コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経済・政策レポート

アジア・マンスリー 2011年5月号

【トピックス】
不足と余剰が同居する中国の労働市場

2011年05月01日 三浦有史


中国では最低賃金の上昇が顕著である。しかし、労働力の余剰度合は地域間で差があり、「転換点」を通過したとはいえない。NEET問題が顕在化するなど、社会の不安定性が高まっている。

■縮小する最低賃金格差
2011年3月、広東省は最低賃金(月当たり)を引き上げた。最も高い広州市では前年比26.2%増の1,300元となった。これは同時期に最低賃金を引き上げた北京市(1,160元、同20.8%増)や上海市(1,280元、同14.3%増)を上回る。沿海部において農民工の不足が本格化したのは2004年である。2005年以降の省・市・自治区の最低賃金の変動係数が低下していることからも、最低賃金の地域間格差は縮小傾向にある。実際、時系列統計の取れる2005~2010年の最低賃金の上昇率を省・市・自治区別にみると、農民工の「受け手」である北京市や上海市よりも、「出し手」である四川、河南、安徽省の上昇率の方が高い(右下図)。現地報道によれば、2011年には「出し手」側でも人手不足が深刻化しているとされる。中国は沿海部だけでなく、内陸都市を巻き込んだ未熟練労働力獲得競争に突入したようにみえる。
2010年に発刊された『第二次農業センサス』によれば、就業目的で農村を離れた人は2006年時点で1億3,273万人である。これは同年の都市就業人口(2億8,310万人)の46.5%に相当する。農村から都市への断続的な労働力移動によって、都市労働市場の流動性が高まり、これが最低賃金の平準化を引き起こした。こうした「地殻変動」ともいえる現象を象徴しているのが農民工の最大の「出し手」である四川省における余剰労働力の減少である。『第二次農業センサス』によれば、同省の外出就業者は1,285万人と、全体の9.7%を占める。しかし、同資料から推計される同省の農村における余剰労働力人口は492万人と規模の点では上から9番目に低下し、余剰率(就業人口に占める余剰労働力の割合)に至っては19.0%と下から4番目となっている。同省では農村から都市への労働力移動がピークアウトしつつある。

■不足と余剰が同居する労働市場
中国を含む内外のメディアはもちろん、同国の経済学者においても農村には余剰労働力はほとんど残っておらず、中国は経済学者ルイスの言う「転換点」を通過したとする見方が支配的となっている。「転換点」とは労働力移動と賃金に焦点を当てた発展段階を示す概念である。農業に象徴される伝統部門と製造業に代表される近代部門の二重構造を有する低開発経済では、近代部門は伝統部門の賃金をわずかに上回る極めて低い賃金水準で無制限に労働力を調達できるが、余剰労働力が少なくなると、伝統部門の限界労働生産性に等しいところまで賃金を引き上げなければならなくなる。ルイスはこれを「転換点」と表現した。
しかし、『第二次農業センサス』に基づいて農村の余剰労働力を推計すると1億2,233万人となる(アジア・マンスリー2011年2月号参照)。中国が「転換点」を通過するにはまだかなりの時間を要する。にもかかわらず、農民工の「出し手」である地域の方が最低賃金の上昇率が高く、そうした地域においても未熟練労働力が不足しているのは何故であろうか。
理由の一つとして、未熟練労働力の余剰度合は地域によってかなり差があることが挙げられる。右図は省・市・自治区別の余剰労働力と余剰率を見たものである。河南、山東、河北、安徽といった北京市や上海市への「出し手」となるはずの省には、依然として余剰労働力が滞留していることがわかる。これは「受け手」となる省や市の受入姿勢が近隣の「出し手」の余剰率に影響を与えているためと思われる。中国の労働市場は不足と余剰が同居しており、これが「転換点」を巡る議論が収斂しない原因の一つといえる。

■社会問題化するNEET
不足と余剰が同居する労働市場の「歪み」を象徴するのが、「蟻族」と称される高学歴ワーキングプア、あるいは「傍老族」(親によりかかる)や「啃老族」(親のすねを齧る)と呼ばれるNEET(Not in Education, Employment or Training)の存在である。中国ではNEETが正確に定義付けされていないためその実態は明らかではないが、現地メディアの情報を整理すると、問題はまず上海市などの経済発展の進んだ地域で表面化し、近年は農村へ波及しているとされる。NEETを「20歳以下の農村の非就業人口」-「農村の後期中等教育(高校)在籍者」-「中等職業教育在籍」と定義し、『第二次農業センサス』から農村におけるNEETを求めると、2006年時点で1,941万人となる。
一見すると少ないようにみえるが、これはあくまで農村のNEETであり、都市を含めるとそれは無視できない規模に膨らんでいると思われる。上図をみても、余剰率が高いのは農民工の「出し手」ではなく「受け手」である。農村の余剰労働力の多くは既に都市へ移動しており、都市の私営や自営業などのインフォーマル・セクターに吸収されているとみるべきであろう。2011年3月、人力資源社会保障部は、中国はまだ3,420万人あまりの余剰労働力を抱えており、その内訳を農村が800万人、都市が2,400万人(高卒以上の学歴者1,400万人を含む)と発表した。データの正確性はともかく、余剰労働力が「都市」>「農村」とされたことは、農村にあった余剰労働力が都市に滞留していることを示す材料の一つといえよう。
中国におけるNEETは、未熟練労働力に対する需要が大きいにもかかわらず、供給側の高学歴化が進むというミスマッチ、あるいは、戸籍、農地、一人っ子政策などの制度によってもたらされたものと言え、問題はさらに深刻化し、社会を不安定化させる要因になる可能性がある。
経済・政策レポート
経済・政策レポート一覧

テーマ別

経済分析・政策提言

景気・相場展望

論文

スペシャルコラム

YouTube

調査部X(旧Twitter)

経済・政策情報
メールマガジン

レポートに関する
お問い合わせ