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アジア・マンスリー 2011年1月号

【トピックス】
途上国への資本フローの変化とアジア諸国の対応

2011年01月01日 清水聡


アジア諸国への資本フローが急速に拡大しているが、資本取引規制はこれに対処する一つの方法となる。また、国内金融資本市場の整備がきわめて重要な課題である。

■拡大する途上国への資本フローと資本流入規制の強化
 世界金融危機に際し、途上国への資本流入は大幅に減少したが、2009年半ば以降、株式投資を中心に急増している。これは、中国、インド、インドネシア、韓国などアジア諸国でも顕著であるが、その背景としては、先進国で金融緩和が進められていること、先進国の景気低迷に対し途上国経済の強さが鮮明になったこと、途上国の金利が相対的に高いこと、などが指摘できる。資本流入の拡大は、過剰流動性やバブルにつながる可能性がある。途上国は先進国からの資本流入・流出の繰り返しに翻弄され続けてきたが、先進国および域内の投資家のアジアに対する関心は趨勢的に高まることが予想され、それにどのように対処するかは重要な課題といえる。
為替政策、金融政策、資本取引規制の組み合わせについてみると、97年の通貨危機以降、アジアには比較的厳しい資本取引規制を維持し、金融政策の自由度を確保しつつ、自国通貨の増価を抑制している国が多い。また、最近、資本流入の拡大に対応して規制や課税を強化する動きがみられる。たとえば、インドネシアでは、中銀債に投資した場合に1カ月以上保有し続けることを義務付けるなどの措置が2010年7月に実施された。韓国では、6月と11月に銀行の為替先物取引のポジション枠を縮小するなどの規制強化が行われたほか、2009年に廃止された海外投資家の国債等への投資に関する源泉課税の復活が決定された。また、タイでも、10月に非居住者の債券投資に関する15%の源泉課税が再導入されている。
世界金融危機の経験からすれば、国際金融市場において生じる混乱の波及を食い止めることは今後も重要な課題である。そのために資本流入規制を強化し資本フローへの依存度を引き下げることは、検討すべき手段の一つとなる。
資本取引の自由化に向かうには、為替レートの柔軟化を含めた健全なマクロ政策運営や国内金融システム整備が前提となる。自由化には、世界的な資金配分の効率化や先進国から途上国への金融技術の移転など多くのメリットがある一方で、投機的な資本フローとそれ以外の資本フローを峻別することは難しく、前者を中心とした急激な資本流入・流出は大きな影響をもたらす。前提条件をある程度整えたとしても、市場規模の小さな途上国が資本取引を完全自由化することは大きなリスクを伴う。
資本取引自由化の前提条件を満たしてこれを実現することが望ましく、資本取引規制は短期的なものに限定すべきであるというのが一般的な主張である。しかし、規制の頻繁な変更は、海外投資家の信認を損なう可能性が高い。したがって、自由化は長い時間をかけて慎重に進めなければならないと考えられる。

■重要性を増す国内金融資本市場の整備
資本の急激な流入・流出への対処という観点からは、国内金融資本市場の整備がきわめて重要な課題である。流入の拡大に対して健全性を維持することに加え、国際金融市場が危機に陥った際に国内金融システムが機能を維持することが重要である。このような観点からアジア諸国の債券市場についてみると、世界金融危機に際して平時の機能を比較的維持し、危機後も着実に拡大している(左頁図)。危機発生直後には国債や社債の発行を控える動きがみられたが、その後、海外で資金調達できなくなった金融機関や大企業の多くが国内市場への回帰を試みることとなった。このことから、資本フローへの過度の依存には問題があり、その改善のために債券市場整備が有効な対策となることが再認識されたといえよう。
また、IMFは、危機に際してアジア諸国においても銀行融資が抑制され、大企業が社債発行を拡大したことから、社債市場が銀行部門の「スペア・タイヤ」として機能したと指摘している。2009年以降、社債発行金利が信用スプレッドの拡大にもかかわらず大きく低下する一方、銀行の最優遇貸出金利が下げ渋る現象が、インドや韓国で顕著にみられた。
ただし、以上のことは、アジア債券市場の整備が完了したことを意味するわけではない。IMFは、今後の課題として、社債市場が平時においても重要な資金調達手段となること、特に中小企業による発行が可能となることをあげている。

■世界金融危機後の実体経済面の変化と域内金融統合促進の必要性
97年の通貨危機以降、域内の金融システムを整備して「アジアの貯蓄をアジアの投資に結びつける」ことが重要であるといわれてきたが、その意味は少しずつ変化している。通貨危機直後は、域外からの借り入れを減らし、短期外貨借り入れを国内の長期投資に充当する「ダブル・ミスマッチ」を軽減することが重視された。これは、ここまで論じた資本フローへの対処の問題である。
これに対し、世界金融危機後は、各国の内需を拡大して輸出主導型成長戦略の修正を図るという実体経済面にも関心が向けられ、その手段としての金融システム整備が重要となりつつある。各国の内需拡大に伴い、実体経済面での域内統合が強まることから、域内金融統合を促進する必要性が増すことになる。「アジアの貯蓄をアジアの投資に結びつける」という表現には、域内クロスボーダー取引を拡大し、域内金融統合を強化するという意味が含まれている。
域内の債券市場整備を目指すアジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI:Asian Bond Markets Initiative)においても、クロスボーダー取引拡大の阻害要因の軽減につき官民協力の下で検討するASEAN+3債券市場フォーラム(ABMF:ASEAN+3 Bond Market forum)が設立され、域内市場の調和・統合の方法や決済システムの統合などについての検討が強化されている。
域内クロスボーダー取引拡大のための課題としては、市場インフラ(取引プラットフォーム、清算・決済システム、ヘッジ手段等)や関連する規制・制度(法規制、格付け機関、会計監査基準、税制等)の変更や調和を実現することが重要である(下表)。これらが困難な課題であることは確かであるが、企業活動のクロスボーダー化が進展していることや、投資家の域内投資への関心が急速に高まっていることなどを考慮すれば、域内金融統合の促進は不可避になっているといえよう。
一方、各国が資本取引規制やクロスボーダー取引課税を強化していることは、統合を阻害する要因となる。これをみても、統合の推進が容易ではないことがわかる。今後、資本フローの管理に留意しつつ資本取引自由化を進めていく戦略につき、議論を深める必要があろう。
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