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Business & Economic Review 2009年12月号

【特集2 ヒトの面からみた地域再生】
地域における雇用創出の可能性-イギリスの社会的企業を参考に

2009年11月25日 高坂晶子



要約

  1. 2002年度以降、わが国は長期の景気拡大局面にあったが、強固な経済集積のない地方の多くは、公共事業が削減されるなか不況から脱することができず、さらに2008年秋の金融危機を境に、工場誘致
    の恩恵を享受していた一部地方も、急激な雇用縮小に直面した。

  2. 地方経済や雇用の在り方を考えると、グローバル経済の下で途上国との工場誘致競争に勝利することは容易ではない。さりとて、国、地方共に深刻な財政事情を抱えるなか、公共事業や財政移転による雇用維持も難しく、今後、強固な産業集積のない地域には新たな戦略が求められる。

  3. わが国に先駆けて経済停滞と雇用縮小を経験したEU諸国は、失業者の増大によりもたらされる地域社会の荒廃を問題視し、雇用に焦点をあてた経済政策を採ってきた。なかでもイギリスは、産業集積の乏しい地域における雇用の担い手作りに政策的に取り組んできた。とりわけ注目されるのは、従来、篤志的な社会活動に従事してきたNPOを、雇用創出と地域再生を担う「社会的企業(Social Enterprise: SE)」に育て上げる施策が積極的に展開されたことである。本政策は奏功し、今回の金融危機においても、SEは地域の失業対策に重要な役割を担っている。

  4. イギリスのSEは「民間的経営手法を取りつつ公益事業を行なうビジネス主体」と定義され、2009年現在、全英の事業主体の約6%に当たる6.2万組織が存在する。2007年度の付加価値生産額は8.4億ポンド(1,218億円)、雇用者数は54万人にのぼる。

  5. 事業分野は医療、福祉、教育、施設運営、就業支援等多岐にわたる。具体例をみると、①高齢者、障害者ケア事業を技能訓練の場としても活用し、域内の失業者を雇用してケアサービス分野の資格取得を促すケース、②自治体の体育施設を運営してきた現業部門がスピンアウトし、施設管理事業と並行してスポーツ振興、健康増進、青少年育成に取り組むケース、③語学等のハンディを負う移民向けの就業支援からスタートし、母親の就労で必要となった保育や教育事業に進出して自ら地域雇用を創出するケース、④住民の生活再建と地域再生のため、カフェや児童施設を交流拠点に就労支援や保育、青少年教育、高齢者介護等多面的なサービスを提供するケース、等がある。

  6. 政府はSEセクターに対し、①民間的経営研修など担い手の育成、②自治体はじめ地域組織との連携促進、③認知度の向上支援、等を行なっている。これに対しSEの側も、①ユニークな事業企画と他セクターとの連携、②事業環境や規制に関する要望、提言、③事業基盤の強化等に積極的に取り組み、自立を図っている。

  7. 翻ってわが国の状況をみると、新たな民間公益主体の形成を目的として、98年に特定非営利活動促進法(NPO法)が施行されたが、民間的経営手法を活用して公益事業を行なう、いわば「日本版SE」に相当するNPOは極めて少ないのが現状である。大半のNPOは篤志的な運営体制やメンタリティを残し、マンパワーや財政基盤の脆弱さ、ガバナンスの未熟さ等の問題を抱えている。政府もSEという事業セクターに関する認識は乏しく、育成支援の対象とする動きは鈍い。

  8. 少子高齢化と財政危機に直面するわが国では、今後、住民の求める公益サービスを行政がフルセットで提供することは困難である。行政に代り、民間が地元の資源・人材を活用しつつ公益事業に取り組む方式に転じ、地域社会の存続可能性を高める必要がある。その担い手として日本版SEの育成が望まれる。以下の2点が当面の課題といえる。①地元に密着して事業を進めるイギリスの例を参照し、地域単位で育成策を策定、実行する。具体的には、自治体は地元ニーズに合致し、かつSEに適した公益事業の内容を洗い出し、権限・財源を民間にゆだねて事業化を促す。またSEを支える基盤として、地域の経済主体や教育・医療機関等を加えたネットワークを構築する。②政府は日本版SEの事業環境整備と担い手育成に専念する。具体的には経営相談や研修機会の提供、公的助成対象の見直し=SEの対象化、SEに適した法人格の整備、SE向け投融資スキームの設計、SEをアピールする広報・啓発活動、等に取り組む。

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