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ポスト京都に向けて日本発の排出量取引を

2010年04月20日 長谷直子


鳩山政権では、温室効果ガス排出量を2020年までに1990年対比25%削減するという中期目標を掲げている。しかし、その実現には、新エネルギーや省エネルギー分野のさまざまな技術開発をエネルギー供給側が行う必要がある。また、利用する側も省エネルギー対策の推進やライフスタイルの見直しなどが求められる。ただし、こうして社会の仕組みを根本的に作り直すことに大きな負荷をかけたり、経済活動を制限したりすると、温室効果ガスの排出削減にはつながっても、産業基盤が弱まり、温暖化対策の資金さえ十分に確保できなくなる可能性がある。地球温暖化抑制の目標達成のためにも、健全な経済活動と両立し得る仕組みは欠かせない。

経済活動への負担を最小化させながら、環境面の価値を積み上げていくには、経済的価値と環境面の価値を同一次元で評価する仕組みが必要となる。現状では、環境価値を経済的な視点で評価し、公正な取引を行うための社会的仕組みができていないため、温室効果ガス削減に対して経済的インセンティブが働かない。排出権取引が注目されるのも、環境価値としての温室効果ガス削減量を、経済的価値に組み込む機能を持つからである。
海外では先行して排出量取引に関する検討が進められている。EUでは、2005年から域内でキャップ&トレード型(個々の企業に排出枠の上限を課す方式)排出量取引制度(EU-ETS)を導入した。米国でも既に一部の州でキャップ&トレード型の排出量取引制度を導入しており、オバマ大統領は全国的な排出量取引制度創設の方針を固め、市場が急速に立ち上がる可能性が高い。
日本においては、排出量取引に関して産業界を中心に、経済統制になりかねない、排出枠の公平な割当が困難であるとの理由から導入に反対する声が多かったが、政権交代により、排出量取引制度の早期導入に向けて本格的な検討が始まる可能性は高い。
EU-ETSにせよ、日本の試行排出量取引にせよ、対象は温室効果ガスを一定量以上排出する大規模事業所が中心である。しかし、産業は大規模事業所や大企業だけでなく中堅、中小企業も含めたさまざまな規模の事業者に支えられており、排出削減対策が大規模事業所や大企業だけの問題で済むことはない。従って、産業構造全体の変革が必要であり、それができなければ、京都議定書と次元の異なる大幅な温室効果ガスの削減を達成することはできない。こうした中で中堅、中小企業も含めて排出削減を進める仕組みとして考えられたのが国内クレジット制度である。
平成20年10月21日の地球温暖化対策推進本部の決定に基づき、国内クレジット制度が立ち上がり、排出削減事業の募集が開始された。平成22年3月末現在、制度が開始されて1年半が過ぎ、約300件の排出削減事業が国内クレジット認証委員会において承認されており、制度参加者に拡がりを見せている。今後、制度の利用拡大が進めば、これまで遅れていた中小企業の燃料転換やボイラー更新等の省エネ設備の導入が進む。これに補助金などの政策的な支援を織り交ぜれば、苦境に立たされている中堅、中小企業の活性化策にもつながる。海外のCDMと異なり、大企業の技術や資金を海外に流出させずに、国内の中小企業のために活用することで、日本の環境ビジネスの成長にも寄与できる。

今後の地球温暖化問題において日本がリーダーシップを取るには、産業構造変革で先進諸国をいかに先導するかが重要となる。デンマークの風力発電、ドイツの太陽光発電など、環境・エネルギーの分野では先駆者が多くの利を得ている。日本の強みは、大企業を頂点としながらも優秀な技術ノウハウを有する中堅、中小企業が濃密な産業ネットワークを形成していることにある。こうした産業ピラミッドを紡ぎ通す国内クレジット制度によって、他国に先駆けてポスト京都に向けた産業構造の改革を進めることができるはずである。
経済環境が厳しさを増す中、市場だけに任せるのではなく、官と民が一体となって産業全体を底上げし得る施策の展開と加速が急務となっている。この国内クレジット制度は、あくまで京都議定書の第一約束期間を対象として実施されるが、今後の大幅な排出削減目標達成に向けても有効な施策といえよう。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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