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Business & Economic Review 2000年08月号

【OPINION】
地方発の構造改革で日本再生を

2000年07月25日 高坂晶子


2000年4月、地方分権関連一括法が施行され、中央と地方が対等・協力の関係を築く「地方主権」の時代が本格的にスタートした。3300弱の自治体の多くは、中央省庁の指導と監督の下、横並びの行政運営に甘んじているが、1990年代半ばから地方主権の趨勢を先取りし、先駆的な経営に取り組んできた自治体は、多様な成果を上げつつある。

過去においても、革新自治体が福祉や環境面で先導的な施策を展開した70年代、国際交流や地域振興などの新規分野で成果を上げ、「地方の時代」といわれた80年代など、自治体によるユニークな地域経営の試みは存在した。しかしながら、現在と過去の事例を比較した場合、重大な相違点を指摘することができる。それは、過去の取り組みが既存の行政システムの調整、あるいは応用にとどまり、効用も概ね当該自治体に限定されていたのに対し、現在の動向は、既存の行政システム全体の見直しを迫る、広がりと深みを持つ点である。すなわち、先進自治体は、「主権者による行政監視・統制」、あるいは「負担と受益の関係の明確化」といった民主制の基本原理に基づく抜本的な改革を進めており、その影響は単に「国と地方の関係の見直し」といった既存システムの手直しではなく、行政のあり方や決定手続きの再構築といった構造改革に及ぶ。折しも、21世紀のわが国の行く末を左右する衆議院選挙が行われているが、将来のビジョンと改革の道筋、政治の役割と国民の負担を十分に示せない国政に引き比べ、地方発の構造改革に大きな期待がかかる所以である。

以下、自治体の取り組みが構造改革を迫る事例をみてみよう。

第1は、情報公開に基づく住民参加である。政策形成途上の情報も広く公開し、主権者である住民に地域経営への参加を求める動きは、三重県や宮城県、三鷹市、我孫子市、ニセコ町など、自治体の規模を問わず定着をみている。これらの地域では、政策形成の透明化を進める代わり、住民にも「自治のコスト」として、情報収集や行政監視、意見表明や合意形成に相応の時間と労力を払うことを求めている。「情報公開とは行政にとって楽な手法であって、これから辛くなるのは住民」(三重県・北川正恭知事)という状況下、参加意識を喚起された住民は、行政サービスを要求するだけのスタンスから、自ら可能な範囲で地域経営に参加する姿勢を強めざるを得ない。たとえば、山口県柳井市の「ふるさとの道づくり」事業は、市が自治会に建設機材等を提供し、市全体としては優先順位が低いものの、地域住民には不可欠な生活道路の整備を委ねるもので、当初は行政の責任放棄として反発を受けたが、現在は事業の選定や徴税、執行に要するコストの説明を受けた住民から、支持を得ている。また、滋賀県や香川県などがアメリカに倣って今年度から実施している環境里親制度は、企業やボランティアが担当区域を養子に見たてて河川や湖水の清掃や環境保持を行い、県は保険費用や清掃用具を負担するプログラムである。いずれも、行政の所管を見直し、官と民の適切な役割分担を図る試みであり、遅々として進まない中央レベルにおける規制緩和とは対照的である。

第2は、業績評価に基づく行政内容の見直しと適性化である。住民に身近なところで活動する自治体は、近年、事務事業が税金の投入に本当に値するのか、あるいは税金が適切かつ効率的に使われているのかについて、納税者から説得的な説明を常に求められている。このため、一部自治体は政策、施策単位で業績評価を行い、達成状況の芳しくない事務・事業を見直す体制を築きつつある。1997年に北海道庁が導入した「時のアセスメント」は、「着手されたら止めようがない」といわれてきた公共事業について、中止を含む見直しを行う大胆な取り組みが話題となったが、翌年このコンセプトは中央省庁に採用され、建設・農水等6省庁による公共事業評価の原型となった。

