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Business & Economic Review 1996年11月号

【論文】
わが国における「キャプティブ保険会社」の展望

1996年10月25日 日吉淳


経済のグローバル化、企業活動の多様化や規制緩和による企業の自己責任の拡大等を受け、企業を取り巻くリスクは増加の一途をたどっている。リスクの種類も資産の損失等の通常のリスクにとどまらず、企業の海外進出に伴うリスクの複雑化やPL法等による消費者からの賠償請求など既存の保険スキームではあまりに高コストとなり、製品リコールなど通常の保険では対応しにくい、もしくは対応できない新たなリスクも増えている。

これまでのリスクの処理は、リスク軽減とリスクを外部にヘッジするスキーム(保険)の構築に主眼がおかれていたが、近年、「キャプティブ保険会社」(以下:キャプティブ)の設立による新たなリスク処理スキームが注目されつつある。

これは、単にリスクマネジメントスキームの高度化という側面のみならず、企業活動におけるリスク処理のコストを低減させ、さらにはその手法を単独企業のみではなく、グループ企業あるいは同業者のリスク処理に拡大することにより、キャプティブを利益源としても位置づけることができることから、今後、わが国においても注目すべき経営戦略の一つとなることが想定されている。

1 キャプティブの基本的考え方

キャプティブとは、日本語に直訳すれば「専属保険会社」という意味であり、一般の損害保険会社のように不特定多数の顧客を対象にするのではなく、特定の企業(あるいは企業グループ)に属し、その企業のリスクのみを専門に引き受ける保険会社である。

キャプティブの基本は、「自家保険によるリスクの内部化」である。企業は、通常、自社の業務活動に対するリスクを保険という形で外部化し、その対価としての保険料を支払っている。この保険を通じて外部化しているリスクの一部をその企業が財務的に無理なく保有できる額の範囲でキャプティブに内部化し、リスクマネジメントコストの低減と保険にヘッジできないリスクへの対応を可能とすることがキャプティブの基本的な考え方である。一般的に、リスク処理の代償としては企業内のリスク保有がコスト的には最も安い。

リスクマネジメントコストの内部化については、キャプティブを用いず企業本体でリスク負担をするという考え方もあるが、わが国の税制上、リスクに対する内部留保(準備金の積立)を行っても課税対象となってしまう。しかし、キャプティブを用いれば、リスクマネジメントコストは保険料という形で経費処理が可能であり、さらにキャプティブの資本金、準備金という形で資産をプールすることが可能である。現在、全世界では約3,500社のキャプティブが存在するが、通常、キャプティブはタックスヘブンと呼ばれる税制上優遇され、かつキャプティブの設立を誘致する特別法(キャプティブ保険会社法)を持った国に設立されるケースがほとんどであり、企業はリスクマネジメントによる効果的な節税と利益の留保が可能となる。
さらに、キャプティブの目的としては、自家保険によるコストの低減および利益の内部化だけでなく、世界の保険マーケットおよび卸売保険(再保険)マーケットへの直接のアプローチによる様々なメリットを得ることも重要である。

2 キャプティブの基本スキーム

キャプティブの形態としては、[1]親会社のリスクを直接引き受ける「元受けキャプティブ」と[2]親会社のリスクを一旦通常の保険会社に元受けしてもらい再保険の形でキャプティブがリスクを引き受ける「再保険キャプティブ」の2タイプがある。

[1]元受けキャプティブ

親会社から直接リスクを引き受け、一部を自身のリスクとして内部保有し、残りは再保険という形で再保険マーケットに出すスキームである。通常、ロンドン等の再保険マーケットはわが国の保険会社に比べリスクの処理コストが安く、このコストの差額と再保険手数料、リスクの内部保有分がキャプティブに留保されることになる。

ただし、日本をはじめ多くの国では国内にキャプティブを設立することが法制上困難であるため、海外で設立することが必要となる。しかし、日本では国内の資産や賠償責任の保険を海外の会社に直接かける(海外直接付保)ことが禁止されているため、日本の企業が当方式によるキャプティブを設立することはきわめて非現実的である。

また、元受けキャプティブは保険会社としての煩雑な諸業務(保険証券の発行、査定など)を行う必要があることも課題となる。

[2]再保険キャプティブ

親会社から同一国に所在する保険会社にリスクを引き受けてもらい、大部分を再保険の形でキャプティブに出再する。キャプティブは一部を自己保有し、残りを再保険マーケットに出すスキームである。

再保険の取引には国境がないため、キャプティブはタックスヘブンに立地しながら親会社のリスクの引き受けが可能となり、また、元受けとならないため業務も簡素化できる。以上の特性から、現在設立されているキャプティブの過半数は当方式で行われている。

