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Business & Economic Review 2000年07月号

【OPINION】
国民意識と乖離した政治の軌道回復を

2000年06月25日 調査部 高坂晶子


小渕前総理大臣の突然の退陣により、サミット後とみられていた衆議院選挙が6月25日に行われる運びとなった。金融システムの破綻と経済危機の回避を至上命題として成立した小渕前政権は、減税と公共事業の拡大を柱とする従来型の財政拡大政策と巨額の公的資金投入を断行した。その結果、「日本発の世界金融恐慌」は回避し得たものの、経済・金融の安定が達成された現在でも、政府の行動は旧態依然とした政治手法と政治文化から脱却できず、政治と国民意識との距離は開く一方である。

第1に、政府は、大盤振る舞いともいえる財政出動が、将来に対する国民の不安を増幅している点を軽視し、一部地域・住民への利益誘導を狙った従来型の施策に終始している。バラマキ型公共事業以外では介護保険のケースが典型的であり、急速な少子化と高齢化、女性の社会進出や単身所帯の増加等、介護の社会化が求められる趨勢の下で、国民は適切なサービス水準に見合う負担であれば容認する意識に転じつつあったにもかかわらず、政治の独断により、保険料の徴収延期が唐突に打ち出された。その結果、地方自治体や実施機関のみならず、裨益(ひえき)すべき利用者の間にも大きな混乱を招き、厚生行政に対する国民の信頼感が著しく損われた。いったん決定した政策を、その背景や政策決定の経緯等を無視して安易に見直す動きは、ペイオフの解禁延期においても同様である。さらに、選挙を目前にした現在、政府は確たる財源なしに基礎年金国庫負担率の引き上げを打ち出すなど、大衆迎合的な「バラマキ」施策に依拠する傾向を強めているが、野党も国民の反発を恐れ、批判を控える傾向にあるため、将来の不安解消を待望する国民が政権を委ねるべき「頼りになる政党」は存在しない。

第2に、政府は情報公開や、行政手続きの遵守(due process)、説明責任の遂行など、政治・行政の正統性を担保する諸ルールを軽視し、国民の要求に応えていない。近年、国民の公益への関心や納税者意識は著しく向上し、「官」に対する監視の目は厳しさを増している。公費の使途を問う住民監査請求が地方で頻発しているのはその表れであるが、国政に携わる政治家の多くは草の根的な動きに無関心で、国民の要求水準の高まりについていけない状況である。越智前金融監督庁長官の裁量行政を容認する発言や、青木総理大臣臨時代理および森総理大臣の不透明な選任過程はこの典型例であり、国民の批判に対する政府の対応の遅さや不十分な釈明ぶりに、両者の意識の乖離のほどがうかがえる。

第3に、政府は年金・医療などの社会保障改革や規制緩和など、既得権益層が多いため反対や軋轢の大きい分野の改革をすべて先送りし、代わりに21世紀の日本社会の将来像や、教育や司法制度など経済以外の分野での大上段な議論で世論を引きつけようとする姿勢がうかがえる。現在、年金や医療・保険制度の見直しはじめ国民の痛みを伴う様々な改革が求められているが、政府はそうした改革について国民のコンセンサスを得る努力をいとい、俗耳になじみやすい代わりに具体性・実効性の疑わしい極論を打ち出すという安易な対応に走りがちである。教育問題を例にとれば、精神的な大枠規定である教育基本法の見直しや戦前の再評価などで、教育の荒廃を解消可能とする主張は非現実的であり、不登校や学級崩壊等の問題現象について、具体的な処方箋と早急な対応を求める教育現場の声とかけ離れている。一方、野党は、政府の不備を指摘し、政策課題・論点の発掘と設定に努めるべきであるが、敢えて困難な道を選択して国民を説得しようとする気概に欠ける。

今や、政治および政党と一般国民、社会との意識の乖離は広がりつつあるが、この点について、政治指導者の意識は極めて低調である。たとえば、制度設計や方針の急激な変更が引き起こす混乱やコスト、あるいは政治家の不用意な発言が国の内外に及ぼす影響の大きさ等について、政府・与党の感度の低下と想像力の欠如は危機的な水準に達している。従来、政府・与党の政策が具体性を欠く理由として、広範な支持基盤を獲得するために利害対立を呼ぶ具体策を避けている、と解説されてきたが、最近の動向をみると、政府・与党が国民の声を受け止めて具体策を形成し、党内の対立を統制して実行できるか否か、疑問を抱かざるを得ない。一方、野党に目を転じると、政府・与党と国民の意識のずれを衝いて魅力的な政策体系を示す絶好の機会を生かせておらず、その無力ぶりも深刻である。このように、国民と政党の間で意思疎通や相互理解に深刻な障害が生じていては、複数政党が国民の意向を汲んで政策論争を行い、主権者に政権選択を求めるという、代議制システムの機能停止すら危ぶまれる。

代議制システムの危機を回避するため、今回の選挙を機に、国民と政治の距離を解消するよう、努力を尽くさなければならない。まず政府・与党には、一般国民とのギャップを虚心に点検し、自らの常識に固執せず想像力や感度を磨き、その結果を具体的な政策に反映させる努力が強く求められる。一方、これに対峙する野党の存在もきわめて重要である。野党は政府・与党の見過ごしがちな国民の要望や意識を丁寧にすくい取り、政策化して与党に突きつけ、支持を争うことを通じて、政府・与党のセンサーが及ばない国民の声を政治過程に乗せる役割を担う。政府側の失言や手続きの不備をあげつらうばかりでは、野党は国民の失望を買い、政権の受け皿となることはできない。

このような政党側の努力に対し、国民の側でも相応の振る舞いが求められる。政府や政治家の国民・社会に対する想像力の欠如や感度の低下には、国民の政治に対する冷笑主義(cynicism)にも一半の責任がある。政治を「汚い」と断じて忌避したり、政策論議を揶揄しがちな国民のスタンスが、政党や政治家を一部の支持の獲得に奔走させる一因であることを忘れてはならない。国民は選挙戦における論争に関心を抱き、政治家の主張に耳を傾け、情報を収集したうえ、主体的な判断を下すことが求められる。近年、公約や政治姿勢を政治家に問うアンケート調査や、選挙区の候補者を一堂に集めた公開討論会など、市民主導の地道な動きが散見されており、このような意識の広がりが望まれる。

現在、わが国社会は648兆円にのぼる巨額の政府債務、年金や医療改革など肥大化する社会保障制度の再設計、警察不祥事や犯罪の低年齢化・凶悪化にみられる荒廃した社会秩序の再建等、重要な課題が山積している。政党は国民の声に耳を傾けながら、これらの課題について豊富な選択肢の提示と活発な論争を行い、国民は論争に参加し、評価し、それを投票行動に結びつけて明確な意思表示を行うプロセスが極めて重要である。21世紀のわが国を担う代議士を選ぶ今回の選挙における真の課題とは、国民と政治の間に対話と信頼を回復し、充実させることに他ならない。
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