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Business & Economic Review 1998年01月号

【PERSPECTIVES】
「地方主権」時代における市町村合併のあり方

1997年12月25日 調査部 高坂晶子


1.今なぜ市町村合併か

97年に入り、合併問題に取り組む市町村が急増しつつある。自治省が新聞報道等を基に調べたところ、97年10月27日現在、30都道府県の62地域で合併が討議されているという。各市町村が合併を検討する動機としては、(1)地域中核都市、経済拠点の形成(徳山、諏訪湖周辺)、(2)自治体権限の強化(大宮・浦和・与野、静岡・清水)、(3)支援特別措置(産炭地域等)の期限切れに伴う新たな地域振興策の模索(田川)、(4)介護保険導入に備えた福祉基盤の整備(志摩)、等がある。

このように合併に取り組む事情は地域によって異なるものの、近い将来、市町村にとって合併問題を検討する必要性は相当高まるものと予想される。その理由の第1として、近年わが国において地方分権の推進が叫ばれている事情がある。中央政府の画一的な方針に沿ってナショナルミニマムを追求する時代はすでに終わりつつあり、今や個々の地方自治体が権限と財源を持ち、住民ニーズに迅速・敏感に対桙オた独自策を行う「地方主権」の時代が待望されている。来るべき分権型社会においては、人口や風土・産業等の条件を生かしつつ地域間競争に勝ち抜く必要上、個性的な地域経営が不可欠となり、自治体はそれぞれ望ましいサービス水準とそれに見合った規模を住民主導で決定することが求められる。市町村の場合、住民に最も身近な基礎的自治体として、(1)医療、介護、教育等生活関連サービスの提供、(2)生活圏の拡大や情報化、住民の価値観の変化、地域社会の国際化等により高度化、多様化する住民ニーズへの細やかな対応、が最低限必要となろう。この種の高度な行政サービスには専門的な人材・組織が不可欠であり、市町村は財政基盤の強化、行政運営の効率化に取り組まざるをえないが、現行規模ではスケールメリットが働かず十分な対処は困難な場合が多い。

市町村が合併に取り組まざるを得ない第2の理由は、行政改革の必要性である。わが国では深刻な財政状況の下、行政改革が喫緊の課題となっており、地方においても簡素で効率的な体制が強く求められている。各自治体は1995年以来、職員の意識改革、事業事務の見直し、組織のスリム化、定員・給与の適正化等多岐にわたる行政改革大綱を策定している。これらの実現には種々の障害が予想されるが、議員定数等の削減を伴う市町村合併は「究極の行革」としてまたとない推進力を発揮するものとみられ、政府・自治体の関心を集めている。一方、地域住民や地方経済団体の間でも、隣接市町村に類似施設が建設されたり、生活圏と行政圏の不一致のため一体的な地域開発が阻害される事態に対して批判や不満が生じており、合併を通じた地方行政の効率化に対する関心は高まりつつある。

合併の今日的意義の高まりを受け、中央では関連省庁・組織がこの春から合併推進策の検討に着手しつつある。しかし、これらの多くは、国や都道府県の主導による指針の作成、合併パターンの提示等を内容としており、当事者たる市町村をさしおいた論議の行方を危ぶむ声も強い。本稿では、「市町村が主導的に取り組みうる合併の仕組み」を目指し、過去の合併の経緯、合併の阻害要因とその解消策、地方主導の合併を支援するために国がなしうる施策のあり方、残された課題等についてとりまとめたものである。

2.現在求められている市町村合併のあり方

本節では、今後あるべき市町村合併の方向性を考えるうえで、最も基礎となる観点を2つ指摘しておきたい。

第1に、地方への権限移譲の流れに沿った市町村合併を追求することである。来るべき分権型社会においては地方の独自性や個性が重んじられるので、過去にみられたような全国レベルの合併計画を作って(後述)自治体に強制する手法は望ましくない。国は市町村の自主的取り組みを促し、支援する仕組みを一義的に考えるべきである。

現在、政界やマスメディアの間では、地方に移譲予定の権限を自己完結的に行使しうる自治体規模を規定し合併の基準とする構想、あるいは全国を衆議院小選挙区と同じ300自治体に分けるプラン等が提出されている。しかし画一的な基準や区分は、合併の強制同様、分権型社会の性格を無視しており、適切な市町村合併のあり方とはいい難い。住民自治を重視する視点から、「あらゆる事務はまず住民に最も身近な自治体の権限としたうえで、手に余るものから順次広域的な団体に委託する」という補完性(subsidiarity)原則を取るEUの事例等を参考とすることが望ましい。

