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Business & Economic Review 1999年07月号

【OPINION】
地域に開かれた学校運営を

1999年06月25日 調査部 高坂晶子


わが国では、ここ数年、教育改革をめぐる議論が活発化し、98年度には中央教育審議会(中教審)をはじめとする各種の審議会が、重要な答申を矢継ぎ早に提出している。こうした動きを受けて、政府は公立の中高一貫校の開設や教員養成課程の充実を進め、2002年度に採用される新教育課程へ向けた移行・準備作業にも着手し始めており、「教育ビックバン」ともいうべき大改革が今や実行段階に入りつつある。

なかでも、初等・中等教育には大きな変化が予想される。中教審答申はゆとりある教育をめざす学習指導要領の改定、学校運営の規制緩和と地方分権、教育内容の自由化・多様化など、様々な政策を打ち出した。これらは、文部省の「指導・助言」が学校や教育委員会にきわめて厳しい制約を課している結果、現行体制が極めて画一的で窮屈なものとなっているとの反省に立ち、そこからの脱却をめざすものである。

このように、現在の教育システムをどのように改革すべきかについては、すでに関係者の間で様々な意見が交わされているが、地域社会と学校との関係を具体的に論じたものは少ない。つとに指摘されている通り、初等・中等教育においては、家庭と並んで、地域社会の果たすべき役割は極めて大きい。そこで、本稿では、地域社会と学校の関わりについて、そのあるべき姿を探ってみたい。

地域社会と学校の関わりを考える場合、学校が地域社会に対してより開かれた場所となり、学校運営に地域の多様な主体の価値意識や能力が反映されることが望ましい。今後、真に地域社会に開かれた学校を実現するためには、以下の2点を進める必要がある。

第1は、学校を、地域社会の様々な立場の人々が利用する、総合的な社会活動の拠点と位置付けることである。

学校を「児童・生徒を教育・評価する」目的に限られた場から、生涯学習施設や高齢者のためのデイケア施設、NPO支援センターなどを併設した多目的な場とすべきである。児童・生徒は様々な立場や年齢、目的を持つ人々の活動を見聞きし、広い視野を養うだけでなく、これらの人々との交流を通じて、「お年寄りと適切なコミュニケーションを持つ」、「障害者を積極的に支援する」等、学校では提供しにくい価値意識・尺度に基づいた全人的な評価を受けることが可能となる。現在、小中学校では、いじめや不登校・学級崩壊など学校不適応が急増しているが、その一因として、学校が児童・生徒を評価する唯一の場となっているという事情がある。一元的で閉鎖的な評価体制に閉塞感を覚える児童・生徒にとって、学校とは別次元の価値尺度を知り、評価を受けることの意味は大きい。

一方、学校に多様な活動拠点を設けることで、「学校」という場に関係を持つ人々を、地域社会に増やすことも期待できる。すでに、子供の教育に対する地域住民の無関心が指摘されて久しく、地域の教育力の低下は深刻な問題となっている。パソコンなど専門知識を持つ社会人を非常勤講師に招いたり、商店街が子供を受け入れて仕事の手伝いをさせるなど、地域と学校の連携も一部でみられるが、限られた人の篤志意識に訴えるだけでは自ずと限界が生じよう。

学区内の人々が実際に足を運んで学校のあり方を注視する仕組み、「学校」のステークホルダーを地域に育てる仕組みを導入し、地域の教育力の再生を積極的に図るべき時がきている。少子化によって空き教室の目立つ学校が増え、文部省は転用を奨励するスタンスであるし、補助金制度が見直され、補助施設の転用規制が緩和されつつあることも追い風である。すでに、大阪市は230に上る空き教室を利用して、手芸・生け花から在日中国人向け日本語講座、人権講座など幅広い生涯学習に取り組んでいる。高齢者福祉施設への転用で空き教室の活用に先鞭をつけた宇治市、東海地震対策として防災備蓄倉庫を設置した平塚市など、教育目的以外の活用事例も全国で増加しつつある。

第2は、「学校評議員制度」を、実効性のある仕組みにすることである。

98年度の中教審答申は、学区内外の有識者、関係機関の代表者等から選ばれた評議員が学校運営に助言する学校評議員制度を打ち出した。しかし、本制度を導入するか否かの判断が各自治体に委ねられているうえ、校長が評議員を推薦し、教育委員会が委嘱するシステムとなっており、制度の実効性は疑わしいと言わざるを得ない。

開かれた学校の環境が整っても、肝心の教職員にそれを受け入れる素地がなければ、効果は半減する。教職員のなかには、教育の専門家としての自負が災いし、外部の助言や指摘に頑な態度を示す例がみられる。例えば、今回の中教審答申には、学校運営の規制緩和の一環として、教育に一定期間携わった経験があれば、免許が無くても校長となれる民間人登用制度が盛り込まれたが、教育関係者へのアンケートでは、校長からの反対が52%に上り、激しい反発を示す回答もみられた(読売新聞98年9月22日朝刊)。また、文部省が98年秋から、生徒の相談相手として教員OBや民生委員、児童相談所の職員などコミュニティ活動に熱心な人材を「心の教室相談員」として学校に配置しているが、川崎市では、教師が相談員の活動を排斥するトラブルがみられた(東京新聞99年3月10日朝刊)。

このような教員側のスタンスを改め、地域の多様性を活かすには、学校評議員制度を義務化したうえで、公正で透明な人選を進め、地域社会の意向が適切に学校運営に反映され、学校側がこれを尊重するシステムを作る必要がある。欧来では、親・生徒に加えて地域住民が学校運営に参画するシステムが普及している。わが国でも、地域に開かれた学校運営の試みとして、行事や授業参観を積極的に公開し、PTAに代わる「教育を語る会」で住民が教育や学校運営を討議する千葉市立打瀬小学校の例がある。また、東京都は今年度から、保護者や小中学校長のほか、町内会長や商工会の代表を交えて32の都立校に対する評価を行う制度を開始している。

従来、学校にのみ教育機能を専管させてきた弊害が、閉鎖的で一元的な教育システムを生み、児童・生徒による学校不適応の増加となって現れている。地域社会で活動する様々な主体が学校に積極的に関わり、学校と連携して教育に当たらなければ、多様で複雑な現代社会が求める教育機能を十分に満たすことはできない。すでに、学校ベースでは地域との連携を重視した様々な試みが進められているが、文部省は画一的な教育内容を求める従来の硬直的な姿勢を脱し、これらのユニークな活動を評価・奨励するスタンスに転じることが求められる。また、自治体の教育行政に責任を負う教育委員会は、各地の先進事例について情報収集と分析、紹介をすすめ、学校現場に対して自発的な取り組みを促すとともに、他の行政機関とも連携のうえ、地域住民と学校の関わりを深める仕組みを作り上げるなど、創意工夫を尽くす必要がある。地域に開かれた学校運営は、学校と地域社会との役割分担を促し、わが国社会全体の教育力の再生を促す重要な契機としてきわめて重要であり、早急な着手が求められる。
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