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Business & Economic Review 1999年05月号

【OPINION】
政党の顔のみえる地方政治を

1999年04月25日 調査部 高坂晶子


今年は4年ぶりの統一地方選挙の年に当たり、2400余りの自治体で地方政治が問われる。しかし、先頭に立つべき政党の動きはきわめて鈍く、地方政治に「政党の顔がみえない」状況はすっかり定着した感が強い。

例えば、12都道府県の首長選のうち、共産党を除く与野党相乗り候補は東京・大阪を除く10カ所にのぼる。前回は自民党と新進党が激突し、自民が破れた三重、岩手、北海道では、今回、自民党がかつて敵対した現職への支持を早々に打ち出し、選挙戦の無風化が取り沙汰されている。一方、民主党は、自民、公明、社民などが従来支持してきた候補に相乗りしており、政権に挑むべき野党として、独自候補を擁立する姿勢が不徹底である。また、大阪では、政党の支持を辞退して無党派を標榜する現職に対し、共産党以外の政党は対立候補を出せないまま、不戦敗を余儀なくされた。例外的に、東京では政党支持・推薦候補を含め有力者が多数出馬したものの、無党派層を意識する余り政党色の払拭に腐心する傾向が根強い。解散がついてまわる国会と異なり、地方選のスケジュールは予め明らかにされているにもかかわらず、適切な候補者を擁立のうえ政党本位の選挙戦がままならないのは、怠慢といわざるを得ない。

このように、与野党相乗りが目立つ状況は、候補者の選定段階から、政党が積極的に世論を喚起して、地方政治を活性化するアメリカや、地方レベルで候補者を育成のうえ抜擢し、政党組織を新陳代謝するイギリスと対照的であり、わが国政党が地方政治に臨む姿勢の底の浅さを露呈したといえる。

地方政治、とりわけ首長選に対する各党の取り組みが鈍い背景には、「生活密着型の行政を担当する自治体の長は、広く住民の支持を仰ぎ、一党一派に偏するべきではない」という考えがある。今回の選挙戦に際しても、政党の中枢から「自治体選挙は政党間の争いではない(小渕首相)」といった発言が飛び出し、地方政治の脱政党化を肯定するニュアンスすら感じられる。しかし、代表制民主主義の基本的な仕組みを振り返れば、この考えの問題点は明らかである。すなわち、国政レベルでは、小選挙区選出の議員であっても、地域代表ではなく国民代表として国会で活動することが期待される。自治体の長も同様であり、各候補者は地域全体を視野に入れて公約を提示し、いったん当選すれば、一部の利益ではなく自治体の利益の最大化に力を尽くすことは当然である。一部の意向にとらわれて地域経営の公正を追求できない候補者は、本来首長に値しないのであって、政党が候補者を立て、積極的に地方政治に関わることの是非とは、切り離して考えるべき問題である。

「地方自治は政党とは無縁」という主張が登場したのは、70年代末、いわゆる革新自治体が退潮に向かった時期である。1975年の統一地方選挙では、10都道府県と350余りの市町村で革新系の首長が誕生した。しかし、79年には152カ所で市長選挙が行われたうち、保守60に対して革新13と後退し、これに代わる勢力として保守・中道系43、保革相乗り系15、革新・中道系9と、各派相乗りの無所属首長が目立つ情勢となった。その後、80年代半ばにかけて「保守」に対する「革新」という対立軸自体が力を失い、中道を標榜する首長が主流を占めてきた。

政党と一線を画す首長が増えた理由として、以下のような事情が考えられる。55年体制下の当時、わが国の政治は、東西対立から相当の影響をこうむっていた。各党は、国会を舞台にイデオロギー論争を頻繁に戦わしたが、地域住民の多くは、日常的な地方政治にイデオロギー対立は不要と感じていた。一方、候補者は、革新自治体への批判を強めつつも、その政治的遺産である老人医療の無料化など、「住民サービスの向上」路線の否定には及び腰であった。このため、「(イデオロギー対立に明け暮れる)政党に距離を置いた地方政治」を掲げて党派色を薄め、広く支持を訴える戦術を取ったのである。