第2は、市町村合併を、進行しつつあるわが国財政改革の一環として把握することである。現在、地方財政は全体で147兆円の債務を抱え、深刻な財政難に陥っているが、その背景には国の関与と保護の下で自治体が財政自主権を持たないため、財政規律が働かないまま地域経営がなされてきた事情がある。具体的には、(1)中央の関与や補助金に規制され自立的な地域経営ができない、(2)財政力が弱い自治体でも手厚い調整制度の恩恵で高度な行政サービスを提供できる、半面、(3)税収増に努めるとかえって地方交付金を減額され、自治体の自助努力を否定する等、制度的な問題が多々指摘できる。

地方財政の再建には自治体の財政自主権の回復と財政規律の貫徹、および自治体の財政運営に対する市場のチェックの導入が不可欠である。このため、(1)国による財政調整とそれに基づく政策誘導を極力排し、(2)各自治体に財政責任とコスト意識を持たせたうえ地域レベルの財政運営を委ね、(3)自治体が自由に市場で資金調達を行い、市場のチェックを受ける体制を整える、等の改革が急務となる。その際、現行規模では財政自主権の発揮が困難な自治体も多いことから、自立的な財政運営に耐えうる自治体の創設を念頭に、望ましい市町村合併のあり方を検討することが求められる。

3.過去の市町村合併とその背景

わが国の市町村合併の経緯をみると、(1)明治の大合併期、(2)昭和の大合併期、(3)「自主的」合併推進期、(4)「地方主導による合併」の模索期(現在)、という4つのエポックが挙げられる(図表1)。(1)~(3)期はいずれも国主導の合併であるが、(1)・(2)期については、国が先頭に立って合併を強力に推進したのに対し、(3)期の場合、国は主導権の発揮を枠組みの設定に限り、その他は地方の自主的取り組みに任せた。その後、80年代末に地方分権がいわれるに伴って(4)期に入り、地方主導の合併を国が支援する傾向が強まりつつある。

(1) 明治・昭和の大合併期の市町村合併

わが国は近代的地方制度導入以来、大々的な市町村合併を2度経験している。まず、1888年、明治政府は地方の行政能力向上を目的に、300~500戸をめどに村の統合を進めた。この「明治の大合併」の結果、7万以上あった村落は5分の1に激減し、幕藩制以来の自然村は人為的な行政単位に再編のうえ、中央集権的な統治システムへ組み込まれていった。

次いで合併が積極的に推進されたのは、第二次大戦後、地方自治の開始に伴って市町村の強化が課題となった折である。政府は人口8000人以上をめどに(注1)、県を通じた計画の策定、合併に消極的な市町村への総理大臣勧告など強力な指導によって合併を進めた。この結果、国が合併に着手した前後(1953~61年)を比較すると、地域差はあるものの市町村数は約3分の1となった。この「昭和の大合併」により、市町村の行政能力向上と事務執行の円滑化が実現し、中央主導のキャッチアップ型経済・社会開発に貢献した半面、伝統的コミュニティの崩壊、住民感情の対立等、様々な弊害も生じた(注2)。

(2) 1965年合併特例法下の市町村合併

昭和の大合併後、政府はこれら弊害への反省を踏まえた施策に転じた。すなわち、合併の奨励に慎重となり、合併を希望する市町村に対して既存制度の範囲内で特例措置を講ずるにとどめた。折しも、高度経済成長に伴う企業活動の広域化、交通・通信手段の発達に伴う生活圏の拡大など広域行政への要請が高まり、1965年、市町村の合併の特例に関する法律(以下、合併特例法)が策定された。同法の枠組みは、95年に現行特例法へ向けた大改正が行われるまで存続したが、その下での市町村合併の事例は145件にとどまっている。

これら145件の背景を大別すると、(1)政令指定都市への移行、(2)県庁所在地による周辺市町村の吸収、(3)地方中心都市による政令市、県庁所在地等への対抗策、(4)市制施行への準備、(5)非都市部町村による生き残り策、(6)学園研究都市等プロジェクトへの対応、となる。このうち(2)、(3)の事例が約7割を占めており、地域経済圏の中心都市が広域行政需要に対応すべく近隣市町村を吸収する図式がみてとれる。地方行政の広域化は、わが国の社会・経済的要請に応えた結果であるが、一方で東京はじめ拠点都市への著しい集中と町村部の過疎化をもたらし、新たな地方行政制度のあり方が問われる一因となった。