3 キャプティブのメリットと課題

以上に示したキャプティブのスキームを用いることによる企業のメリットは以下の通りである。

[金銭面でのメリット]
・リスクの自家保有(自家保険)による保険コストの低減(保険会社が得ていた利益の分配)
・合法的な節税
・保険会社に対する保険料率等に関する交渉力の増加(保険会社への依存度の低下)
・投資収益(自己保有分保険資産の運用益)
[リスク管理面でのメリット]
・既存保険マーケットにおける引き受け拒否への対応(PL関連など)
・効率的なリスクマネジメントの実現(会社各部門ごとの特性に応じた適切なリスクマネジメントとコスト)
・リスクマネジメント効果の定量的な把握(リスクマネジメントの結果がキャプティブの利益に反映)
[その他]
・再保険マーケットへの参入
このように、キャプティブは企業にとって非常に魅力的なものであり、一般の保険会社を用いたリスクマネジメントでは得られないメリットを企業にもたらすものである。

一方、キャプティブが持つ課題としては、次のとおりである。
・再保険型では元受け保険会社と密接な関係を築く必要があるが、一部ではキャプティブと既存保険会社は競合関係になるため連携を図ることが難しくなるケースも想定される
・設立当初は資本金の範囲でしかリスクを負担できないため、資本金を相当規模にするかもしくは限定されたリスク負担をする必要がある
・キャプティブの運営や再保険マーケットへの参入には非常に専門的な知識を要する
等があげられ、キャプティブの設立には既存保険会社との良好な関係の構築と適切な業務範囲の設定、ノウハウの見極めが非常に重要である。

キャプティブとは、冒頭にも述べたとおり保険会社を通じてヘッジしていたリスクを内部化することであるため、当然、自社のリスクの所在、想定されるリスク量等を的確に把握し、管理する能力や再保険マーケットへのアプローチなど専門的なノウハウが必要となる。このため、キャプティブのマネジメント会社に業務を委託することで専門的なリスク評価、リスク処理の水準を達成することが必要となる。(マネジメント会社としては、保険ブローカーやロイズなどの再保険会社、保険専門コンサルティング会社がある。一般に保険会社もコンサルティング業務を行うことがあるが、自己の利益との相反の問題があり理想的なマネジメントは望めない)

4. 「第3の収益源」としてのキャプティブの可能性

キャプティブは、リスクマネジメント手法の高度化という基本的な役割に加え、親会社にとっては「第3の収益源」としての活用も可能である。前述のとおり、キャプティブは親会社のリスクを引き受ける代わりに、保険料を受け取り、再保険に出した残りのリスクを保険資産として自己保有することになる。一般の保険会社は保有保険資産を運用することによる利益を上げているが、キャプティブにおいても同様に保有保険資産プラス資本金を運用することができる。これは、本来であれば保険会社があげるべき保険資産の運用益をキャプティブという仕組みを用いて親会社が享受するということである。さらに、キャプティブはタックスヘイブンに設立されることから、税制面でも有利となる。

キャプティブ設立当初は資本金および自己保有保険資産がさほど大きくないため新たな収益源としてのメリットはさほど期待できないが、ある程度の期間が経過し、さらにグループ企業からのリスク引き受けの拡大などによりキャプティブの保有する資産が大規模になれば、第3の収益源としての可能性が期待できる。

ただし、キャプティブによる親会社以外の保険引受先の拡大はリスクコントロールの難しさを増大させることから、慎重に対応すべきである。実際、親会社以外のリスクの引き受けを拡大して失敗に至ったキャプティブは過去多く存在している(某大手国際石油会社が設立したキャプティブWalton社の倒産など)。

5 わが国におけるキャプティブ導入の現状

前述のとおり、現在、全世界では約3,500社のキャプティブが存在するが、専門家による予測では21世紀には5,000社を超えるものと予測されている。わが国においては、1973年に三光汽船が元受け型のキャプティブをバミューダに設立したのが始まりであり、これに続いて日本郵船や大阪商船三井等が相次いで同地に設立を行った。1996年現在、日本企業が所有するキャプティブは海外子会社の所有分や外国企業との合弁による所有を合わせても1994年3月時点で73社ある。業種としては海運、石油、総合商社、食品、リース、航空、旅行代理店、自動車メーカーなどである。国内企業が持つキャプティブは、三光汽船以後はいずれもが再保険型であり、税制や規制を勘案するとわが国におけるキャプティブは今後も再保険型が主流となることが予想されている。

日本国内にキャプティブを設立することは法制上、税制上難しく、海外での設立を行うことが必要である。設立の立地選定については、キャプティブ設立に特別法(保険法)を設定している国に設立することが必要となる。これら特別法を有する国(注1)ではキャプティブの設立に特別な優遇措置(資本金等の設立条件や税制など)を与えている。

6 わが国におけるキャプティブの展望と課題

わが国においても、今後、様々な業種の多くの企業がキャプティブに対する取り組みを本格化するものと想定される。当面は、キャプティブの性格上、スケールメリットを享受できる大規模な企業が中心となってくるであろう。英国系の保険ブローカーの試算では、現在日本企業でキャプティブの企業化が可能な条件は損害保険料が年間1億円を超え、過去10年間の累積損害率が30~40%程度であることが必要である。

