コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経済・政策レポート

アジア・マンスリー 2010年10月号

【トピックス】
党大会を控え経済政策論争が活発化する中国

2010年10月01日 三浦有史


一部の経済学者から政策の軌道修正を求める論文が相次いで発表されている。彼らの主張が今後の経済政策にどこまで取り込まれるのかが注目される。

■都市の所得格差は9.2倍ではなく28.9倍
中国で「灰色収入」を巡る議論が高まっている。灰色収入とは、合法的な収入と非合法的な収入の中間に位置づけられる所得、例えば官僚が子供の結婚式に利害関係者からもらう過剰な祝い金などを指し、これが所得格差拡大にどの程度の影響を与えているかが争点となっている。ことの発端は、中国経済改革基金会国民経済研究所副所長の王小魯氏が発表した「灰色収入と国民収入分配」という論文である。同氏は都市の4,909のサンプルを基に実際の所得を推計し、所得格差は国家統計局が発表した水準を遥かに上回ることを明らかにした。
右表は両者の値を比較したものである。国家統計局の発表では、所得下位10%の最低収入戸と上位10%の最高収入戸の格差は9.2倍である。これもかなりの高水準であるが、王氏は収入が高い階層ほど灰色収入が多いため、実際の格差はそれを遥かに上回る28.9倍に達するとしている。所得格差の拡大は競争の結果ではなく、地位や職位を利用した不当な収入によるものであり、灰色収入を得る機会をなくす規制および所得再分配政策を強化する必要があるというのが同氏の主張である。
データの比較対象となった国家統計局は、8月下旬に王論文に対する複数の反論を局員の個人的見解としてホームページに掲載した。それらは、王論文に一定の評価を与えながらも、①サンプル数が少ないうえ、サンプルは一部の集団から知り合いや親戚に広げる「雪だるま」方式で採取されており、抽出上のバイアスが大きいこと、②データは家計簿ではなく記憶によるものであり、正確性に欠けること、③所得を推計する計量モデルが信頼性に欠けることなどを挙げ、上位階層の所得を過大評価していると指摘した。
灰色収入による所得格差の問題が関心を集める背景には、都市における所得格差に市民が敏感になっていることがある。中国における所得格差は、従来、都市農村間、あるいは、沿海内陸間の格差が論点となっていたが、近年は都市内格差の拡大が著しい。右図は、国家統計局のデータに基づいて、都市と農村におけるジニ係数を算出したものであるが、過去10年間で都市内の格差が急速に拡大したことがわかる。
国家統計局の反論は王論文の問題点を的確に指摘している。しかし、それは方法論にかかわるもので、結論に対するものではない。政府の発表する所得が本当であるならば、都市における不動産投資ブームや自動車保有率の高さを説明できないという王氏の主張には依然として説得力がある。

■次期党大会を控え論争活発化
国家統計局が反論に乗り出した背景には、王論文が政府に対する批判を招来しかねないという危機感がある。王氏が都市内の所得格差に関する論文を発表するのは二度目で、2007年にも同様の論文を発表している。この時も多くのメディアで取り上げられ、社会の関心を呼んだ。注目されるのは、それと前後して中国では「仇富心理」という言葉がメディアに頻出するようになったことである。仇富心理とは富裕層に対する嫌悪感である。富裕層を見る目はこれまで賞賛や憧憬といった感情が主流であったが、彼らの所得は地位や職権によって得られたものという認識が広まるのに伴い、そこに軽蔑あるいは嫌悪といった感情が入り込むようになった。
こうした所得格差に対する認識の変化は社会調査でも明らかになっている。『社会青書2009』で「この10年間で最大の受益者は誰か」という質問に対し、「国家幹部」という回答が68.8%と最も多く、次いで「国有/集団企業経営者」(60.4%)、「私営企業オーナー」(52.3%)となっている。国家幹部や国有企業の経営者が上位にあることは、灰色ないし黒色収入の問題が日常化していることを示唆する。
灰色収入と同様の論争は「国進民退」を巡る問題でも起きている。「国進民退」とは国有企業が栄える一方で、民間企業が衰えることを意味し、中国の市場経済化が後退しつつあることの前兆とみられている。国務院(政府)の発展研究センター企業研究所の馬駿氏は、リーマンショック後の景気刺激策の導入に伴い、国有企業の固定資産投資の伸び率が非国有企業を上回るようになったと指摘した。これに対し、国家統計局は8月、2010年1~6月期の都市における固定資産投資をみると、非国有企業の伸び率が国有企業を上回っており、経済は「正常軌道」に戻ったと釈明した。
経済成長の持続性を損ないかねない問題が顕在化してきたことを指摘する経済学者は少なくない。最も注目を集めたのは、米外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』(2010年3月号)の電子版に掲載された北京大学国家発展研究院副主任の姚洋氏の「『北京コンセンサス』の終わり」という論文である。同論文は経済成長の成果が国有企業や地方政府によって独占される一方で、多くの国民は貧しくなったと感じていることから、経済成長と引き替えに共産党の正当性を高める戦略はもはや限界にきており、民主化を進める以外に道はないと主張した。
経済政策を巡る論争が活発化している背景には、2012年に第18回共産党大会が開催されることがあると思われる。中国をどのような発展軌道に乗せるかについて党内で路線対立があり、経済学者は自らの主張を擁護する後ろ盾を得て発言しているようにみえる。事実、王氏や姚氏は、政府批判とも言える論文を発表しながらも、それぞれの研究所のホームページを閲覧するかぎり、降格などの処分の対象となっていないようである。こうした論争が公になされることは、一見すると国内の混乱を示しているようにみえるが、共産党の一党支配を維持する他の国にはみられない中国の強みといえよう。論争が経済発展の成果と課題を客観的に評価し、成長の持続性を高めるための政策を打ち出す推進力になることを期待したい。
経済・政策レポート
経済・政策レポート一覧

テーマ別

経済分析・政策提言

景気・相場展望

論文

スペシャルコラム

YouTube

調査部X(旧Twitter)

経済・政策情報
メールマガジン

レポートに関する
お問い合わせ