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Business & Economic Review 1999年04月号

【OPINION】
自治体はピンチをチャンスに変えられるか-財政再建と地方主権

1999年03月25日 調査部 高坂晶子


最近、地方財政の逼迫が著しい。従来は豊富な財源を誇ってきた東京、神奈川等都市型自治体でも、税収の大幅な落ち込みで歳入欠陥が生じ、赤字が標準財政規模の一定額を超えた場合に自治省の管理下に入る、いわゆる財政再建団体へ転落する可能性が取りざたされた。また、固定的費用(人件費、公債費、教育費等)が一般財源の75%超を占める自治体は全体の4分の3にのぼり、事業・サービスを自主的、機動的に行う資金余力は無いに等しい。このような財政事情の下では、自治は名ばかりの存在となりかねない。自治体の財政再建は、地方自治を守るためにも急務である。

財政危機がこれほど悪化した背景には、税収をはるかに凌ぐ水準の事業・サービスを、地方債の大量発行等で長年賄ってきた事情がある。80年代後半、自治体は国の財政調整に依存して財政規模の拡大に走り、各省庁は補助事業による政策誘導を優先し、自治体の野放図な事業展開を助長した。93年以降は、景気刺激のため、国が地方単独の公共事業を求め、地方債をさらに発行するよう自治体に強く促した。現在の地方の窮状は、徐々に進行した財政の硬直化が表面化したもので、景気の低迷や地方税減税といった一過性の原因に帰すことはできない。

長年にわたり悪化した財政を再建するためには、自治体は過去の行動と訣別し、大胆な行政改革に取り組まねばならない。自治体に真に求められる事務・事業を、各地方の事情を勘案しつつ絞り込み、それに合わせて組織編成や執行方法を柔軟に追求するスタンスが不可欠である。ただし、このようなリストラクチャリングは、地方に痛みを強いるものである。自治体に権限と財源を持たせたうえ、自らの責任で決定を下す自己責任、自己決定の仕組みを導入しなければ、地方自治の本旨にもとるし、改革の進展も望めない。

現在開催中の通常国会において、政府が具体化をめざす地方分権計画(地方分権推進委員会勧告を基に、98年5月閣議決定)には、地方の自立性を高めるための措置がいくつか盛り込まれている。例えば、機関委任事務の廃止によって、地方は国の振り付け通りに「行動しない自由」を手に入れる。事務・事業の執行方法について、法律の枠内であれば、独自ルールを設けることができるし、国の関与が不当と思われる場合には、第三者機関の前で持論を展開のうえ、調停を仰ぐことも可能となる。また、必置規制(施設の設置・職員の配置規制)が緩和され、自治体は人材を重点分野に選択的に投入したり、ポストによって、従来は困難であった民間からの人材起用も幅広く行える。

一方で、分権計画は地方への財源移譲に正面から応えておらず、大きな問題を積み残している。自治体が事務量に見合った税収を確保し、その範囲で事業・サービスを提供するのが、自治の根本である。にもかかわらず、わが国では、税収が国2対地方1であるのに対し、歳出は地方2対国1と明らかな逆転関係にある。この関係の下、国は税収と歳出の差額を補填することで自治体を統制し、他方、自治体は中央の財政調整に依存することで安易な自治体運営を続けてきた。

今回、財源問題が先送りされたことで、自治体の依存体質は当面温存されよう。しかし、この依存体質を払拭し、代わりに自己責任、自己決定を促すメカニズムを導入してはじめて、地方の自立と財政再建は現実のものとなる。そのためには、次の2点を同時に推進すべきである。

まず第1は、財源の移譲である。すなわち、地方の仕事量に見合った税源移譲と税率決定の自由化、個別補助金の廃止、ナショナルミニマムの充足に役割を限定した新・財政調整制度の導入等に、早急に着手する必要がある。これに伴い、自治体は自主財源中心の行政運営へ移行し、経営手腕に応じた減税など住民への還元策も可能となる。

税制の抜本的改革が主要な政策課題となる現状は、地方への税源移譲を織り込んだ新たな税制の制度設計のチャンスでもある。地方財政の再建は、中央の政治指導者にとっても重要な課題である。地方は自治を守り、地方主権を確立するためにも、中央に対して税源移譲を強く求める責務がある。

第2は、自治体の側における積極的な行政改革の推進である。すでに、財政危機が引き金となって、様々な工夫をこらす自治体は増えつつある。神奈川県では職員住宅の売却とリースバック、大阪府では施設建設凍結と外郭団体の退職金全廃等に取り組み、人事院勧告を凍結(神奈川:9カ月、大阪:24カ月)するなど、従来の自治体の常識を超えた動きがみられる。自治体はこのような取り組みを加速すると同時に、事務・事業の見直しによる行政機能の純化と民間へのアウトソーシング、外郭団体を含めた組織と執行プロセスの再編・改革、職員のドラスティックな削減等、従来聖域視されてきた分野にも果敢に踏み込む必要がある。このような努力によって、自治体の効率化が目にみえて進めば、財政危機に不満と不安を募らせていた地域住民の評価も、おのずと変わる可能性が高い。各自治体が住民を引きつけるため効率的、魅力的な地域経営を競い合うことを通じて、全国一律の標準的な施策メニューに慣れた地方行政の活性化が期待できる。

現在の地方財政の危機について、地方主権をまさに具体化しようという時に深刻化したタイミングの悪さを嘆く声は多い。しかし、見方によっては、財政危機が、自治体に真剣に自己改革に取り組む環境を用意したともいえる。財政危機というピンチを、税源の移譲、中央からの自立、行政改革の断行というチャンスに変えることができるかどうか。地方自治体の意識、力量が問われる重要な局面である。
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