(3) 80年代末以降における市町村合併の傾向

80年代末、地方分権と規制緩和がわが国の重要課題となるに伴い、従来の国主導ではなく分権の受け手たる市町村の立場に立って合併を論ずべきとする声が生じた。その後、95年3月末で合併特例法が失効するのを前に、30年間維持されてきた枠組みの見直しが主張されたため、第24次地方制度調査会答申等を受けて合併特例法の抜本改正がなされた。

1) 現行合併特例法の枠組み 現行特例法(有効期間1995年4月~2005年3月)の特徴は、合併の障害除去に重点を置いた従来と異なり、合併推進のため国が各種措置を取ることを明記した点である。これは趣旨規定に端的に表れており、従来は「この法律は、市町村の合併を円滑にする」であったのに対し、現行法は「自主的な市町村の合併を推進する」としている。

支援措置の内容をみると、第1に、自主的合併を促すため財政上のインセンティブを導入している。以前の支援策は、合併で身分の失われる関係者の反対に備え、議員定数・任期、農業委員等の任期、職員の身分等を保障する特例が中心であり、財政面の措置は限られていた。しかし財政支援を求める自治体の声に配慮した結果、地方交付税の算定方法や地方債の発行条件の緩和等、財政面の手当が強化された。

第2に、従来は行政や議会の役割が中心であったが、現行法は有権者の50分の1の署名を要件に、自治体の長に対して合併協議会の設置を請求する住民発議制度を設けており、住民のイニシアティブを導入している。ただし、合併協議会の設置までには、住民請求を議会に付議するか否かについて合併対象市町村長の同意を得たうえ、合併にかかわる全市町村議会の可決が必要であり、越えねばならぬハードルは多い(図表2)。

第3に、現行特例法は、国と都道府県に対して市町村への情報提供やアドバイス、調整その他、積極的な支援に当たるよう求め、とりわけ広域自治体として調整に当たる都道府県の役割を重視している。従来、都道府県の役割は目標規定にとどまり、裏付けが希薄であったが、今回は市町村のまちづくり支援のために実施する都道府県の事業に対して国が財政的裏付けを保障するなど、実質的な関与を促す仕組みとなっている。

2) 現行制度下における市町村合併の動き

95年度特例法改正において、国は合併推進に積極的な姿勢を示したものの、法施行後、実際に合併が実現したケースは95年9月の鹿嶋市、あきる野市の2件のみである。また、97年10月1日現在、住民発議制度を活用した合併協議会設置請求は18地域50件に上るが、協議会が設置されたケースはわずか3地域5件、手続き進行中は2地域11件に過ぎず、約7割の34件は協議会の設置にまで至らなかった(注3)。

住民発議が不調に終わった34件のうち、合併対象市町村長より議会に付議しない旨の回答があったものが18件、議会で否決されたものが16件、うち住民発議のあった当の市町村議会も否決にまわるケースが8件あり、合併を求める住民と首長・議会の思惑に差があることがわかる。住民の請求を議会付議しない旨回答した合併対象市町村長からは、時期尚早、時間的余裕に乏しい、別制度や他市町村を含めた広域行政を検討中、等の理由が寄せられている。また、住民請求を却下しないまでも、首長の多くは付議に際して議会に否定的意見を寄せ、これを受けた議会の側も合併に伴う自主性の喪失、論議の不足、現行福祉水準の維持が困難等の理由により否決する例が多い(自治省資料による)。

4.何が市町村合併を阻んでいるのか

本節では市町村合併が進まない要因を抽出し、その背後にあるメカニズムを「真の阻害要因」と位置付けたうえ、それらが最近になって変容を迫られている事情を明らかにする。

(1) 合併に対する阻害要因の整理

市町村に対して合併に消極的な理由や合併に向けての課題を尋ねたアンケート(自治省実施)結果、および各地の合併論議をめぐる新聞報道等を参考に合併の障害となる要因を抽出した結果が図表3である。具体的には、(1)議員定数の減少に伴い、競争の激化が不可避となる地方議員の反対、(2)ポストの喪失を嫌う首長や各種委員の反対、(3)一体感の希薄な地域との合併に対する住民の抵抗感、(4)行政サービスの低下に対する住民の懸念、(5)過疎化に対する当該地域の懸念等である。このうち(4)と(5)には、市町村の規模や性格によるバリエーションが存在する。

