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Business & Economic Review 1996年08月号

自律回復移行への鍵を握る設備投資の行方

1996年07月25日 蜂屋勝弘


1.情報・通信が牽引役

1992年1~3月期以降3年間にわたって減少傾向が続いた民間設備投資(GDPベース、実質)は、95年4~6月期に前年同期比2.5%とプラスに転じた後も増加傾向が持続、さらに96年1~3月期には同7.4%と増勢が強まるなど回復傾向が鮮明になっており、95年度年間では前年比5.1%と3年振りの増加を記録している。

これを業種別にみると、95年度の全産業の設備投資(法人企業統計季報ベース、名目)の前年比5.3%に対する寄与度の上位三業種は(i)電気機械器具製造業、(ii)事業所サービス業、(iii)その他の運輸・通信業であり、それぞれの寄与度は1.4%、1.1%、0.9%と、この3業種だけで全体の64%の寄与を示している(図表1)。このうち、電気機械器具製造業と事業所サービス業は、94年度には設備投資全体が同▲8.8%となるなかで、それぞれ0.9%、0.6%の寄与度を示し、95年度と同様に1位、2位を占めた。これら3つの産業に共通して言えることは、いずれも最近成長が著しい情報・通信関連分野が含まれている点である。すなわち、電気機械器具製造業にはパソコンやその周辺機器、携帯電話等の情報・通信機器、半導体などの電子部品が、また、事業所サービスには企業向けの情報端末などのリース業、情報サービス業などが、その他の運輸・通信業には携帯電話やPHSサービスといった移動体通信分野が含まれている。

次に、設備投資の中身を投資形態別にみると、生産関連投資の低迷が持続する一方で、情報・通信関連投資と建設投資の寄与が大きい。情報・通信関連投資と生産関連投資の動向をみるために、機械受注(民需)を電子・通信機械受注とその他受注に分けると、前者が95年度には前年比13.7%増加しているのに対し、後者は同0.5%の減少となっている。一方、95年度の民間建設工事受注(非住宅、土木を含む)は同1.5%増となっている。民間建設工事受注増加の要因をやや詳しくみると、電気機械工業など機械関連工業による工場建設や、運輸・通信業による倉庫・流通施設などのほか、卸売・小売業、飲食店を中心にした店舗、サービス業による医療福祉施設建設などの寄与が大きく、情報・通信関連産業好調の波及効果に加えて、大規模小売店法の運用緩和の効果や医療福祉サービスの充実といった新たな動きがみられる。ちなみに、民間設備投資の増加に対するこれら3分野の寄与度をみると、95年度の名目設備投資(GDPベース)増加率3.4%のうち、情報・通信関連が2.1%、生産関連が▲0.5%、建設関連が1.9%と試算される。

以上を要すれば、最近の設備投資回復は情報・通信分野が牽引役となっているといえよう。

2.設備投資回復の背景

このような設備投資回復の背景としては、次の3点が指摘できる。

第一は、内需の回復である。個人消費が緩やかな回復基調を続けているほか、財政・金融面からの政策効果の顕在化によって、公共投資と住宅投資が大幅に増加している。昨年夏場以降の円高是正によって企業マインドも上向きに転じており、企業の投資姿勢も大企業を中心に積極化の兆しが窺える。

第二は、投資採算(固定資産収益率-長期プライムレート)の改善である。90年代入り後の投資採算の推移をみると、採算の悪化傾向が長期化していたが、93年末以降ようやく改善に転じており、これが設備投資回復につながっている(図表2)(注1)。

投資採算改善の背景には、未送Lの低金利の恩恵と企業リストラによる収益体質の改善がある。すなわち、企業の収益体質を表す損益分岐点売上高比率は93年10~12月期に92.0%とピークをつけた後は低下局面に入り、96年1~3月期には88.2%まで下がっている。こうした損益分岐点低下の背景には、(i)低金利を反映した利払い費負担の軽減や、(ii)人件費負担の頭打ち等を受けて、固定費負担が軽減されていることがある(図表3)(注2)。

第三は、バランスシートの改善である(図表4)。企業の債務負担の重さを長期金融負債残高(長期借入金+社債)の経常利益に対する倍率でみると、同倍率は90年代入り後急上昇し、93年10~12月期のピークには17.9倍と80年代平均の5.7倍を大きく上回るに至った。しかしながら、94年以降は長期金融負債残高が頭打ちとなるもとで、経常利益が回復に転じたことを映じて同倍率は11倍まで低下している。もっとも、同倍率の水準は適正レベルとみられる80年代平均を依然大きく上回っており、最近の設備投資回復が全体としてはキャッシュフローの範囲内の緩やかな回復にとどまっている大きな原因となっている。

3・設備投資回復の持続力

それでは、以上の分析を踏まえて今後の設備投資動向をどうみるべきであろうか。結論を先取りすれば、通信分野等の情報関連投資の根強い増勢が見込まれることに加えて、投資採算の改善やバランスシート調整の進展等投資環境の改善を受けて今後とも設備投資は堅調な増勢を持続すると判断される。

