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アジア・マンスリー 2010年8月号

【トピックス】
個人消費の拡大に注力する中国

2010年08月02日 佐野淳也


中国は投資・輸出主導型から消費主導型への成長方式の転換を求められている。個人需要は、他の需要項目に比べて拡大の余地が大きいこともあり、政府はその拡大に向けた取り組みを相次いで進めている。

■WTOの報告書で求められた消費の拡大
5月31日、世界貿易機関(WTO)は、中国の貿易政策に関する審査報告書を発表した。報告書では、2008年(前回の報告書が発表された年)以降の中国政府の取り組みについて、「貿易や投資制度の自由化を漸進的に進めてきた」と評価されている。ただし、海外で注目されたのは、その部分よりむしろ経済や産業構造に関する指摘であった。
指摘のポイントは、①工業品輸出への過度な依存が貿易摩擦を引き起こしがちであること、②製造業への過度な依存が過剰な投資や一部の業種における生産過剰をもたらしたことの2点である。加えて、世界経済の下振れリスクを最小化するため、内外需の不均衡是正、予備的貯蓄動機(将来の不安に備え貯蓄すること)に基づく家計の貯蓄行動を和らげる取り組みなどを中国政府に求めている。間接的ながら、投資・輸出主導型から消費主導型への成長方式の転換を促したものといえよう。5月下旬に開催された第2回米中戦略・経済対話でも、中国経済における消費の成長けん引力強化が議題となっている。このように、海外から中国に対する国内消費の拡大要求は、一段と高まっている。

■個人消費拡大措置を幅広く実施
中国の需要項目別GDP構成比をみると、資本形成(投資)の割合が上昇している。近年の高成長のけん引役が投資であったことを裏付ける結果といえる半面、エネルギーの浪費や生産過剰問題の深刻化等を勘案した場合、投資の抑制は、喫緊の課題と位置付けられよう。一方、消費の占める割合は低下傾向をたどっている。政府消費と個人消費に分けた場合、前者の比率低下は2000年の15.9%から2009年に13.0%と、小幅な低下にとどまったのに対し、後者は46.4%から35.6%へ、10.8%ポイントの大幅な低下となった。
こうした状況を踏まえ、中国政府は成長持続の観点から、個人消費の拡大に向けた対策を講じるようになっている。一連の対策は、以下の3つに大別できる(右下表)。
第1は、財政補助措置の拡充である。例えば、家電では、5月末で終了予定であった一部製品の「以旧換新」(買い替えに対する財政補助)措置が、2011年末まで延長されるとともに、対象省・直轄市・自治区を従来の北京や上海など計7カ所から24カ所へ拡大した。
自動車では、排気量1,600cc以下の低燃費乗用車を購入する際、3,000元の定額補助が新たに行われることになった。家電に比べて期間は短いが、「以旧換新」措置の期限を5月末から年末まで延長した。さらに、上海等の5都市限定ながら、電気自動車を購入した個人に対する最大6万元(種類によっては、最大5万元)の補助も試験的に実施される。
財政補助による家電や自動車の販売押し上げ効果を受け、政府は年半ば頃から措置の拡充に傾いたと推測できる。
第2は、所得分配の見直しや個人所得の増加に資する取り組みの推進である。中国の労働者報酬は年々増加しているものの、労働分配率は90年代後半以降低下基調で推移している。2008年、2009年の労働者報酬(国民経済計算ベース)は公表されていないが、「政府活動報告」で「所得分配構造の調整」に言及していることから、労働分配率が好転したとは考えにくい。
こうしたなか、最低賃金基準の引き上げの動きが再び活発化している。2009年は景気の悪化を背景として、雇用の維持が優先され、引き上げは軒並み見送られたが、2010年に入ると、沿海部そして内陸部へと最低賃金の引き上げの流れが拡大している。広東省広州市などでは、実施時に引き上げ幅の上積みが行われた。直接の理由は、ワーカー不足や労働待遇改善要求への対応であるとはいえ、引き上げが所得増や分配見直しによる消費の持続的拡大という胡錦濤政権の方針に後押しされた動きであることは明らかであろう。
第3は、人民元の緩やかな上昇を容認するようになったことである。6月19日、中国人民銀行は「人民元レートの弾力性を高める」との声明を発表した。翌日には、その理由や目的などを説明した談話(記者へのQ&A方式)を出したが、その内容から、元高に伴う対外購買力の向上を消費の拡大に結び付けようとする政府の意向がうかがえる。

■個人消費の持続的拡大に向けての課題
個人消費の持続的拡大に向けて、財政補助措置に過度に依存しない形で推進できるかどうかが今後の課題となる。財政による消費の喚起は潜在需要の掘り起こしにつながる半面、需要先取りに伴う反動が危惧される。措置を拡充すればするほど、反動リスクは増大するであろう。
また、最低賃金の引き上げや賃上げは、消費拡大にプラスであるとともに、民生向上を重視する政府の方針にも合致しているが、価格転嫁が困難な状況下での拙速な人件費の上昇は、企業経営を圧迫し、所得の減少による消費の抑制という逆効果をもたらしかねない。
中国では、大きな方針転換が生じた際、新しい方針を一方的に推進する傾向が看取される。胡錦濤政権にはバランスをとりながら、個人消費の拡大を進めていくことが求められよう。
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