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Business & Economic Review 1999年02月号

【OPINION】
雇用創造に向けた戦略的総合政策の実施を

1999年01月25日 調査部 山田久


日本経済は戦後最大の不況から依然として脱出できないでいる。過去最大規模の「緊急経済対策」が発表され、大幅な減税額の積み増しが表明されたものの、日本経済再生への道は依然霧の中にある。こうしたもとで、戦後の国民生活安定の基礎となってきた「低失業社会」が大きく揺れている。有効求人倍率は98年7月に0.50と戦後最悪を記録し、その後も9月は0.49、10月は0.48、11月は0.47と悪化傾向を続けている。一方、完全失業率は98年度に入って4%台乗せを記録し、その後もジリ高傾向をたどっている。

先行きを展望しても、雇用環境が改善に向かう目処は全く立っておらず、このままの状況が続けば、来世紀初頭にはドイツ、フランスのような高失業社会に移行する恐れすらある。これは、(1)市場メカニズムの強まり、(2)情報通信革命、(3)少子・高齢化の進展、といったかつてない環境変化が生じるもとで、既存の産業システム、雇用システムが共に時代遅れになっているからである。この結果、既存産業の雇用吸収力は今後中期的に減退していく懸念がある一方で、既存の利益誘導型の各システムが温存されるもとで新産業が十分育っておらず、既存産業が吐き出す雇用の受け皿が不足している。こうした構図が打開されない以上、雇用情勢の悪化は続かざるを得ないであろう。

以上の日本の状況は、70年代のヨーロッパ大陸諸国が置かれていた環境によく似ている。70年代初めにはこれらの諸国も失業率が3%を下回る低失業社会であった。しかし、石油危機という劇的な環境変化に直面したにもかかわらず、既得権益擁護型の産業システム・硬直的な雇用システムが維持された結果、新規雇用機会が生まれず失業者が滞留していくことになったのである。一方、80年代初めに一時的に高失業に悩まされたアメリカは、80年代後半のリストラクチャリング・経営効率化の時代を経て、90年代に入ってから見事な経済再生を達成し、失業率は歴史的な低水準で推移している。これは、規制緩和・撤廃を梃子に新陳代謝が活発な産業システムが構築され、多様な雇用形態の登場を通じて雇用システムの柔軟性が向上したからに他ならない。

こうした欧米諸国間のパフォーマンスの違いを踏まえれば、日本が「高失業社会」に移行してしまうのを回避するためには、先送りし続けてきた各種の構造改革の断行を通じて新しい産業を育成すると同時に、新しい産業に人材をシフトしていく以外に根本的解決策はない。つまり、規制緩和・撤廃と独占禁止法の厳正な運用を両輪とする競争政策の展開により、市場メカニズムを通じて既存産業と新産業の思い切った「スクラップ・アンド・ビルド」を行うことが不可欠である。同時に、雇用システムについても、これまでの過度に固定的なあり方を改め、産業・企業間の労働移動を活発に進めるようなシステムを構築することが必要である。

しかし、問題は、現下の日本経済は新産業が活発に生み出されるような状況には無く、労働移動にも様々な障害があり、雇用者が新産業に移動するのに必要な新しい技能を効率的に身に付けるシステムも存在しないことである。このように産業・雇用構造転換のための基盤が未整備のままで、企業がリストラを本格化させ、政府も公共事業追加・雇用調整助成金拡充等従来型の政策を即座に止めた場合、大き過ぎる犠牲を払うことにもなりかねない。この点を勘案すれば、民間の自助努力が基本とはいえ、成長性が見込まれる分野を戦略的に重点育成すると同時に、新産業に人材がスムーズに移動できるような制度改革や教育システムの構築を進める必要がある。具体的には、以下の3点を柱とする「雇用創造のための戦略的総合政策」を、官民が協力して実施することが急がれよう。

第1は、雇用吸収力の大きい新産業分野の戦略的育成である。具体的には、「デジタル産業」、「人材ビジネス」、「医療・介護」、「資産運用」等を戦略分野として位置づけ、規制緩和・制度改革・社会資本整備を組み合わせることで、これら分野の成長基盤を整えることが望まれる。すなわち、デジタル産業の育成には、情報通信分野における競争政策と展開と教育・行政分野における情報・通信インフラの整備が求められ、人材ビジネスについては、人材派遣業の思い切った自由化が不可欠である。また、医療・介護分野では各種の規制緩和・撤廃を進めるとともに、介護施設の整備を急ぐ必要がある。資産運用業の育成のためには、確定拠出型年金制度の本格導入と公的金融システムの見直しが避けて通れない。

第2は、労働移動にかかわる制度的障害の除去である。具体的には、企業が退職金の前払い賃金化を進めることに加え、税制面でも転職者に不利な現行の退職金税制を見直す必要がある。また、年金のポータビリティーを整備するほか、活発な労働移動の触媒となる職業紹介事業について、自由化の例外扱いとされている職種の範囲を思い切って減らすとともに、事業者の資格要件の一段の緩和を急ぐ必要があろう。

第3は、社会的な職業教育システムの構築である。産業構造の劇的な変化は雇用者の技能の再訓練の必要性を生み出す。しかし、日本の場合、産業間・企業間をまたぐ職業再訓練システムは十分に整備されていないのが実情である。この点でも参考になるのはアメリカの事情であろう。まず、高い専門性を身に付けるために大学院が重要な役割を果たしており、同国では、ビジネスに直結する高度な知識を身に付けるために、40歳代で大学院に入学する人も珍しくない。大学院以外でも、「コミュニティーカレッジ」が技能レベルの職業再訓練に重要な役割を果たしている。コミュニティーカレッジは、州・地域の基金により設立・運営されている短期大学で、職業訓練に際して産業界の意見を取り入れたカリキュラムを設定し、企業の実務家・専門家を講師として派遣している。重要なのは、入学基準が緩やかで授業料が安いなど、入学の障壁が極めて低いことである。このアメリカ特有の教育機関が新しい産業で必要とされる人材教育の場を提供しており、例えば、30歳代後半で失業した男性がコミュニティーカレッジで医療技能を身に付け、市立病院への再就職を可能にするなどの機能を果たしている(B.Davis,D.Wessel“Prosperity”)。わが国もこうした機関を参考に、公共職業能力開発施設・民間企業・教育機関が積極的に協力し、強力で大規模な社会的職業訓練システムを創設することが求められよう。
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