「行政サービス低下への懸念」が阻害要因として働く場合、合併後の庁舎の位置等と絡んで、役場や各種施設へのアクセスが不便となる地域の住民が反対する例が一般的である。これとは別に、財源・人材に乏しく本来は合併を求めるはずの小規模町村が反対するケースも少なくない(注4)。行政サービスには広域処理に適した高度医療等と狭域処理に適した在宅福祉等があるが、わが国では小規模町村が国・県の補助を受けてきめ細かな狭域サービスを提供する例が多い。これら町村は、事務組合や委託等を活用すれば広域サービスも提供可能であるため合併の必要性を痛感せず、専ら狭域サービスの低下に拒否反応を示しがちであり、現行の手厚い財政調整制度がかえって合併を阻害する図式がみてとれる。

過疎化が問題となる場合、国による過疎地指定を受けた自治体の懸念(合併に参加すると過疎地域向け特例措置の対象外となり財政上不利となる)と、吸収合併構想を示された小規模町村の懸念(合併後少数派となるため地域の意向が市政に反映されにくい、中心市街に偏重した行政運営が行われる)に大別される。前者については、「サービス低下」の場合と同じく、手厚い財政調整制度下の自治体の依頼心が、後者については、合併後の地域のあり方を描ききれない自治体の現状維持志向が、阻害要因として働いている。

以上の阻害要因を概括すると以下の2点が重要である。第1に、合併によって不利益を被る地方の政治主体が事実上の拒否権を行使し、地域住民が合併を希望しても容れられない点である。この阻害要因へどのように対処するかは、地方行政上の特定の争点について、住民の意思を政策決定過程にいかに反映させていくかという地方自治の根幹と密接な関連を持つ問題である。第2は、国主導の現行地方体制の下、規模や能力の面で問題がある市町村でも存続に支障がないため、地域住民にとって合併を進める積極的理由を見いだせず、現状維持志向となる点である。これは、現在の中央-地方関係、すなわち、国が自治体に対して政策立案、財源確保の両面で細かに関与する半面、人口や財源の大小を問わず存続を保障する仕組みのなかに市町村合併を阻む構造が内在することを示している。

(2) 従来の施策が効果を発揮しなかった理由

図表3の「現行の対応策」をみると、阻害要因に対してすでに様々な障害除去策、緩和策が講じられているにもかかわらず、最近10年の合併事例は12件にとどまっており、従来の対策に限界があったことを示している。

1) 「地域の政治主体による反対」に対する従来の施策の限界 本阻害要因への対策としては議員・委員に対する在任・定数特例があり、折に触れ強化もされてきた。しかし、合併後には定数激減(例:仙台市では実際数132から60に)が不可避であるため、議員に前向きな姿勢を求めても本来的に無理があり、所期の効果を上げていない。一方、首長に関する特例は設けられていない。これは、自治体の存続にかかわる問題について中央政府が大統領制をとる首長のコミットメントを誘導する事態は不適切であり、住民が選挙戦を通じて合併に関する首長の政治姿勢を選択すべきという考えに基づくものである。しかし、昭和の大合併後、合併は差し迫った政治課題ではなかったこともあり、選挙戦において合併が争点化し、首長のコミットメントが確保された例は少ない。

住民発議による合併協議会設置請求は、利害関係者である議会や首長に合併の成否を委ね、結果的に「拒否権」を与えた経緯への反省から、合併推進に向けて従来と異なるチャネルを設ける目的で導入された制度である。しかし、同制度に与えられた権能は議会や首長のそれと比べて格差がきわめて大きく、実効性に乏しいのが実情である。

2) 「自治体・住民の現状維持志向」に対する従来の施策の限界 本要因への対策として、合併特例法には個々の問題への対症療法的な措置が盛り込まれている。しかし、これらは国主導の地方行政システムを前提としており、同システムに依存する自治体や住民に意識変革を迫るような根本的な対策は講じられていない。その典型的な例が「過疎化への懸念」に対する施策である。合併特例法では旧過疎地域事業に対する過疎債特例による激変緩和措置等が設けられているが、イ手厚い過疎地特例のメリットを手放してまで合併構想に踏み切る魅力に乏しい、ロ合併後、過疎債の使途等に対して合併市町村の意向が働くことへの警戒感がある、等の理由により成果を上げていない。自立的な地域経営や財政責任が十分に保障されないシステムを堅持したまま、支援措置を講じて自治体に行動原理を転換するよう求めても効果の薄いことがわかる。

