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アジア・マンスリー 2010年1月号

【トピックス】
発展モデルの転換と社会の安定化に注力する中国

2010年01月04日 三浦有史


中国共産党と政府は、国際収支の均衡、経済発展モデルの転換、社会の安定維持への関心を高めている。しかし、危機感が高まる一方で、有効な打開策は見当たらない。

■追加された国際収支の均衡
共産党中央委員会と国務院は、12月、2010年の経済運営方針を決定する中央経済工作会議を開催した。同会議では、積極財政と金融緩和政策を継続し、高い経済成長率を維持する方針が打ち出された。成長率の目標は前年と同じ8%程度とみられる。主要任務として掲げられた内容は基本的に第11次5カ年計画(2006~2010年)に記されたものと同一であるが、前年と比較すると微妙な違いが読み取れる。
今回の中央経済工作会議では主要任務が前年の5つから6つに増えた。新たに加えられたのは輸出の振興と国際収支の均衡である。国際収支(基礎収支)の均衡が取り上げられた背景には人民元切り上げに対する欧米からの圧力の高まりがある。収支均衡の具体策としては、エネルギー消費量や汚染物質排出量が多く資源を消費する(「両高一資」)財の輸出を抑制することと周辺国への直接投資(「走出去」)を促すことの2つが挙げられている。
「両高一資」財の輸出については、レアメタルや希土類の輸出に対する規制が強化される方向にあり、これをエネルギー消費量と汚染物質排出量を目安に製造業全体に広げられるか否かが課題となる。製造業は経済を支える屋台骨であり、雇用に与える影響が大きいことから、実際に輸出を抑制するのは容易ではない。
しかし、工業情報化省は中央経済工作会議の結果を受け、中小規模の製鉄会社の存続を認めない方針を明らかにした。鉄鋼産業はエネルギー効率とCO2排出量の点で改善の余地が大きく、鉄鋼製品は「両高一資」財の典型といえる。単なる輸出の抑制ではなく、同産業の抱える構造的な問題-地方政府が主導する形で需要を無視した生産能力の増強が行われていることや、エネルギー効率や環境負荷の問題を考慮しなくても企業が存続できること-に踏み込んだところに政府の並々ならぬ決意が読みとれる。
対外直接投資は、資源確保、技術取得、海外市場の開拓などの目的で近年盛んに進められてきた。2008年の国際収支表における対外直接投資は535億ドルで、2005年の約5倍に拡大した。こうした流れが強化されることで、中国は直接投資の受け手としてだけではなく、出し手としての存在感を強めることとなろう。
ただし、上の措置によって基礎収支(経常収支と長期資本収支の合計)が均衡に向かう可能性は低いと思われる。製造業は産業間の連関が強いことから、仮にエネルギー消費量と汚染物質排出量に関する規制を強化し、それを厳格に運用すれば、経済成長が鈍化しかねない。また、2008年の対内直接投資は対外直接投資の約3倍に相当する1,478億ドルに達することから、政府がいかに「走出去」を後押ししても、資本収支が赤字になることはないであろう。

■進まぬ発展モデルの転換と社会の安定化
中央経済工作会議で打ち出されたその他の主要任務は、①内需振興、産業の高付加価値化、省エネルギー、地域間格差の是正を通じて経済成長の質と効果を引き上げる、②行政、金融、所有制の改革を通じて経済の成長性を高める、③農業、農村、農民の疲弊を表す「三農問題」への取り組みを強化し、内需を拡大する、④人民の生活を改善し、社会の安定性を高める、という4点に要約でき、前年とほぼ同じ内容となっている。
ただし、ここ二年の中央経済工作会議の内容には胡錦濤政権誕生以来のそれには見られないいくつかの特徴がある。一つは「経済発展モデルの転換」という言葉が頻出するようになったこと、もう一つは主要任務として「社会の安定維持」が掲げられるようになったことである。とりわけ、発展モデルの転換は前年が6回登場したのに対して今年は13回も繰り返され、社会の安定維持については前年が「適切に」としていたのに対し、今年は「全力を挙げて」に改められた。
発展モデルの転換と社会の安定維持とは不可分の関係にある。つまり、農村を中心とする低所得者の底上げによってはじめて発展モデルへの転換と社会の安定化が促されるのである。しかし、第11次5カ年計画がスタートした2006年からの推移をみると、GDPに占める個人消費の割合は低下する一方であり、発展モデルの転換と社会の安定化が進んだとは言えない状況にある。
個人消費が相対的に低迷している原因の一つには農村における消費の伸び悩みがある。個人消費の内訳をみると、農村の割合は急速に低下しており、2008年で25.1%を占めるに過ぎない。背景に都市化の進展があることは間違いないが、農村人口は2008年においても全体の54.3%を占める。農村における消費の伸び悩みは都市農村間の所得格差の拡大を反映したものと考えるべきである。
政府は、2005年以降、農村への梃入れを強化してきた。具体的には、①農家に対する補助金の拡充、②農業税および地方政府による費用徴収の廃止、③教育費の免除、④補助金の積み増しによる医療保険の普及、⑤最低生活保障制度の導入などである。また、農民自身も都市への出稼ぎによって収入の多様化と安定化を図ってきた。出稼ぎ労働者(農民工)は2008年末で2億人、故郷への送金額は数千億元とされる。にもかかわらず、農村の消費が伸び悩んでいることは、発展モデルの転換と社会の安定化が容易ならざる課題であることを示している。政府は、2010年も前年に続き家電、自動車、農機具の購入や住宅の改修に対する補助を行うとしているが、上図から読み取れる農村の相対的な地位低下を見れば、それらが状況を根本的に変える打開策になるとは考えにくい。
新型インフルエンザが重症化した場合の治療費は7~8万元とされる。これは農村における医療保険の給付限度額を遥かに上回るもので、年平均所得が4,716元に過ぎない農民が負担できる額ではない。補助金を増やすことで低所得層の実質所得を引き上げ、社会保障制度の普及を図ろうとする政策の方向性は正しい。しかし、政府に問われているのは、都市と農村で異なる社会保障制度や公共サービスの質の問題をどうするか、さらに、その根底にある戸籍制度、土地制度、税制などの問題に踏み込めるか否かである。
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