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Business & Economic Review 1996年02月号

【PERSPECTIVES】
わが国企業の収益状況-法人企業統計の上振れ

1996年01月25日 蜂屋勝弘


1.上振れしている法人企業統計

(1)企業収益の状況

わが国企業の収益状況をみると、上場企業の95年度9月中間決算では全産業ベースの経常利益が前年同期比2割方の増益となった(図浮P)。その背景には企業の合理化・リストラ努力の奏功や円高是正等の要因が指摘できる。もっとも、大企業から成る上場企業ベースの収益動向とは対照的に、中堅・中小企業の状況は大企業の海外シフトやコストダウン要請等合理化の煽りを受けて依然として厳しいとみられる。このため、わが国の企業収益の全体像を正確に捉えるためには中堅・中小企業を含めたより幅広いベースで収益動向をみる必要がある。

こうした視点からしばしば利用される統計に法人企業統計季報がある。この統計は資本金1000万円以上の企業を調査対象としており、大企業だけでなく中堅・中小企業の収益動向も反映されている(注)。この法人企業統計季報によって企業収益動向をみると、95年度上期の経常利益は前年同期比7.7%増益と、上場企業ベースに比べて伸び率は低いものの、企業収益の増益基調は確認される。

しかしながら、この法人企業統計季報の計数は以下のような事情から、実体よりも上振れしている可柏ォがある。

(2)季報と年報の乖離

第一は、法人企業統計季報が企業の四半期ごとの仮決算数値を集計しているため、企業収益の実態を正確に反映していない可柏ォがあることである。

すなわち、仮決算数値である季報の計数の一年分を合計しても本決算数値である法人企業統計年報の計数とは一致しない。例えば、94年度の経常利益の伸び率は季報ベースでは前年比17.2%の2桁増益となっているのに対し、同年度の資本金1000万円以上企業の経常利益を年報ベースでみると同8.8%の増益と伸び率が半減する。

年報ベースと季報ベースの経常利益の伸び率を時系列で比較すると(図浮Q)、経常利益が回復に向かう局面では経常利益の伸び率は年報ベースに比べて季報ベースのほうが高く、逆に悪化する局面では経常利益の伸び率は年報ベースに比べて季報ベースのほうが低くなる傾向がみられる。この背景としては、統計調査の回答に当たって仮決算を助ェに行うことのできない業種や企業が、企業収益の回復局面においては楽観的な方向に、企業収益の悪化局面では悲観的な方向にバイアスのかかった数字を暫定的に回答している等の事情が考えられる。

以上の点を勘案すると、足元95年度上期の経常利益の前年同期比7.7%の伸びが実態よりかなり上振れしている可柏ォは否定できない。現状、企業収益が一応の回復局面にあることに加えて、95年央以降の円高是正、秋の大型経済対策の実施等企業を取り巻く環境が好転しつつある。このような状況下、企業の将来に対する見通しが期待を込めた楽観的なものになる結果、法人企業統計季報の計数が上振れする可柏ォがあることに留意する必要があろう。

(3)最低資本金制度導入の影響

第二は90年の商法改正による最低資本金制度導入の影響を受けている点である。具体的には、最低資本金制度の導入によって、法人企業統計季報の調査対象法人数がそれ以前のペースを大きく上回って増加している。

最低資本金制度は91年4月から導入され、既存会社、新設会社を問わず一律に、株式会社では1000万円以上、有限会社では300万円以上の最低資本金額を義務づけるものである。既存会社については96年3月末日まで5年間の猶頼匇ヤが与えられ、この間に増資又は合名会社、合資会社への組織変更を行わなければならない。この手続きが行われなかった場合、96年4月1日のみなし解散通知を経て、6月1日以降は解散したものとみなされ、企業活動ができなくなる。さらに、みなし解散から3年以内に総会の決議を経て増資、組織変更を行わなければ解散ということになる。

これを受けて、零細・中小企業では増資が活発化し、法人企業統計季報の調査対象である資本金1000万円以上の企業数が大幅に増加している。調査対象法人数の推移をみると、90年代入り後全規模ベースの法人数が概ねそれ以前のトレンドに沿った増加ペースを維持しているのに対して、季報の調査対象である資本金1000万円以上の法人数はそれまでのトレンドを大きく上回るペースで増加している(図浮R)。95年度上期には、資本金1000万円以上の調査対象法人は前年比9.9%増加しており、このうち6.1%が最低資本金制度導入による押し上げ分とみられる。

このような調査対象法人数の増加は法人企業統計の計数を押し上げる形で出てくる。これはその計数が?集計値を集計法人数で割って調査対象法人数を掛ける、?資本金1億円以上10億円未満の階層(中堅企業)については、集計値の対資本金比率を集計法人数で割って調査対象法人の資本金累計額を掛ける、という形で算出されるためである。要するに、最低資本金制度導入による調査対象法人数の増加は法人企業統計季報の数値を大きく上振れさせているといえよう。