(3) 「真の阻害要因」とその打破策のあり方

以上の分析から、(1)市町村合併の阻害要因は現行の地方行政体制の基本構造(政策決定過程における住民意思の反映方法、国の保護・指導と自治体の依存体質からなる中央-地方関係)と密接な関わりがある、(2)従来の阻害要因の除去策は、合併に対して「阻害の構造」を持つ現行体制の枠内にとどまっているため限界があった、の2点が確認できる。

しかし、現在、合併を阻害してきた構造は変容を迫られている。具体的には、(1)新潟県巻町や岐阜県御嵩町等における住民投票にみられるように、地域に関わる重要な政策決定に対して、自らの意思の反映をより強く求める住民の動き、(2)社会の高齢化によって福祉ニーズが高まるにもかかわらず、厳しい財政事情の下、国による財政補填余力が低下し、自治体レベルでサービスと負担のバランスを考える必要性の高まり、等が挙げられる。

このような環境の変化を加速し障害が機能してきた従来のメカニズムを打破することが、「真の阻害要因」を除去し、市町村合併を促す捷径である。具体的には、国による細かな指導と関与を前提とする合併から、自治体の自主性を引き出す合併への転換が必要である。

自治体が自ら適切な行政サービスの水準と自治体規模を決定し、合併の可否を判断するには、中央から地方への権限・財源の移譲を通じて、(1)自治体が地域経営の責任を全うでき、(2)独自経営によって地域間競争に参画できる仕組みを作り上げることが不可欠である。3200に及ぶ市町村の間には、行政サービスの水準を相当落としても合併を肯じないところがあるかも知れない。あるいは、地域間競争の武器を自らのアイデンティティの保持に見出そうと、伝統的な姿にとどまる自治体も登場しよう。しかし、国がそれらの主張を認めて初めて、自治体は主体的に自らの規模を決められるようになる。一方、地域住民や自治体の側にも、他と同水準のサービスを安易に要求、提供する横並び意識から脱し、自らのあり方を主体的に模索し実現していく姿勢が求められる。

国は市町村が主体性を発揮しうる仕組みを着実に整備することが最大の合併促進策であることを確認し、権限の受け皿整備の必要性を言い立てて国主導の合併策を押しつけることは慎まねばならない。「地方の自主性を尊重した合併の促進」という近年の国の方針が必ずしも成果に結びついていないため、国の指導・関与を強めるべきとの意見もある。しかし、国が地方の自立をことごとく阻んできた従来の体制下で、合併についてのみ自主性を求めることには無理があり、この点を改めずに従来の施策の限界と国の指導を云々するのは本末転倒といわざるを得ず、国は地方分権を着実に実行することを強く求められる。

5.自治体が主体的に市町村合併に取り組むための具体策

本節では、市町村に主体的な合併を促すため、障害除去と誘因付与の両面から、実効性に富んだ具体策を提案する。

(1) 実効性に富んだ障害除去策のあり方

1) 住民のイニシアティブの強化

議会や首長の反対に対抗して市町村合併を進めるには、地域住民の意思を問い、確認する手続の強化が必要である。具体的には、住民発議制度の権能を強化する一方、住民投票制度を導入することが望ましい。地方議会や首長の体現する代表機能が住民投票によって損なわれないよう配慮しつつ住民自治の要素を強め、合併問題について事実上の拒否権を行使しがちな議会・首長に対して政策決定のバランスを回復することが適当である。

一例として、住民発議に基づく合併協議会設置請求を受けた市町村Aから合併対象市町村Bに対して照会があった場合、Bの首長は住民投票もしくは議会への付議(首長の意見陳述、住民公聴会を伴う)の二者を択一しなければならず、B議会が否決した場合もB自治体から一定期間内に相当数の署名(住民発議よりも少なくて可)が集まれば、住民投票を実施することとする。B議会に付議せず住民投票を行った場合は、住民投票条例等の規定に従って議会が投票結果を踏まえつつ審議を行う。一方、A自治体でも、議会に付議、否決された場合には、一定期間内に相当数の署名が集まることを条件に住民投票を実施することを可能とする、等の仕組みが考えられよう。

