしていたが、たとえば水供給に関して、民間部門の参加はほとんどみられない。
第12次5カ年計画(2012~16年度)の詳細は策定中であるが、中間評価における見通しでは、9%成長を維持するために5年間で41.0兆ルピー(約1.0兆ドル)のインフラ投資が必要になるとされている。これは、5年間の平均で対GDP比10.0%に相当する。このうち、少なくとも50%以上を民間部門が負担しなければならないとされている。

■インフラ整備の進捗を阻む原因
インフラ整備の進捗を阻んでいる原因として、以下の点があげられる。第1に、公共部門の能力不足である。インドでは、各分野でPPPプログラムが計画されてきたものの、当局の実施能力の不足がしばしば制約要因となっている。
第2に、政府組織の複雑さである。政府組織が複雑に重なり合っていることや多くの利害関係者が存在することなどが、プロジェクト実施のリスクを高めている。巨大プロジェクトには、多くの利権が絡む。いかにして説明責任や透明性を高め、プロジェクトのガバナンスを改善するか、また競争を促進するかは大きな課題である。
第3に、土地買収に関する問題である。これは、政府組織の複雑さが顕著に影響する点であり、環境、社会、政治、経済など多様な観点からの交渉が必要となる。特に、環境面への配慮が土地買収を遅らせる大きな原因である。これにより、プロジェクト実施のリスクが高まり、外国企業が参入をためらう結果となっている。
第4に、プロジェクトを実施する企業の能力不足である。巨大プロジェクトを実施できる能力を備えた企業は財閥系などに限られており、一部の企業にリスクが集中する状況となりがちである。中堅以下の企業は、熟練労働者の雇用、複雑な規制への対応、必要資金の調達、原材料・資本財・燃料の確保、などの問題をクリアすることが難しい。特に、労働者の訓練は大きな課題である。また、リスクの集中を回避するためにも、外国企業の参入を抑制している規制やプロジェクト実施のリスクの問題に取り組むことが必要である。
第5に、資金調達手段の不備である。投資所要額が急拡大する中、金融システムが銀行中心であり社債市場の発展が遅れていること、資本取引規制が厳しく海外からの資金の利用が制約されていること、財政赤字の規模が大きいこと、などが制約要因となっている。特に、社債市場が未発達であるために銀行が長期融資を増やしており、期間のミスマッチのリスクが拡大している(下図)。社債市場の整備は喫緊の課題といえよう。

■資金調達手段拡充の重要性と社債市場
社債市場は、経済成長に伴う資金需要の高まりや市場整備の努力を背景に拡大し始めているが、発行される社債のほとんどは私募債である。私募債は、その性格が銀行融資に類似したものも多い。今後、公募債と私募債の発行規制の差異を減らし、公募債発行のインセンティブを高めることが重要であろう。また、多様な市場インフラ整備や、印紙税などの税制の問題に取り組むことが欠かせない。さらに、インフラ整備との関連では、証券化取引に関する規制の枠組みを整備し、取引の拡大を図らなければならない。
債券市場整備のためには、機関投資家の育成が大きな課題である。資本取引規制を緩和して海外投資家のウェイトを高めることも課題の一つであるが、これは資本フローの拡大に伴うリスクを考慮して慎重に進める必要がある。一方、国内投資家としては、特に生命保険会社や年金基金の拡大が期待される。現状では、政府との関連が強い生命保険会社や年金基金において保守的な運用が主体となっており、格付けなどにより投資対象を制限する規制も残されている。これらの点を改善することが、債券市場の整備を促進することにつながる。
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