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Business & Economic Review 2011年6月号

医療観光による地域再生の在り方

2011年05月25日 高坂晶子


要約

  1. 3月11日の東日本大震災の発生によってわが国の「安全安心」イメージが大きく傷つけられ、観光全体が不振に陥っている。しかし、少子高齢化や企業の海外進出に歯止めが掛からないわが国にとって、経済活性化の観点からすれば、各地に交流人口をもたらす観光の重要性は中長期的にはむしろ高まるといえる。


  2. 2003年の「観光立国」宣言以来、訪日客誘致に向けてテーマ性ある観光がアピールされるなか、新テーマとして、治療や検診に付随してツーリスト本人や付き添い者が各地を周遊する医療観光が注目を集め始めている。目下、医療観光についても不透明感が増大しているが、新たな誘致ポテンシャルを持つ本テーマの重要性は高まることはあっても減じることはないと思われる。本稿では、このような認識に立って、まず現行の取り組み内容を収集、整理し、そのうえで医療観光が地域社会にもたらすメリットについて検討する。


  3. グローバル経済の進展、情報収集や移動の利便性向上、新興国の所得水準向上等を背景に医療観光は近年成長著しく、世界全体で2008年のツーリスト数は600万人、2012年までに1,000億ドル市場に成長すると予測されている。サービス内容は①検診、②一般治療、③審美医療と幅広く、主な動機は、①低コスト、②待ち時間の短縮、③母国より高品質の治療、である。


  4. アジアは医療ツーリストの最も多い地域である。主要受け入れ国としては、快適な設備や丁寧な接遇、豊富な観光資源等で集客するタイ、政府主導で医療水準を向上させつつ、カジノなど観光施設への誘導を進めるシンガポール、国際空港隣接地の病院、産官学連携のワンストップセンター、医療特区で迅速性をアピールする韓国等がある。
    これらに対し、①高度機器を駆使した質の高い医療、②伝統療法(温泉、漢方等)と西洋医学との連携、がわが国の強みとなる。


  5. わが国では2009年以降、経済産業省、観光庁によって複数の医療観光研究会が組織され、2010年11月には海外向け広報に関する連絡協議会も設置された。積極姿勢の背景には内閣の方針があり、「新成長戦略2011」の重点プロジェクトには「国際医療交流(外国人患者の受け入れ)」が採択された。


  6. 地域での医療観光事例をみると、五つの主要目的別にタイプ分けされる。
    ①主に人口減少地域の中核病院が、医療拠点やサービスの存続のため患者数確保を図る。
    ②主に地域医療の中核病院が、高度医療の安定供給のため設備の稼働率向上を図る。
    ③主に道府県の中心病院が、特定疾患の治療法、機器・医薬開発のため症例蓄積を図る。
    ④高品質医療に加え事務・設備等周辺サービスも強化し、地域ブランドの向上を図る。
    ⑤主に先端医療拠点が先進的実績を積み、国際的医療機関として発言権確保を図る。
    これらの事例から、医療観光が地域に及ぼす主なメリットを整理すると、①医療面で、医療拠点の存続、設備・スタッフの充実、高度サービスの存続、治療法開発、②地域社会・経済面で、観光地への誘導、雇用創出、医療産業誘致、地域ブランド化といったことが指摘できる。
    他方、地元の住民や医療関係者の間では、ツーリストとの競合による住民の受診機会の喪失等、医療観光の負の影響への懸念もみられる。しかし、医療財政の逼迫が深刻化する現状に照らすと、国民皆保険制度の根幹を維持しつつ医療観光によって財政を補強し、地域へメリットをもたらす仕組み作りを目指すべきである。具体的には、ツーリストの受け入れ枠を設定したり、ツーリストの受診可能な範囲を健康保険対象外の医療に限る、等の措置が考えられる。


  7. 現状における医療観光の課題としては、①専門主体の不在や所管庁の縦割り施策の影響により、実施・推進体制が未確立であること、②実行可能な活動範囲が判然とせず、事業化が難しいこと、を指摘できる。これらを解決するには、政府主導による総合的な振興ビジョンの策定と、それをブレークダウンした振興策の実行が重要である。政府は医療観光全体の振興に徹し、実際の事業活動は地域主導とすることが望ましい。


  8. 政府の総合ビジョンと地域の主導性尊重が明示されれば、各地の資源や固有条件を活かした取り組みの活発化が期待される。国全体としても、地域性に富んだ医療観光メニューを提供し、アジアの先行国との差別化を図ることが期待できよう。
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