住民発議制度の強化に当たり、合併協議会の性格を見直す必要も指摘しておきたい。そもそも協議会は合併の是非を関係市町村で討議するための場であり、設置=合併決定ではない。にもかかわらず設置に二の足を踏む市町村が多いのは、従来は事前協議で実質的な折衝を行い、条件が固まったところで法定合併協議会を設置する慣例のためである。今後、各地で合併論議の高まりが予想されるなか、交渉過程の透明性を高めるためにも関係市町村は不調を恐れず合併協議会を設け、率直な意見交換を行うことが望ましい。

2) 自立的地域経営へ向けた青写真の提示と住民参加の保障

地方に根強い現状維持志向の打破に向けて国のなすべきことは、自治体・住民の覚醒を促す地方分権の推進に尽きる。一方、市町村サイドは現状維持志向が許されなくなる日に備えて、住民の不安や地域間の摩擦等を最小化する観点に立ち、早急に市町村合併に対する障害の除去に着手すべきである。具体的には、以下のような施策が考えられる。

第1に、今後あるべき行政サービスの全体像を提示し、サービス低下に対する住民の懸念を払拭する必要がある。今後、地方分権によって地方自主財源が強化されれば、当然、現在の手厚い財政調整制度は縮小し、小規模町村における高水準の行政サービスも見直しを余儀なくされる。また、地方行革が進めば、一般市町村のおいても行政の役割を見直し、民間委託や地域のボランティアの協力等を含めたサービス提供体制を構築する必要性が高まる。合併に際し、目先の反対を鎮めるために従来の供給体制をいたずらに温存するのではなく、望ましい住民サービスを考える契機とすべきである。合併市町村は協議の過程で作られる市町村建設計画を活用して、旧市町村ベースのコミュニティ単位による狭域サービスとスケールメリットを生かした広域サービスを組み合わせた青写真を描き、サービス低下に対する住民の懸念を払拭する方向に進むべきである。一方、国・県は市町村の創意を引き出すため、市町村への権限移譲、都市計画等にかかわる規制緩和を進めることが重要である。

具体的なサービスのあり方としては、合併市町村は先進事例(福井県10市町村の住民票等共同自動交付システム、千葉県市川市のコンビニエンス・ストアによる住民票取り次ぎ制度、首都圏自治体による県境を越えたサービスや夜間休日窓口の開設等)を参考にサービス供給体制を一から見直し、合併に伴う庁舎の廃止をより利便性の高いサービスへの跳躍台とするスタンスが望まれる。国や都道府県はイ行政情報の電子化等を支援して先進的なサービス供給体制を促す、ロ個々の事務に関する規制の撤廃や運用の弾力化を行う(注5)、ハ参考事例、情報を提供する等、積極的な支援を実施すべきである。

第2に、過疎地や小規模町村(以下、過疎地等)との合併を希望する市町村は、合併後の市町村運営に関する住民参加の機会を保障しつつ、これら地域に対する説得に努めることが建設的である。すでにみたように、過疎地等が合併に取り組む場合、国による手厚い財政調整制度が最大の阻害要因といえるが、分権の進展に伴って財政調整の余地が狭まればこの問題の比重は下がり、いかに過疎地等と他地域との対立を回避しつつスムーズに合併を進めるかが残された課題となる。

具体的には、過疎債の使途はもちろん、まちづくりや公共施設の配置などについて過疎地等のニーズが行政に的確に反映されるよう、住民の意見表明や行政との協議の場を作るのは一案である。ただし、この場合、他地域から過疎地等優遇という批判が出ることが予想される。一般に、合併後の市町村では行政と住民の距離が遠くなることを踏まえ、旧自治体をベースとしたコミュニティを市町村全域に組織し、行政との意見表明・交換の場を広く整えるなかで、過疎地等のニーズに配慮する仕組みを作ることが適当である。

