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アジア・マンスリー 2010年3月号

【トピックス】
アジアの地域経済統合と域内金融協力

2010年03月01日 清水聡


今後、アジア諸国の内需拡大とともに、経済の緊密化が一段と進むことが期待される。それに伴い、域内の金融システム整備を推進し、国内貯蓄の活用を図ることがますます重要となろう。

■アジアの地域経済統合と世界不均衡
世界金融危機の発生以降、先進国経済が低迷を続ける一方で中国やインドなどを中心とした途上国が高成長を回復する中、日本では、経済成長を維持するためにアジア諸国との関係を一段と深める必要があるという認識が高まっている。たとえば、昨年秋、日本経団連は『危機を乗り越え、アジアから世界経済の成長を切り拓く』という提言を発表するとともに、具体的なアクション・プランとして、①地域経済統合による経済活動の円滑化、②安定した中長期資金の供給、③広域インフラ開発の促進、④ソフト・インフラ整備の促進、⑤アジア内需の拡大、⑥環境と経済成長の両立、⑦わが国ODAならびにその他公的資金改革の推進、を掲げた。
地域経済統合に関しては、2007年11月、ASEAN諸国の間で、2015年までにASEAN経済共同体(AEC:ASEAN Economic Community)を単一市場とする計画で合意がなされている。これに基づき、多くの分野で市場統合に向けた努力が進められているところである。日本としては、このような動きを踏まえた上で、地域経済統合の推進に積極的に参画していくべきであろう。
地域経済統合のあり方に影響を与える重要な要因の一つが、世界金融危機の発生に伴う世界不均衡(グローバル・インバランス)の変化である。世界不均衡とは、近年、米国を中心とする一部の国が大きな経常収支赤字を計上する一方、アジア諸国や中東産油国などの新興諸国を中心に、経常収支黒字が拡大してきたことを意味する。一般に、経常収支の不均衡が発生する要因は①貯蓄投資バランス、②貿易収支、③為替レート、④資本収支、の側面から説明されるが、特に米国は基軸通貨国であるため、対外取引の支払いを自国通貨で実施できることなどから経常収支赤字が拡大しやすく、80年以降、赤字が続いてきた。2006年には、個人消費の対GDP比率の高止まりや住宅投資の増加などを背景に、経常収支赤字の対GDP比率が▲6.0%に達した。
一方、97年の通貨危機以降、ほとんどのアジア諸国で経常収支が黒字に転じ、年々拡大してきた。その背景には、通貨危機以前に比較して投資率が大幅に低下し、貯蓄投資バランスがプラスに転じたことや、通貨危機の教訓から自国通貨の増価を抑制して輸出促進策を強化するとともに外貨準備の蓄積を図るようになったことなどがある。特にその傾向が顕著なのは中国で、過去10年間の外貨準備増加額は2兆ドルを超えている。中国において特徴的なのは、貯蓄率、投資率がともにきわめて高く、特に近年、貯蓄率の上昇が顕著なことである(右図)。
世界金融危機を経て、米国では内需が落ち込み、経常収支赤字の対GDP比率は2009年には▲2.6%に縮小したと推定されている。IMFは、今後数年間にわたり、米国の経常収支赤字が現在の水準から大きく拡大することはないとみている。
従来、中国から欧米諸国へのエレクトロニクス関連などの最終製品輸出を中心にアジアの生産ネットワークが構築され、域内貿易は部品や中間財が主体となってきた。しかし、米国の経常収支赤字が低位安定するという前提の下では、その姿は若干変わらざるを得ない。輸出戦略の修正を図るなかで、中国などのアジア諸国が内需を拡大することにより、域内の最終製品貿易が拡大することも考えられる。その結果として、先進国に対する貿易依存度の低下が加速するとともに、アジア諸国の経済緊密化が一層進む可能性があろう。
内需の拡大とは、消費や投資を増やして貯蓄超過を減らすことを意味する。これを実現するには、①教育・医療・年金制度の整備や所得格差の縮小に努めること、②投資環境を整備すること、③財政支出を社会政策やインフラ整備に重点的に配分すること、などの対策が重要となる。ただし、中国では投資は過剰とみられ、その抑制と効率性の向上が求められている。

■高まる域内金融協力の意義
地域経済統合の進展とともに、域内金融協力の意義も高まる。先述した日本経団連のアクション・プランにも、「安定した中長期資金の供給」が含まれている。まず、内需拡大の努力とともに、各国が自国通貨の増価を容認し、経常収支黒字の縮小を図るという選択肢が考えられる。また、域内貿易比率が上昇すれば、為替政策協調を実施する意義が高まる。その実現に向けては、現在、チェンマイ・イニシアティブのマルチ化という形で進められている緊急時の流動性支援体制の整備が不可欠であるとともに、今後予想される中国の為替制度の変更が影響を与えることとなろう。現在のドル・ペッグ制は、人民元の国際化を望む中国にとって永久に継続できるものではない。制度変更に際しては、根強い切り上げ期待への対処が大きな課題となる。
次に、域内の金融システム整備が重要である。各国の国際収支不均衡を是正する方法としては、為替政策以外にも、金融・資本市場を整備して国内の貯蓄を投資に向かわせる、機関投資家を育成して対外投資を増やす、などの方法が考えられる。特に、内需拡大の方策の一つとして域内のインフラ整備が注目されており、その資金調達手段を整備することが求められている。
ASEAN経済共同体の構築に向けた動きの一環として、2009年4月にASEAN資本市場統合実施計画が正式決定された。これは、ASEAN諸国の証券取引所における域内クロスボーダー取引を増やすべく、市場インフラの調和を図ることを目的としたものである。また、ASEAN and Plus Standardsと呼ばれる、証券発行時の情報開示基準の統一を目指す計画も推進されている。一方、ASEAN+3諸国の債券市場に関しては、アジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI)が継続されている。最近の主な成果として、域内における債券発行の保証機関であるCGIF(Credit Guarantee and Investment Facility)が、各国輸銀の共同運営により年内に活動を開始する見込みである。また、域内における清算・決済システムの統合、国際債券市場(プロ向け私募債市場)の設立、MTN(Medium Term Note)の発行拡大などに関しても、実現を目指す議論がかなり進んでいる。
域内証券クロスボーダー取引の拡大は重要な課題であるが、各国に資本取引規制が存在することや多くの通貨が国際化していないことなど障害も多く、長期的な視野に立って進める必要がある。各国市場の発展段階や規模が大きく異なる(右図)ことなどから、域内金融協力に対する各国の足並みはそろいにくい状況となっている。今後は、協力のモメンタムを維持すること、発展段階の低い国を特に重視して各国市場・制度の構築を推進することなどが求められよう。そのなかで、日本の果たすべき役割は官民ともに大きい。
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