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Business & Economic Review 1999年03月号

【OPINION】
アメリカの保護主義台頭を回避せよ

1999年02月25日 調査部 岩崎薫里


新年早々の1月7日、クリントン米大統領は、アメリカへの鉄鋼輸入急増に対処するための「政府行動計画」を打ち出し、同月19日には一般教書演説のなかで日本からの鉄鋼ダンピング輸出問題に強い懸念を表明した。これに対して日本では、95年7月の日米自動車・同部品協議の決着をもって鎮静化していた日米通商摩擦問題が再燃し、アメリカ側が制裁を振りかざしながら一方的要求を突きつけ、日本側が土壇場で譲歩する、というこれまでの交渉パターンが再び繰り返されるのではないか、といった反発が強まることも予想される。

「政府行動計画」は、98年入り後のアメリカへの鉄鋼輸入急拡大に対して、議会が大統領に何らかの措置を講ずるよう求めたことに呼応するものである。具体的には、(1)輸入急増相手国である日本、ロシア、韓国の3カ国および、大口消費国である欧州との二国間協議、(2)通商法201条に基づく緊急輸入制限の発動の検討、(3)輸入監視のための早期警戒システムの創設、(4)鉄鋼業界支援のための3億ドル規模の減税措置等、7項目にわたる対策を示している。これに基づいて、USTR(アメリカ通商代表部)や商務省は、日本に対して対米鉄鋼輸出の抑制を迫り始めた。なお、アメリカ鉄鋼業界はすでに98年9月、日本、ロシア、ブラジルの3カ国からの輸入熱延鋼板に対してダンピング提訴を起こしている。

90年代入り後の日米通商問題を巡るアメリカの要求は明らかに理不尽なものが多く、今回の「政府行動計画」も例外でない。海外からの鉄鋼輸入の監視や鉄鋼メーカーに対する減税措置は業界保護の意図が前面に出ているうえ、99年の日本の対米鉄鋼輸出を97年水準に戻すよう自主規制を求めているのは、WTO(世界貿易機関)ルールに反する管理貿易的要求である。アメリカでは2000年の大統領選挙レースがすでに始まっており、議会・行政府が大口献金先である鉄鋼業界や同労組の声に耳を貸さざるを得なくなっていることは理解できるにしても、その要求内容はエゴまるだしといっても過言ではない。

そもそも、近年、日米通商問題を巡る環境は急速に変質している。グローバル化の進展により、ハイテク企業を中心とした日米の民間企業の提携や相互依存は大幅に強化され、企業の国籍のみを重視した「資本国籍主義」はもはや形骸化している。このため、アメリカ政府による日本企業たたきが、アメリカ企業のマイナスとなって跳ね返ってくるという事態が生じつつある。今回の鉄鋼輸入急増問題に関しても、キャタピラー社をはじめ鉄鋼製品の大口ユーザー4社および自動車、金属加工等の業界7団体は、クリントン大統領に対して性急な輸入差し止め等の措置に反対する書簡を提出している。こうした状況下、通商分野における政府の役割は大幅に縮小してしかるべきであり、紛争に政府が登場する場合は、制度的解決がルール化されたWTOの場が用意されている。

ところが、問題は、このような正論がアメリカでの保護主義勢力を勢いづかせる恐れが高いことである。

今回の鉄鋼輸入急増問題の根底には、アメリカの経常収支赤字の急拡大がある。98年の経常収支赤字は約2,300億ドルと97年の1,550億ドルから跳ね上がり、過去最高に達した模様である。これは、世界経済が減速するなかで、堅調を維持したアメリカが世界の輸出を吸収する、いわば「最後の買い手」の役割を果たしていることの反映であり、世界経済の失速回避に大きく寄与している。しかし、アメリカ国内に目を転じると、製造業部門では輸出の落ち込みと安価な輸入品の急増によって生産活動が低迷し、97年に25万人増加した製造業雇用者数は98年には逆に23万人の減少に転じた。これまでは好調な非製造業部門がこうしたマイナス・インパクトを吸収し得たものの、今後、製造業の不振が非製造業にも波及し、景気全体がスローダウンすることが見込まれるなかでそれも困難になろう。その一方で、アメリカの目からは、日本は不況からの脱出にもたつき、輸出ドライブばかりが旺盛で、世界経済にまったく貢献していないように映っている。

今回のアメリカの要求がこうしたフラストレーションを背景にしている以上、日本が前述の正論を盾にかたくなな拒否路線を採った場合、アメリカ側の態度を硬化させ、交渉の泥沼化や日米摩擦の他分野への拡大、さらには保護主義的法案の議会通過等につながる懸念が強い。これは、現下の世界経済情勢のもとではきわめて危険である。

本年を展望すると、新興工業諸国が97年以降の通貨・経済危機から容易に脱却できず、一次産品を中心にデフレ圧力が一段と強まるなか、世界経済は景気減速傾向をたどる公算が大きい。そのうえ、(1)中南米市場の混乱拡大、(2)中国の政治・金融不安、(3)アメリカ株価の急落、等のルートを中心に、世界経済が深刻な失速の危機に直面するリスクを抱えている。このように不安定な世界経済環境は、保護主義を誘発しやすい。アメリカでも、反ダンピング提訴件数が97年の15件から98年には36件へ倍以上に増加する一方、99年1月には、不公正貿易を行っていると判断した国に対して一方的な制裁措置を発動する、包括通商法スーパー301条が復活する等、保護主義台頭の足音がすでに聞こえ始めている。鉄鋼問題のこじれを契機にアメリカで保護主義が本格化し、これが世界へ飛び火するなかで、ユーロ・エリアの内向き姿勢が一気に加速するのをはじめ、世界経済のブロック化にまで発展する、というリスクは決して小さくない。現に、昨年9月のアメリカでの輸入熱延鋼板に対する反ダンピング提訴は、カナダおよびメキシコで同様の提訴が検討される弾みとなった。

こうした世界情勢を念頭に置けば、日本側としてはアメリカとの交渉に当り同国を追いつめるのは決して得策ではない。さりとて、アメリカの管理貿易的要求を受け入れれば、日本もまたWTOルールを犯し、アメリカと同罪になる。そこで第1に、アメリカが二国間協議を求めている日・露・韓・欧州の各国が協力して、アメリカをも加えた多国間協議機関を設置するべきである。問題処理の場を二国間から多国間に移すことで、合理性を欠いた政治的取引を極力排除できよう。そして第2に、メンバーは政府代表のみならず民間企業も含め、問題解決に向けて民間で取り組むべき課題は民間に任せる方向に持っていくべきである。そのうえで、日本としては交渉の早期解決に向けてイニシアチブをとるとともに、アメリカが要求している情報通信分野での規制緩和やコメの関税引き下げ等、規制緩和と市場開放に自ら積極的に取り組むことが求められる。
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