(2) 合併促進のために国(都道府県)が行うべき施策とは何か

4で行ったと同じく、自治省アンケートを基に合併の促進要因を抜き出すと(図表4)、阻害要因に比べて対応策が乏しいことが見て取れる。しかし過去の合併の経緯をみると、市や政令指定都市への移行、プロジェクトへの対応が直接推進力となった例(広島、仙台、筑波等)が25件存在するなど、阻害要因の除去に劣らず、国による誘因が合併の推進に一定の影響力を発揮してきた。もちろん、合併は必要性を感じた市町村が自ら主導的に取り組むべきであり、国の指導や権力的関与は望ましくないが、側面支援役として国のなしうる施策も多々ある。地域事情も規模も多様なわが国市町村の場合、合併に向かう動機も様々であることを考えれば、国もできる限り多様な誘因を準備して自治体のニーズに応え、合併に向かう自発性を自治体から引き出す努力が不可欠である。以下図表に沿って内容を検討していきたい。

1) 国による合併のコーディネーション

現行制度では市制、政令指定都市、中核市等(以下、指定都市等)への移行を建前上は合併の誘因としておらず、これらへの移行はあくまで合併の結果、人口・規模等の要件を満たした市町村が事後的に申請する仕組みとなっている。しかし、指定都市等への移行に伴う権限の拡大は意欲・能力に富んだ市町村にとって大きな魅力であり、要件の弾力化が合併促進に大きな効果を持つものと思われる。例えば、首都圏、近畿圏郊外のいわゆる「ミニ市」の場合、都市型住民の多様なニーズに応えるため権限の拡大を望んでいるが、現行制度の下では合併を行っても狭い面積や少ない昼間人口のため指定都市等への移行は難しく、要件の緩和を求める声が高い。一方、地方の場合、逆に圏内の人口総数が少な過ぎて要件をクリアできないため、広域市町村圏の中心都市が中核市への移行を希望しながら果たせず、圏域全体の発展にとってマイナスとなる事例もみられる。

このような事情に配慮し、指定都市等への移行と合併との関連を強めて地域の柱となる都市を育成することが望ましい。指定都市等への移行は要件が明確なうえ目標達成状況もみえやすく、住民の関心を集め合併機運を醸成するのに適しており、自主的合併の誘因として適当といえる。具体的には、イ指定都市等への移行基準、手続きを合併市町村に対して弾力的に適用する、ロ県境を越える合併の場合、調整に当たるべき都府県の反対が予想されるが、合併によって府県並の権限移譲が可能な政令市が誕生するケースについては、国が積極的に調整に当たる、等の施策は合併の促進に大きく寄与しよう。

2) まちづくり、インフラ整備支援策の見直し

本来、合併による生活圏の一体化は計画的なインフラ整備やまちづくりに大きく寄与するはずであり、市町村合併への主要な誘因のひとつである。にもかかわらず、この誘因が十分に機能してこなかったのは、現行のまちづくり支援事業が必ずしも地域のニーズに応えてこなかったためである(注6)。具体的な改善策としては、イ支援対象をソフト分野にも拡大する、ロ資金の使途を市町村の裁量とするかわり財政的裏付け(具体的には、地方交付税の基準財政需要への算入比率を下げる等)を薄くし、合併市町村の財政責任と自助努力を促す、等が考えられ、これらによって市町村自ら計画的な施設等の建設を行うというのが望ましい方向性である。

3) 一時的な事務費負担増に対する支援措置

本来、合併は財政基盤の厚みを増すと同時に職員、組織、施設等の面でスケールメリットを働かせて総体的に経費の削減をもたらすものである。ただし、一時的には合併後の調整事務等に経費がかかるため、国による時限的な各種支援措置が必要となる。現在、前項のまちづくり事業のほか、交付税の算定替(一定期間、旧市町村向け交付税の合計額を合併市町村に保障)等の措置が講じられているが、これらの措置を無規律に強化することは、自己責任原則に基づく自治体の行財政運営という地方分権の理念に反し、合併市町村の自立を遅らすため、慎重な取り扱いが望ましい。ただし、今後地方の自主財源比率が高まると、一時的な財政需要に充当すべき財源が見いだせず、合併を希望しつつも思うに任せないケースが増えるものと思われるため、税源移譲の本格化と並行して、一時的な経費増を手当する最低限の時限措置は不可欠である。

4) 行政サービス高度化へ向けた国・都道府県の支援

一般に、合併により職員の重複を省きつつその配置を見直すことで、専門部署による高度な行政サービスが提供可能となる。住民ニーズの高度化、多様化が合併の重要な契機である点を考えると、これに配慮した支援策は合併への大きな誘因として機能するものと期待できる。