しかし、冷戦の終結がイデオロギー対立に終止符を打ち、現在は国民生活の将来像をめぐって、各党が主張を戦わせる時代である。政党は地方政治に深く関与することで、生活に密着した国民のニーズを吸収し、具体的な政策に反映させる必要がある。各党は市町村、都道府県、国政の各レベルで、福祉、医療、教育等分野ごとの政策立案を行うが、その際、全体として整合性を保つ政策体系が実現するよう、十分な配慮が不可欠である。さらに、あらゆる選挙に当たり、政党はこの政策体系に即した公約を策定する必要がある。今や、地方と中央の政治課題は深く結びついており、両者の関係と役割分担を明確にする必要があるが、双方で活動する政党は、最もこの作業に適した存在といえる。政党は、市町村、都道府県、国政を密接に連動させた整合的な政策体系を構想し、社会全体で政策目標の実現をめざす必要がある。

例えば、政党が、地方レベルで「地方財政の再建のため、地方に税源を移譲して財政自主権を与える」、あるいは「人事・組織面の規制を減らし、自治体の前向きなリストラを支援する」といった処方箋を掲げるなら、国政選挙では、税制全体の再設計や、弾力的な公務員制度を主張するのが首尾一貫した姿勢というものである。地方サイドで介護サービスの充実を訴えるなら、中央では事業規制の緩和や医療・介護制度の連携措置に取り組むべきであり、地域の事情に即した開発を求めるなら、公共事業の再編に後ろ向きであってはならない。

さらに、政党は候補者の発掘・育成や活動の支援を地道に続け、自らの主張が国民の生活レベルに浸透するよう努めるべきである。活動の場としては、地方議会を重視し、各党・会派が首長選に際して安易な相乗りに走る姿勢を改める必要がある。議会に基礎を置く中央の内閣制と異なり、地方では議会と首長が民意の代表ぶりを競う二元代表制が採用されており、議会は地方行政に対する建設的批判勢力として、活発な政策論争の舞台となることが望ましい。

このように、政党が地方政治に密接に関与し、地方のニーズを基盤とした政策体系と活動の場を持つことで、以下のようなメリットが考えられる。

第1に、有権者に選択肢と判断材料を提供することによって、沈滞した地方政治の現状を打破することが可能となる。支持政党を持たない、いわゆる無党派層は、今や「第一党」といわれるほどの勢力であるが、彼等は、必ずしも政治に無関心ではない。問題意識や政治への関心が高い層も多く、政策本位で投票行動を変える傾向がある。また、厳しいコスト感覚に基づく投票行動も無党派層の特徴で、政策論争の帰趨を冷静に見極めたうえ上位候補に投票するなど、自票を有効活用して政治を動かす感覚を重視する。このような傾向を持つ有権者に政治参加を促すには、「地域のため、誰が何をどのように実行するか」について、具体的な情報を継続的に提示する必要があるが、その任を果たすのは政党を措いて無い。またこのような政党の営みは、投票率の低下や政治不信をくい止める効果も期待できよう。

第2に、地方レベルの具体的な政策論争が、地方分権を促進する効果がある。近年、行政サービスの提供主体、財源・権限の所在をめぐり、中央と地方の利害対立は先鋭化しつつある。これらを解消し、中央集権的なわが国政治システムの機能不全を打破するには、地方分権の推進が不可欠であるが、いままでのところ、分権構想は中央主導で行われ、地方からの発想や要望は十分活かされていない。

従来、各党所属の議員は地方分権推進の国会決議を全員一致で行うなど、総論では分権に賛成する一方、各論に入ると、例えば公共事業の地方移管を検討した地方分権推進委員会第5次勧告に対して、担当官庁と組んで執拗な妨害を繰り返すなど、矛盾した行動がめだった。しかし、すでに分権の焦点は識者による検討から法案化へと進み、各党の決断と実行力が問われる段階にある。政党は、もはや分権に対する「総論賛成、各論反対」戦術を取ることは許されない。首尾一貫した政策体系に基づいて、望ましい地域経営について公約を行うだけでなく、国政の場で地方分権改革にいかに取り組むかについても、明らかにしなければならない。

本来、政党の役割は国民の意見を集約して、政策体系に練り上げ、責任をもって実行することにある。しかし、中央レベルでは、国民のニーズに遠いうえ、政策立案を官に依存し、政党は十分機能していない。政党は、中央の閉塞状況から脱し、地方政治に深くコミットすることによって、国民生活に密着した政策を打ち出すことができる。そこには、わが国の政治スタイルを根底から変え、国民の根強い政治不信を打破する鍵が秘められている。
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