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アジア・マンスリー 2010年9月号

【トピックス】
アジア債券市場の拡大とその意義

2010年09月01日 清水聡


近年、アジア諸国の債券市場は着実に拡大してきた。今後、各国の内需拡大や域内金融統合促進のために、債券市場が重要な役割を果たすことが期待される。

■着実に拡大する債券市場と残された課題
アジア諸国の債券市場は、世界金融危機後も着実に拡大している(下表)。危機発生直後には、国際金融市場の混乱を受け、国債や社債の発行を控える動きがみられた。しかしその後は、①景気刺激策の実施に伴って国債発行が増加したこと、②資本流入の回復によりアジア通貨が増価したため、不胎化介入に伴う中央銀行債発行が増加したこと、③海外市場で資金調達していた政府や大企業が国内市場に回帰したこと、④国内景気が順調に回復し、企業の資金需要が拡大したこと、などを背景に発行残高が増加傾向にある。
社債の伸び率をみると、中国・フィリピン・ベトナムで特に高くなっているが、これらの国は市場拡大の初期段階にあり、政府による市場整備などを背景に企業が資金調達手段としての社債発行に注目し始めている。特に中国では、社債発行に関する規制緩和が多く実施され、2008年以降、期間3~5年のMTN(Medium Term Note)発行が急増している。2009年末の中国の債券発行残高(国債・社債の合計)は2兆5,654億ドルと、域内(表の9カ国・地域)におけるウェイトが50%を超えており、その動向が域内全体に与える影響は大きい。
企業の資金調達方法の変化をみるために通貨危機以降の国内信用残高と社債残高(金融債を含む)の伸びを比較すると、中国・フィリピン・タイで後者の伸び率がかなり上回るが、その他の国では両者に大きな違いが認められない(右図)。したがって、少なくとも残高ベースでは、上記3カ国以外で債務性の資金調達における債券発行の重要性が高まったとはいえない。社債市場の規模を銀行部門と比較するとまだかなり小さく、発行残高の対GDP比率などからみた国ごとの発展度合いもさまざまである。総じて、アジア諸国の社債市場の拡大余地は依然大きいと考えられる。
また、各国における社債の発行体をみると、政府系企業が大きなウェイトを占めており、民間企業の発行は少ない。業種にも共通の特徴があり、銀行、エネルギー・運輸などのインフラ関連、不動産業などの割合が高く、製造業やその他のサービス業は低い。銀行による債券発行の拡大は、自己資本比率を維持しながら融資を拡大するために劣後債を多く発行していることが背景にある。さらに、低格付け企業の発行がほとんどみられないという問題もあり、非金融民間企業の発行を増やして社債市場に多様性を持たせることが課題となっている。

■変化した債券市場拡大の意義
2003年より、ASEAN+3においてアジア債券市場育成イニシアティブ(Asian Bond Markets Initiative)が実施されている。5月の財務大臣会議共同声明では、域内で発行されるBBB格以上の現地通貨建て社債に対する保証業務を行うCGIF(Credit Guarantee and Investment Facility)を年内に稼動させることが表明された。また、域内共通の決済システム(Regional Settlement Intermediary)構築に向けたワーキング・グループ、ならびにクロスボーダー取引の阻害要因の削減につき官民協力の下で検討するアジア債券市場フォーラム(ABMF)の設立が承認された。
APECの正式諮問機関でありビジネス関係者から構成されるABAC(APEC Business advisory Council)においても、域内の金融システム整備に関する議論が継続的に行われている。ABACは毎年「APEC首脳への提言」をまとめており、昨年は金融関連の項目として「域内資本市場の強化および深化」「金融システム強化のためのキャパシティ・ビルディングの促進」を求めている。
債券市場整備の目的としては、当初より「アジアの貯蓄をアジアの投資に結びつける」ということがいわれているが、その意味は世界金融危機を経て変わりつつあると考えられる。
通貨危機直後は、先進国を中心とする域外諸国からの借り入れを減らして、短期外貨借り入れを国内の長期投資に充当する「ダブル・ミスマッチ」を軽減することが重視された。これに対し、世界金融危機後は、実体経済面により関心が向けられている。米国で内需が落ち込み経常収支赤字が減少する一方、中国やインドなどの途上国が高成長を回復する中、アジア諸国は従来の輸出依存型の経済構造を修正し、内需の拡大を図るべきであるという見方が出てきた。また、日本では、経済成長を維持するためにアジア諸国との関係を一段と深めるとともに、アジア諸国の内需をターゲットとしたビジネスに注力する必要があるという認識が高まっている。
輸出主導型成長戦略の修正を図る中で、アジア諸国が内需を拡大することにより、域内の最終製品貿易が拡大することも考えられる。域内でのFTA、EPAの拡大や各国の所得水準の上昇も、最終製品貿易を促進する要因となる。今後、アジアは中国を中心とした「世界の工場」の役割を失うことはないが、これに加えて「世界の市場」としての役割を強め、世界の経済成長をけん引していくことが期待される。その結果、輸出面での先進国依存度の低下が加速するとともに、域内経済の緊密化が一層進む可能性があろう。
内需拡大のためには多様な政策が必要となるが、債券市場の拡大もその一つである。金融仲介機能の向上により国内貯蓄を国内投資により多く向かわせることができれば、経常収支黒字や外貨準備が減る可能性がある。特に、アジアのインフラ整備に膨大な資金が必要と見込まれる中、その調達に今まで以上に債券市場を活用することが求められている。
また、「アジアの貯蓄をアジアの投資に結びつける」という表現には、域内の証券クロスボーダー取引を拡大し、域内金融統合を強化するという意味が含まれている。域内経済の緊密化の進展に伴い、その意義は高まると考えられる。アジア債券市場フォーラムの設立などもあり、今後、そのための議論も盛り上がってこよう。ただし、欧州統合の例をみても、金融資本市場や金融規制の統合・調和は困難な課題である。アジアの場合、各国における資本取引規制の存在や多くの通貨が国際化していないことなど、障害も多い。域内にオフショア市場を設立する提案もあるが、その場合も発行通貨は大きな問題となる。したがって、議論は長期的な視野に立って慎重に進める必要があろう。各国市場の発展段階や規模が異なること、市場間競争が重要な問題となっていることなどから、域内金融協力に対する各国の足並みもそろいにくい。今後は、協力のモメンタムを維持することや発展段階の低い国を特に重視して各国市場・制度の構築を推進することなどが求められ、日本の果たすべき役割は官民ともに大きいといえよう
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