具体的には、総合行政の経験豊富な都道府県や地方六団体(全国市長会、町村会等)が主体となって職員研修等を行い、国はこれを支援する仕組みが考えられる。今後、中央から都道府県への分権と並行して、都道府県から市町村への権限移譲が不可欠となるのに伴い、都道府県は過去に培ったノウハウを積極的に市町村に伝達し、その行政能力向上を支援すべき段階に来ている。とりわけ、合併に際しては、専門的行政サービスや広域行政の経験が乏しい小規模町村職員の間に混乱も予想される。この解決には、都道府県による合併市町村向け研修カリキュラムの作成などきめ細かな支援体制と、研修を通じた職員の能力開発、未経験分野への適応力の向上が必要である。ただし、合併に対する各都道府県のスタンスをみると、昭和の大合併期に市町村の統合が進んだため合併の必要性をあまり感じていない地域と、小規模市町村が多数残ったため積極的に合併を進めようという地域があり、具体的な支援策のあり方はそれぞれの地域の実態に応じた判断に委ねるべきである。

地方六団体、とりわけ市・町村団体については、複数の合併市町村による共同研修を行ったり、先進自治体の事例や合併市町村の経験を紹介する等の役割が期待される。また、現行制度では国や都道府県に合併に関するアドバイザー役を期待しているが、基礎的自治体の集団である市町村団体は、国や府県とは異なる視点から市町村に対して有益なアドバイスを与えることができよう。とりわけ、県境を挟んだ市町村間の合併の場合など、府県も利害関係者となるケースでは、市町村団体の活躍の余地は大きいものと思われる。

6.まとめに代えて―残された課題―

以上の支援策は即座に着手すべきものであるが、これとは別に、国は残された課題に長期的に取り組む必要がある。すなわち、様々な施策によって、合併に意欲を持つ自治体の取り組みを加速させる一方で様々な広域行政の仕組みを整備し、自治体に選択の余地を与えることである。都道府県と市町村の二層制を基本とするわが国の地方自治制度は、政令指定都市、中核市等少数の例外を除けば、50年の長きにわたり維持されているきわめてリジッドな仕組みである。これに対し、全国3200以上に上る各自治体は、地理的条件や過密・過疎の進行等によってきわめて多様な表情を持つに至っており、画一的な制度で律することはもはや困難である。離島や山間部等、地域的事情によって合併の実現が期しがたい市町村の存在からみても、多様な広域行政制度の必要性は自明であろう。また、徹底した広域行政の形態である合併には相当の効果が期待できる半面、過去の大合併の経験からもわかる通り、地域住民の生活に亀裂をもたらしかねない危険性を孕んでいる。権限・財源の移譲によって自立性の向上を果たした自治体が、事務組合や協議会、広域連合等、広域行政の様々な仕組みを縦横に活用し、地域住民のニーズに応えうる体制を整えることは、合併の推進に劣らず重要な課題である。



1. 8000人の算出根拠は、六・三制施行に伴う新制中学の効率的運営に最低限必要な人口。

2. 昭和の大合併に伴う軋轢の例としては、北上市における庁舎の位置をめぐる抗争など。当時自治省に勤務していた石原信雄元内閣官房副長官は「(昭和の大合併の)過程ではあちこちで血の雨が降るようなトラブルが起こり、当時の関係者はもう二度とやりたくないという感じを持った」と回想している(読売新聞97年6月5日朝刊)。

3. その他、住民発議制度によらない合併協議会が2件(法定、任意各1)、住民発議は退けられたものの、任意の協議会設置に至ったケースが1件。

4. 山梨県諏訪6市町村合併は、関係町村中最小の原村と富士見町の反対で頓挫した。

5. 埼玉県の旅券県外発行は外務省の説得に1年を要し、また戸籍謄本の県外発行も計画中であるが、法務省から申請を放置されている。市川市のコンビニを利用した住民票交付も県の反対を受けるなど、国、県の硬直的な姿勢が利便性の高い行政サービスへ向けた市町村の創意を阻んでいる。

6. まちづくり支援事業(自治体による応分の負担が必要)はハードを対象としているため、自主財源の乏しい自治体の場合ソフト事業の余力が失われる、一定期間を限って建設費用を補助するため、並行的に施設建設が行われ、ランニングコストが一挙に増大するおそれがある、等の問題がある。
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