96年5月調査の日銀短観によれば、96年度の主要企業の設備投資計画は製造業で6.7%、非製造業で5.7%、全産業では6.0%と2月調査(製造業▲2.0%、非製造業1.9%、全産業で0.6%増)対比大幅に上方修正されている。業種別にみると、製造業では電気機械が95年度の25.2%増から96年度には5.8%増に伸びが低下するものの、紙パルプ、化学、金属製品、一般機械、造船・重機、自動車、精密機械などが軒並み2桁の増加を計画しているほか、非製造業でもバブルの後遺症の残る建設・不動産を除けば、小売、運輸・通信、電力・ガス、サービス、リースが前年度の伸びを上回る投資を計画しているなど、全体としては堅調な計画となっている。

もっとも、現状の設備投資計画が今後大幅に上方修正される公算は小さいとみられる。70年以降の日銀短観の設備投資計画の修正状況をみると、年度実績が5月時点計画を上回ったのはバブル期の87年度から91年度までの5回しかなく、このときの平均修正幅(伸び率ベース)は4.5%ポイントである(図表5)。仮に、96年度の設備投資実績が4.5%ポイント上方修正されたとすれば10.5%に、88年度にみられた最大値(7.5%ポイント)と同じだけ上方修正されたとすれば13.5%となるが、その場合でも設備投資は過去の回復局面並の増加率となる。今回の回復局面では、各種の構造調整圧力が残存していることを背景に、中小企業や非製造業の設備投資の回復が遅れており、全体としての設備投資の回復力は過去の回復局面に比べて緩やかなものにとどまるとみておく必要があろう。

さらに、短期的には現在の設備投資の最大の牽引役となっている情報通信関連投資の一翼を担う半導体投資の先行きに黄信号が灯っており、先行き要注意である。すなわち、半導体投資の先行き鈍化懸念の背景には96年入り後台頭した半導体需給の緩和顕在化がある。具体的には、(i)米国のBBレシオ(半導体受注/半導体出荷)が年初来5カ月連続で1を下回り続けていること、(ii)わが国企業の得意とする半導体メモリーの価格が年初来急落傾向にあり、供給過剰が表面化していることなどである。まず、BBレシオは96年に入って5年ぶりに1を下回り、5月には0.84と依然供給過剰の状態が続いている(注3)。一方、メモリー価格は4メガDRAM、16メガDRAMともに96年央現在、95年末対比4~5割安となっている。4メガは次世代の16メガへの世代交代期に当たるため、価格下落は当然ともいえるが、主力の16メガについては韓国、台湾メーカーの供給能力拡大もあって、半導体各社の当初の予想を上回るペースで価格下落が進んでおり、採算ラインに近づいていると言われている。これを受けて、大手半導体メーカーは半導体の増産計画の凍結や減産計画を打ち出し始め、新規の半導体投資にも慎重になっている。96年度の電機大手5社(日立製作所、東芝、三菱電機、NEC、富士通)合計の半導体設備投資額は前年比0.4%と95年度の同67.4%増から大きく鈍化する計画となっている(出所、日本経済新聞等)。

半導体業界の設備投資は、景気が回復に転じる前の93年度以降3年間にわたって高い大伸びが続いてきただけに、供給力が拡大しており、パソコン等の需要の大幅な伸びやメモリー用途の多様化などの事情を考慮しても、いずれ供給力が需要を上回ってくる可能性が強いとみられる。ちなみに、半導体製造装置受注の半導体生産額に対する割合をみると、91~92年の半導体不況期の直前のレベルであった14%レベルをピークに低下に向かう兆しをみせており、これに伴い半導体製造装置の受注の伸びも足元で大幅に鈍化するなど、半導体投資計画が先行き一段と下方修正される可能性を示唆している(図表6)。

以上のようにみると、設備投資が全体として腰折れするリスクは極めて小さいとはいえ、半導体投資の先行き不透明等の懸念材料も併せて勘案すれば、過去の回復局面のように、加速する可能性も同様に小さく、今回の場合、設備投資は緩やかな回復にとどまるとみておく必要があろう。

(注1) 投資採算と設備投資の前年比増加率の推移をみると、両者はほぼパラレルに動いているが、とくに90年代入り後の両者の動きを子細にみると、投資採算が93年10~12月期以降持ち直しに転じた後、94年1~3月期以降設備投資のマイナス幅が縮小に転じ、95年4~6月期以降投資採算が大幅に改善すると同時に、設備投資も増勢に向かっている。なお、92年から94年までの間については、投資採算の落ち込み以上に設備投資が落ち込むなど、過去の設備投資の低迷局面にはなかった現象がみられるが、この背景としては、バブル崩壊による企業のバランスシートの悪化が企業の投資行動の慎重化を増幅させていた可能性が指摘できよう。

(注2) 売上高利払い費比率は90年10~12月期の2.8%をピークに低調基調にあり、96年1~3月期には1.3%と半減している。また、売上高人件費比率は91年以降一本調子の上昇を示した後、94年以降は過去最高水準ながら、それまでの上昇傾向には歯止めがかかっている。売上高減価償却費比率もこれまでの投資抑制を映じて93年後半以降低下傾向にあり、これらの結果、売上高固定費比率は93年10~12月期の17.9%から16.7%まで低下している。

(注3) もっとも、BBレシオについては、5月にはやや持ち直す兆しも出てきており、年初来急速に伸びが落ち込んだIC輸出数量についても5月には再び増加に転じるなど、先行き一本調子で低下が続く状況にはないため、これがIC生産の減少を通じて景気全般に悪影響を及ぼす可能性は、今のところ小さいとみられる。
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