わが国のキャプティブを取りまく環境は1996年4月に施行された保険業法の改正(注2)により今後急速に整備されるものと想定されており、様々な企業において同スキームを用いたPL対応(注3)など新たな経営戦略が展開されるものと見込まれる。実際、キャプティブは米国企業等においてPL関連のリスクマネジメントに適用されており、日本企業ではトヨタ自動車、本田技研工業などがキャプティブによりPL対応を行っている。ただし、PL保険は非常に大きなリスクを伴うため、キャプティブの活用は定常的に発生を予測できるものに限定するべきであり、キャプティブが全てのPL関連リスクに適用されるべきものではないことに留意する必要がある。

また、キャプティブを用いたリスクマネジメント戦略と財務戦略は、設立要件を満たす大企業のみならず、中小事業者にも導入することも考えられる。これら中小事業者は体力的に単独ではキャプティブの設立は難しいため、「グループ・キャプティブ」と呼ばれる複数企業共同型のキャプティブを設立することで対応が可能である。グループ・キャプティブの例は日本では例がほとんどないが、海外では会計事務所、病院、学校、医師、建築事務所、金融機関、電力会社、食品など広範囲な業種の中小事業者が活用している。

グループ・キャプティブの設立には、同種のリスクを抱える企業が共同する必要があるため、業界がまとまっての対応や中小企業支援施策として政府主導のモデル事業としての展開など様々な仕組みづくりが必要であると考えられる。

今後、わが国におけるキャプティブの展開については、保険業界や監督官庁における柔軟な対応も必要であり、更なる規制緩和の推進やオープンな保険マーケットの展開がキーポイントとなる。具体的には次の3点を指摘することができる。

[1] 海外直接付保の禁止(保険業法)

航空機や外国貨物など一部は新保険業法で解禁されたが、一般には海外に所在するキャプティブに直接保険をかけることは禁止されている。海外では、欧州ではEUに属する国間に限り自国外の保険会社への国外付保が1994年に解禁され、ドイツ企業のキャプティブが急増した事例がある。また、米国では国外直接付保は禁止されているが、サープラス・ラインと呼ばれる特認制度(自国にない保険は海外に付保できる制度)により実務上の規制は非常に緩やかである。わが国においても、海外に付保できるように更なる規制緩和が求められる。

[2] 再保険取引の規制(大蔵省通達)

海外直接付保の禁止により日本企業のキャプティブは再保険キャプティブにならざるを得ないが、日本の保険会社は再保険会社との取引内容を監督官庁に届け出ることが通達で求められており、キャプティブへの再保険には行政指導を受ける可能性があるといわれており、保険会社のキャプティブへの取り組みを消極化させていることから、新保険業法のもとでの通達内容の緩和もしくは廃止が求められる。

[3] 保険会社の非公認カルテルによる制限

法的規制ではないが、国内の保険会社間では、リスクが低く収益性の高い再保険について、再保険先は国内を優先させるという取り決めがある。この取り決めにより、キャプティブがリスクが低く収益性の高い再保険を海外で付保することが実質的に制限されることとなる。この非公認カルテルについては、公正取引委員会により改善の指導がなされているが、新保険業法で規制緩和された生損保の相互乗り入れや外資系保険会社の参入などを促進することにより競争を激化させることで解消が可能である。

さらに、キャプティブの計画、立案、実施には専門的なノウハウが必要であるため、これらをサポートするコンサルティング機能の整備も必要となろう。



■現在、キャプティブに特別法を有する地域はバミューダ、シンガポール、アイルランド、ルクセンブルグ、米国(バーモント州、ハワイ州)など58カ国(州)ある。
■保険業法改正によるインパクト
1996年4月の保険業法改正によるキャプティブに対するインパクトとしては下記のとおりである。
・保険ブローカー制度の導入による外国保険ブローカーの国内進出(外国保険ブローカーはキャプティブのノウハウを持ち、再保険マーケットへの影響力も大きい)
・生損保相互乗り入れ(保険元請けの選択肢の拡大による損保マーケットの寡占状態の解消が期待され、元請け先の選択肢が拡大)
・大蔵省の監督方法の変化(新保険業法では保険会社の支払い能力(ソルベンシー・マージン)が主な監督内容となったため、再保険取引内容などの個別監督の廃止が期待されている)
■キャプティブによるPL関連リスクへの対応の特徴
・PL関連リスクについては、メーカーなど大規模な企業においては定常的に発生しており、例えば、自動車関連企業では、PL関連の訴訟防御費用や和解・示談金、賠償金など年間10~20億円程度の費用が定常的に発生している。また、PL関連リスクは原因発生から訴訟や和解などのための費用発生が長期間に及ぶことが多い。このため、統計的に見て自社内である程度の発生リスクを読める場合には、キャプティブによる自家保険の方が合理的である。
・一般の保険会社が引き受けないリスクを処理できる。例えば、製品リコール費用などは意図的な保険事故の発生の可能性(モラル・リスク)があり、商業保険ではカバーできないため、キャプティブによる自家保険が有効である。
・コストの安い再保険マーケットに直接アプローチでき、一般の保険会社に比べて低コストでPL保険が可能である。また、一般の保険会社のPL保険料はその業種の平均値を持って算出されるため、優良な企業においてはキャプティブの方が保険料を下げることができる。
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