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アジア・マンスリー 2010年11月号

【トピックス】
中国の自動車市場 高まる個人の購買力

2010年11月01日 関辰一


1990年代の中国では、自動車といえばタクシーや公用車であった。2000年代に入ると、個人の所得水準が上昇したため、個人が自動車の主な買い手となった。

■国内需要を牽引し始めた個人部門
「つい5年ほど前まで、中国では自家用車を持つということは政府高官や大金持ちだけが享受できる特権であった。」これは、2005年に丸川知雄氏が『新版グローバル競争時代の中国自動車産業』(蒼蒼社)のはしがきで記した一文である。このように1990年代の中国では、自動車といえばタクシーや公用車であり、自家用車を保有できる個人はわずかであった。中国汽車技術研究中心の『1999年中国汽車工業年度発展報告』によると、1998年時点では、個人の自動車購入台数は全体の30.2%に過ぎず、その他がタクシー(34.7%)と商用車(18.0%)・公用車(17.1%)を合わせて69.8%と、大半を占めていた。

近年、こうした構図に顕著な変化がみられる。2009年の自動車販売台数(メーカー出荷)は1,365万台に達した(アジア・マンスリー 2010年8月号を参照)。1978年にわずか136万台であった公安部交通管理局に登録された自動車台数(ストックベース、除く軍用車)は、1990年に551万台、2000年に1,609万台と増加し、2009年には6,281万台に至った。部門別にみると、個人は1990年の82万台から、2000年に625万台、2009年に4,575万台へ急増した。この結果、個人の保有比率は2000年の38.9%から2003年に51.2%と過半数となり、2009年には72.8%まで達した。このように、2000年代には個人が自動車需要の牽引役となった。

ここで2つの疑問が浮かび上がる。第1に、なぜ自動車の購入に踏み切った人々が2000年以降に急速に増加したのか。第2に、自家用車の保有は政府高官や富裕層だけが享受できるものから、中間所得層も手に届くものとなったのか。

■原動力となった各産業への新規参入
1つ目に対する答えとして、自動車産業への相次ぐ新規参入により、自動車価格が低下傾向を辿ったことに加え、需要サイドの要因として、企業の新規設立の増加に伴って個人の所得水準が大幅に上昇したことが挙げられる。中国は2001年、対外開放政策の一環としてWTOに加盟した。貿易や直接投資のみならず、国内企業数が増加した。『中国統計摘要』(中国国家統計局)によると、全国の法人数は1996年の440万社から2000年の437万社まで横ばいで推移した。ところが、2001年には511万社と500万社の大台を突破し、その後2006年に600万社を超え、2008年には720万社に達した。業種別にみると、製造業はWTOの加盟を背景とした外資と中国資本の合弁企業を含め、2000年から2008年にかけて58万社増加し、2000年の1.5倍となった。注目すべきは、卸・小売業やリース・企業向けサービス業など“世界の工場”を支える業種への新規参入が一段と活発化したことである。卸・小売業は同期間において71万社増加し、2000年の2倍の規模に達した。リース・企業向けサービス業は同32万社と2000年の4倍まで増加した。

これらの企業経営者やマネジメント層の多くは、私財をもとに事業を始めているため、仕事に打ち込んだ。これは、いくら働いても周りと同等の賃金であった一昔前の国有企業勤務と対照的であった。まず、労働時間が長くなった。国家統計局が5年に1度実施する人口センサス (日本の国勢調査に相当)によると、1週間あたり48時間以上労働した者は1995年時点で全体の34.0%であったが、2005年には49.0%まで増加した。つぎに、生産性の向上にも取り組んだ。製造業ならば、購買管理や生産・品質管理を外資企業から学び、新規に設備を購入して同業他社と規模や生産性を競うようになった。非製造業ならば、卸売業に代表されるように、活発に情報交換を行うようになり、進出した外資企業や自国メーカーに対して調達経路や販売経路などを積極的に紹介するよう努めた。こうして労働時間と時間あたり生産性が高まった結果、1人あたりGDPと所得水準が上昇した。2次産業の1人あたりGDPは1995年の1.8万元から2000年に2.8万元、2009年には7.2万元に増加した。3次産業も、1995年に1.2万元であった1人あたりGDPが2000年に2.0万元、2009年に5.4万元へと高まった。さらに、1995年の都市部の1人あたり可処分所得は4,283元、1世帯あたりの可処分所得は1万3,834元であったのに対し、2007年にはそれぞれ1万3,786元、4万117元と、世帯所得が2.9倍となった。他方、自動車価格の推移をみると、代表的な乗用車である上海フォルクスワーゲン社のサンタナは1995年に14.7~16.4万元、2007年に6.5~7.5万元であった(中国汽車工業協会による)。したがって、サンタナの価格の世帯年収に対する比率は1997年の10.6~11.9倍から2007年の1.6~1.9倍へ低下した。このように、個人の自家用車の購買力が近年大幅に上昇したため、個人が自動車需要の牽引役となりえたといえよう。

では、中間所得層も自家用車を保有できるようになったのだろうか。中国の都市部人口は2009年に6億2,186万人、1世帯あたりの平均人数は2.89人であったので、家計調査で中位20%と分類される世帯数は約4,304万世帯となる計算である(下図)。中位20%層100世帯の自動車保有台数は7.43台であるので、その保有台数は320万台(全体の13.3%)になる。1998年時点では同3万台(全体の10.4%)であったように、中位20%層の保有台数は急増した。ただし、上位20%層の保有台数は計1,254万台(同52.0%)であるため、自家用車保有者の大半は政府高官や企業経営者・マネジメント層を含む高所得層といえよう。また、上位20%層のシェアは1998年の40.4%から2009年の52.0%へ大幅に上昇したことを踏まえると、高所得層の購買力上昇がもっとも自動車市場の拡大に寄与したといえよう。

今後、生産性の向上に伴い所得分配構造の改革が進めば、中間所得層の購買力が上昇し、個人の市場牽引力が一段と高まることが期待される。
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