最低資本金制度導入による調査対象法人数の上振れ分を除くと、95年度上期の資本金1000万円以上の企業の経常利益は前年同期比1.7%の増益と、楓ハの同7.7%増から伸び率が大きく低下する(図浮S)。さらに、調査対象法人数増加による影響を完全に排除するために、一社当たりの経常利益(資本金1000万円以上法人)をみると、95年度上期は前年同期比2.1%の減益となり、収益の実態は見かけほど芳しくないことが分かる。

(4)法人税収との比較

ちなみに、このような法人企業統計の数値の上振れは経常利益の伸び率と法人税収との比較からも示唆される(図浮T)。すなわち、この両者の伸び率の推移をみると、ほぼ同様の動きをしているが、最近では経常利益が大幅なプラス傾向を示しているのに対して、法人税収は依然としてマイナス基調で推移しており、乖離が目立っている。ちなみに、足元をみると、95年度上期の前年同期比7.7%増益に対して、法人税収は同4.8%のマイナスとなっている。

(注)法人企業統計は金融・保険業を除く国内に本店を有する営利法人を調査対象とした標本調査で、季報と年報の二種類が公浮ウれている。季報と年報の主な相違点は、季報が仮決算の集計値に基づいているのに対して、年報は本決算の集計値に基づいている、季報の調査対象が資本金1000万円以上の営利法人であるのに対して、年報は全営利法人(両者とも金融・保険業を除く)、等である。

標本法人は毎年3月末日現在(資本金一億円未満の法人については前年10月末日現在)の法人名簿、その他大蔵省の資料による全国の営利法人から資本金階層ごとに無作為に抽出される(ただし、資本金10億円以上は全数調査)。季報においては、毎年4~6月期調査時点で標本が変更され、一年間固定される。この際、標本替えとともに、前年中の増資法人や新設法人等が調査対象法人(母集団)に加えられる。ちなみに、94年度における調査対象法人数は2,407,278社、標本法人数は30,502社、回答(集計)法人数は26,219社、回答率は86.0%となっている。

2.企業収益の実態は楽観視できない

法人企業統計において、調査対象法人数増加の影響を除くと、以下のように現状の企業収益状況や設備投資動向が依然楽観視できないことがわかる。

(1)遅れる中小企業の収益回復

まず、経常利益の推移を資本金規模別にみると、大・中堅企業と中小企業との間の回復ペースの格差が一段と鮮明になる(図浮U)。これは最低資本金制度導入による法人数増加の影響が資本金1000万円以上1億円未満の中小企業に現れているためである。95年度上期の資本金規模別の経常利益の楓ハの数字をみると、大・中堅企業では前年同期比13.7%増益、中小企業では同1.0%の減益と明暗が分かれている。これを1社当たり経常利益でみると、大・中堅企業の前年同期比12.1%増益に対し、中小企業は同10.2%の大幅減益となっている。

(2)設備投資動向

収益回復の遅れは企業の設備投資動向にも悪影響を与える。95年度上期の設備投資の楓ハの数字は前年同期比3.6%の増加となっている。ところが、1社当たりでみると同5.8%の減少となっており、企業の投資意欲は依然強いとは言い難い状況にある。

とりわけ、今回の局面では、大・中堅企業と中小企業の収益回復ペースの格差を反映して、大・中堅企業対比、中小企業の設備投資の回復が遅れている(図浮V)。過去の設備投資回復局面では、中小企業の回復が大・中堅企業へと波及していくのが通例であったことを勘案すると、今回の局面は様変わりである。資本金規模別に一社当たりの設備投資額をみると、95年7~9月期に大・中堅企業の設備投資が前年同期比3.4%と増加に転じている一方、中小企業の設備投資は同4.0%減とマイナス幅は縮小傾向にあるものの、依然として前年割れを持続している。

(3)重い債務負担

中小企業の設備投資回復が大・中堅企業の回復より遅れている背景には、債務負担の軽減ペースの差がある。すなわち、大・中堅企業の債務負担が軽減に向かっているのに対して、中小企業の債務負担は依然として極めて重い状況にある。債務負担の程度を長期金融負債残高(長期借入金+社債)と経常利益との倍率でみると、94年度の大・中堅企業の長期金融負債残高が経常利益の12.7倍と、93年度の14.4倍から低下しているのに対し、中小企業は93年度の16.7倍から94年度には20.2倍へと上昇している(図浮W)。足元でも、債務負担の格差は引き続き拡大傾向にある。95年度上期の負債残高の伸びと経常利益の伸びが下期も続くと仮定すると、95年度の負債残高は大・中堅企業で経常利益の10.9倍、中小企業では21.8倍になると試算される。

将来の収益状況が不透明なもとでの債務負担の重荷は、新規借り入れの抑制や、内部資金の借入金返済への充当といった動きを通じて設備投資にマイナスの影響を与えていると判断される。今後、大・中堅企業の海外シフト、下請け企業へのコストダウン要請等の持続が見込まれるもとで、中小企業と大・中堅企業との間の収益力格差は一段と拡大していく公算が大きい。これを受けて、設備投資は今後も大・中堅企業と中小企業間の格差の拡大を伴った、緩やかな回復にとどまるものとみられる。
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