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アジア・マンスリー 2010年6月号

【トピックス】
インドの金融システムとインフラ整備

2010年06月02日 清水聡


インドの銀行部門や債券市場は、対GDP比でみると規模が小さい。インフラ整備などの投資を増やして高成長を実現するためには、金融システム全般の整備・拡大が不可欠である。

■金融システムの全体像
インドにおいては、90年前後に金融改革が本格的に開始され、主に銀行部門の規制改革と株式市場の整備が推進された。その結果、銀行部門、株式市場はともに拡大したが、多くの東アジア諸国に比較して銀行部門は相対的に規模が小さい(下表)。個別の銀行の規模も国際的にみると小さく、The Banker誌(2009年7月号)のTier1 capitalによる銀行ランキングによれば、中国の4大銀行がすべて上位24位までに入っているのに対して、インドの銀行で100位以内に入っているのはSBI(State Bank of India)(64位)とICICI銀行(81位)の2行にとどまっている。また、債券市場についてみると、財政赤字が大きいために国債市場の整備は比較的進んでいるが、金融債を含め、社債市場の整備は著しく遅れている。

これに対し、株式市場は相対的に整備が進んでいる。94年にNSE(National Stock Exchange)が設立されたことを契機に、株式市場の近代化が急速に進んだ。市場規模の拡大や流動性の向上も着実に進展し、時価総額は東アジア諸国と比較しても遜色のないものとなっている。また、株式デリバティブの取引額は、世界でも有数の水準に達している。インドでは株式市場の資金配分が効率的であるのに対して、銀行部門や債券市場の資金配分は効率的ではないという見方もあり、特に後者に関し改善が必要と考えられる。

■高成長と外部資金の役割
企業の資金調達方法につき、準備銀行がRBI Bulletinに定期的に発表している資料(Finances of Public Limited Companies)によってみると、90年代の資金調達額の増加は限定的であり、リストラクチャリング等による企業収益の改善を背景に内部資金依存度が上昇した(下表)。一方、2003年度以降の高成長期においては、貯蓄率・投資率が大幅に上昇するとともに、資金調達額が急増している。そのなかで、内部資金依存度は低下し、外部資金の重要性が増した。その内訳をみると、銀行借り入れの比率が安定する一方、株式発行は上昇しており、絶対額ではいずれも急増したことになる。ノンバンクや海外からの借り入れも増えたとみられる。社債発行はやや増加しているもののその比率は引き続き非常に低い。

以上の経緯をみると、インドの高成長には外部資金の果たす役割が大きいと考えられる。今後、成長を加速させるためには投資の拡大が不可欠であり、多額の資金が必要とみられることから、銀行部門や株式市場の整備が引き続き重要であろう。また、信用が拡大する過程では、ノンバンクや海外からの借り入れを含めたモニタリングや規制が伴わなければならない。さらに、社債市場の育成も大きな課題であるといえよう。

■インフラ整備と資金調達
経済成長を加速するための投資の中で重要な位置を占めるのが、インフラ整備である。計画委員会は、第11次5カ年計画(2007~11年度)において年平均9%の成長を実現するために、20.3兆ルピー(約5,000億ドル)のインフラ投資が必要であるとした。これは、第10次5カ年計画期間の実績である8.8兆ルピーの2.3倍に相当し、容易に達成できるものではない 。さらに、第12次5カ年計画の期間には、約1兆ドルのインフラ投資が必要になると推定されている。計画委員会は、政府予算中心で行われてきたインフラ整備を、民間主体の参加を求めるとともに民間資金の導入を拡大して推進しようとしている。その実現には、金融システム整備を継続することがきわめて重要であろう。なお、政府予算は、主に農村部のインフラや相対的に貧困な東北部に向けられるべきことが主張されている。

インフラ整備事業が民間部門に開放されたのは90年代初めであり、現在に至るまで民間資金調達の中心となってきたのは銀行である 。インフラ整備に対する銀行信用残高は、98年3月末の316億ルピーから2009年3月末には2兆6,997億ルピーとなった。しかし、インフラ整備が長期的な性格を有し、負債の大半を預金に依存する銀行にとっては期間のミスマッチが発生しやすいことや、特定部門に信用を集中することは望ましくないことなどから、銀行がインフラ整備に資金を供給し続けるには限界がある。資金供給を一段と拡大するためには、資本強化が必要となる。また、統合の促進などにより銀行の規模を拡大することも、一つの対策となろう。

その他の資金供給主体としては、インフラ開発金融公社(IIFCL:India Infrastructure Finance Company Limited)などの政府機関や、保険会社などの機関投資家が考えられる。しかし、前者は公的な性格のものであり、資金供給には限界がある。一方、後者は長期資金を集める金融機関でインフラ整備への投資には適しているが、依然未整備であり、国債中心の保守的な投資を主に行っている。したがって、インフラ・プロジェクトの評価能力を備えるとともに投資制約を緩和するなど、投資体制を整える必要があるが、それにはまだ時間がかかるであろう。

こうしたなか、社債市場の整備が喫緊の課題となっている。社債市場の拡大により、長期資金をインフラ投資に結びつけるとともに、インフラ投資のリスクを金融システム全般に広く分散することが可能となる。また、インフラ・プロジェクトに関わる債券を証券化しやすくするような法的整備なども必要であろう。インフラ投資のリスクをヘッジするため、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)や金利先物などのデリバティブ市場を整備することも重要と考えられる。

なお、インフラ整備においてはエクイティ資金の果たす役割も重要であり、株式市場の強化が不可欠である。第11次5カ年計画では、インフラ投資に要する民間資金の3割程度をエクイティ資金に依存することを想定している。さらに、海外からの資金にもある程度依存せざるをえない。

約20兆ルピーのインフラ投資の3分の1程度は、民間投資および官民連携(Public-Private Partnerships)による実施が期待されている。ただし、実施の阻害要因となる政策や規制の存在、長期的な資金調達手段の未整備、公共部門における資源・人材不足、PPPに対する理解不足など、多くの障害が存在するため、特定部門に対する民間・海外からの投資の自由化、特定部門の規制監督機関の設立、プロジェクト認可の簡略化、入札方法や契約書類の標準化、公共部門の人材育成などの対策がとられている。これらの動きを踏まえた上で金融システム整備を推進することが重要となろう。
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