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アジア・マンスリー 2010年5月号

【トピックス】
中国鉄鋼業の現状と課題

2010年05月06日 関辰一


中国の鉄鋼業は世界一の生産量を誇る。これを支える国内需要を部門別にみると、建設部門、とりわけ住宅建設のシェアが高い。一方、規模の経済を生かした生産費用削減が課題である。

■旺盛な国内需要
中国は世界一の粗鋼生産国である。2009年の粗鋼生産量は5億6,784万トンと世界の46.6%を占める。
この背景には旺盛な国内需要がある。ここでは、生産に輸入を加えた総生産から、輸出を引いたものを粗鋼の国内需要とする。2008年時点の中国の粗鋼国内需要は4億トン超と、生産量の9割に達する。国・地域別にみても、中国の国内需要はEU、米国、日本を上回り、圧倒的な世界第1位となっている。
中国国内の鉄鋼需要は公共投資をはじめとしたインフラ投資が中心であることは広く知られている。自動車や家電の急速な生産増加も鉄鋼業の発展を支えたとの指摘が多い。以下では、住宅投資が自動車・家電生産とインフラ投資を上回って中国の最大の需要部門であることを明らかにする。
まず、中国鋼鉄工業協会の資料によると、2005年時点の鋼材消費量は建設部門が全体の51%を占める。機械部門同15%、自動車部門同3%、家電部門同2%で、建設部門が他の部門よりも著しく多い。中国の粗鋼国内需要は世界の粗鋼生産量の4割を占めるため、中国の建設部門は世界の鉄鋼の2割を消費している計算となる。
つぎに、中国国家統計局の資料によると、2008年における建設業の産出額のうち、土木建築(鉄道・道路・トンネル・橋梁の建設、灌漑工事、港湾建設、配管作業を含み、建物建築の土工事、解体発破など他の事前工事を除く)が1兆7,040億元であったのに対し、建物建築は3兆6,721億元に達した。ここで、建設部門では土木建築が全体の3分の1の鋼材を消費し、建物建築が残りの3分の2を消費していると仮定すると、中国のインフラ投資を示す土木建築は世界の鉄鋼の7%前後、建物建築が同14%前後を消費していることになる。
2008年に建設された建物床面積のうち、住宅は全体の60%であり、工場・倉庫(同19%)と事務所(同7%)の合計の2倍以上の規模である。建物建築の鋼材需要の60%が住宅であると仮定すれば、世界の鉄鋼生産量の8%が中国の住宅向けという計算となる。このように、住宅投資の牽引力はインフラ投資をも上回る。
このような旺盛な住宅投資をもたらした要因の一つは、都市化である。改革開放以降、農村部から都市部への人口流入を背景に、上海や北京、深圳などの都市部の人口が増加し、2008年の都市部の常住人口は2000年比で1.5億人増加した。このような都市部への人口流入により、都市部における住宅需要や地下鉄など都市インフラ整備が拡大した。同時に、農村部と都市部をつなぐ鉄道などのインフラ整備も、建設向け鉄鋼需要にプラスに作用した。
二つ目は、都市部の厳しい住居環境である。中国国家統計局の調査によると、2000年において都市部世帯の居住住宅の49.6%は浴槽のみならず、シャワーもなかった。シャワーがある場合でも必ずしも温水が出るとは限らない。また、洗面所が建物内にない、あるいは、複数の世帯で建物内のトイレを共同使用している世帯も全体の28.7%に上る。住宅に洗面所を設置せず公衆トイレを利用するのは公有制の影響であろう。公有トイレは築年数の古い物件でみられ、一つのフロアーに複数の世帯が間借りしている場合が多い。このような共有トイレには扉がついていないことも少なくなかった。炭・コークス、薪・草を燃料とするキッチンを使用している世帯が27.2%と、ガスを使用できない都市部世帯が3割弱であった。
2000年から2005年にかけて、バスもシャワーもついていない都市部世帯の居住住宅は大幅に減少し、全体に占めるシェアは9.2ポイント低下した。洗面所がない、共同使用している世帯は同7.1ポイント、炭・コークス、薪・草を燃料とするキッチンを使用している世帯は2.2ポイント低下した。所得水準の向上に伴い、中国の都市部の居住環境は近年着実に改善している。投機的な投資も含まれているものの、世帯主が子供や両親のために自らの生活品の充実よりも住宅購入を優先させている場合も少なくないだろう。
このように、人口増加による量的な住宅需要と環境の厳しさによる質的な住宅需要の双方により、中国の住宅建設は急速に進められた。こうした旺盛な国内需要を背景に、中国は世界一の鉄鋼大国となった。

■求められるローコストの汎用品生産
住宅投資を中心とした建設投資が鋼材需要を牽引してきたため、汎用品が国内の鋼材生産の大半を占める。鉄筋コンクリートなど汎用品は、主に建設に用いられ、加工が容易である。一方、自動車や電気機器などに用いられ、薄く、表面が美しい冷延鋼板や、発電機や家電製品のモーターなどに用いられ、磁気特性と伝導特性に優れる電磁鋼板など、付加価値が高い高級鋼材の生産割合は低い。
汎用品を中心とした鋼材生産が急拡大する一方、足元の鉄鋼業の企業収益をみると、2009年1~11月において7,754社中2,099社、27%が赤字であった。このように、付加価値の低い汎用品生産に取り組む鉄鋼メーカーの企業収益は低迷している。現状を打開するためには、汎用品をローコストで生産することが急務である。
鉄鋼業が典型的な装置産業であることを踏まえると、規模の経済を生かしたコスト削減が現実的な対策と考えられる。7千社にも上る鉄鋼メーカーの合併を促進することで、規模の経済がある程度機能するだろう。近年、政府は鉄鋼業の再編・合併に取り組んできた。たとえば、2008年3月には中堅メーカーである済鋼集団と萊蕪鋼鉄集団が統合して山東鉄鋼集団となった。この結果、上位4社の全国シェアは、2005年の18%から2008年に24%まで高まった。
今後このような動きを一段と進め、規模の経済を生かしたローコストの汎用品生産を実現していくことが求められる。そうすることで、中国が鉄鋼生産大国から鉄鋼生産強国に転換する過程を着実に進んでいくことが期待される。
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