また、事務・事業評価が既存システムの矛盾を浮き彫りにするケースもみられる。たとえば、国の補助事業の場合、国の基準を厳格に遵守するよう求められるため、地域の実状と事業やサービスの内容が合わず、利用者が増えない(=達成度が低い)事態が生じかねない。しかし、国の基準と異なる事業・サービス内容への変更を試みれば、補助金が減額され自主財源の手当てが必要となり、自治体財政を圧迫するため、自治体は住民ニーズと異なるサービスの継続を余儀なくされてしまう。従来、このメカニズムは漠然と指摘されてきたが、業績評価を通じて事務・事業の実態と改善を阻むメカニズムが明らかにされたために説得力を増し、既存システムの見直しを求める原動力となることが期待される。

第3は、地方自治体の独自課税の動きによる、受益と負担の対応関係の明確化、および税体系全体の見直しである。今回の地方分権関連一括法により、法定外普通税や法定外目的税が創設されたが、これは従来の許可制ではなく自治大臣らとの事前協議によって可能となるもので、多くの自治体が産業廃棄物(三重県、所沢市等)や場外馬券売場・風俗営業店(神奈川県・横浜市等)、区外業者設置のたばこ自動販売機(港区)などを対象に、独自課税に強い意欲を示している。これらは、(1)産業廃棄物の搬入を警戒する近隣自治体同士が税率の引き上げ競争に陥る、(2)特定企業・業種に重複課税が行われる、(3)選挙権を持たない企業への安易な課税を招く、など種々問題もある一方、自治体が独自の税源を開発し、地域事情に沿った環境行政や都市景観の維持等を推進する試みであり、受益と負担の関係を論じる契機となろう。

また、東京都や大阪府の大手銀行に対象を限定した法人事業税の外形化は、広く薄く平等な負担を求めるという外形標準課税本来の趣旨とは異なり、内容的には極めて問題である。ただし、これによって自治体同士、あるいは国と地方間の税源配分の矛盾が明らかにされたという意味においては、大きな問題提起となった。わが国の税体系は、国と地方の間で、税収と仕事量が逆転(地方の税収4に対して国の税収は6であるが、歳出規模は国4対地方6)し、地方が国からの財源移転に依存せざるを得ない、あるいは、教育や警察など経常的な支出が多い都道府県に、景気の影響を受けやすい法人事業税が配分されているため税収が安定しない、など多くの問題を抱え、地方への税源移譲や外形標準課税の一律導入が長年求められてきた。にもかかわらず、解決を先送りしてきた矛盾がここにきて噴出した訳であり、中央政府は国と地方を総合した税体系の抜本的な見直しによって、地方の問題提起に応えなければならない。

1995年以来、中央において地方分権推進委員会が精力的な議論を重ね、分権一括法となって4月以降施行されているが、多くの国民はこれを「行政組織同士の権限争い」として、関心を示していない。当事者である自治体をみても、大半は他の自治体の動向や中央省庁の指示に関心を払うばかりで住民本位ではないし、新たな地方自治のあり方を自ら構想する気概もなく、従来型の行政運営から全く脱却できていない。たとえば、市町村の多くは情報公開条例を未制定であるうえ、来年度以降本格化する国の情報公開の実施状況を待つスタンスであるし、効率的な地域経営に不可欠な市町村合併推進要綱を制定済みの都道府県はわずか6自治体に過ぎない。このように、地方自治の活性化に自発的に取り組む自治体は依然少数にとどまっているが、それらの先進自治体における情報公開や住民参加、行政改革の試みは、その具体性や柔軟性ゆえに社会全体の関心を呼び、国民の意識を高め、旧態依然たる中央省庁や国政との落差を浮き彫りにする役割を果たした。今や、自治体の取り組む改革は一地域にとどまらず、既得権益に縛られ、構造改革を阻害する中央の政治に代わって、硬直化したわが国行政システム全体を動かす原動力となりつつある。現在、国主導の構造改革は暗礁に乗り上げているといっても過言ではないなか、21世紀の日本を再生させるためには、地方が主導権を発揮し、わが国全体の構造改革を推進していくことが不可欠の課題である。
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